第六感とか言ってみたい



ホグワーツに来て以来最初にわたしに立ちはだかる壁があった。単純のようで難しいいっそもうなくてもいいようなものでもないといけないらしい、アレである。

「あーもうむりむずいむすべない」

ぷつりと切れた集中力と一緒に右手に握っていたネクタイを談話室の床に投げ捨てた。緑色と銀色のストライプの真新しいそいつは艶やかに光沢を放ちながら、わたしが再び己を手に取るまでうらみがましくこっちを見ているに違いない。しかしそんな目で見られても無理なものは無理です。
三人がけソファを一人で陣取ってばたんと横になり不貞寝を決め込もうとしたところで、頭の上から見知った声が振ってきた。

「昨日何回も教えてやったろ、名前」

うつぶせた顔を上げて不機嫌に見上げれば、つり気味の目が印象的で奇麗な顔をした彼は無造作にセットされていた黒い髪をくしゃくしゃと掻いて呆れたようにため息をつく。わたしは天の助けとばかりに彼に縋りついた。

「たすけて、このままじゃわたし在学中ずっとクールビズだよ」
「嫌だね、そんなこと言っておまえ毎日俺に締めさせるつもりだろ」
「超絶イケメンオリオンさま素敵!」
「仕方ねぇな、貸してみろ」

単細胞かとおもうほど単純なところが顔より素敵な彼はネクタイを受け取るとものの数秒で仕上げてしまった。なんだかんだ文句を言いながらもやさしいオリオンを見ていると、初対面で投げつけられた「おまえ、才能なくてどこの寮にも入れられないって帽子が渋ってたんだろ?」などというクソご丁寧な挨拶も許せるってものだ。
それにしてもこいつと格闘していた三十分間は一体なんだったのかと軽く頭痛を覚える。

「おまえさあそれはどうなんだ」

自分のあまりの不器用さにショックを受けていたわたしの足を指差してオリオンが言った。それ、とはカラフルな水玉模様のタイツのことだろう。もちろん制服のソックスは持っているけど編入日以降は履かず、ド派手な色や柄のタイツを履いているわたしに対してまわりは奇異の目を向けてくる。
ダンブルドア先生は「斬新じゃ!」と絶賛してくれたのにおかしいな。

「どうって、可愛くない?」
「いや可愛いけど」
「お、おお・・・」
「自分で聞いといてなに照れてんだ」

オリオンからあほか、と額をはたかれたところで談話室の扉が開いた。騒がしい女の子軍団に囲まれ今日も今日とてさわやかな笑顔を浮かべてご登場なされたあの人に生ぬるい視線を送る。

「おーおー、今日もおモテになっていらっしゃる」

わざとらしく口笛を吹いてちゃかしてるけどあなたも十二分におモテになっていらっしゃるとおもいます。とは言わず黙ったまま、もはやホグワーツの名物らしいその光景から視線をはずして今日の時間割を眺める。最初の授業は魔法薬学か。
そんなわたしの姿を見て、オリオンが首をかしげた。

「おまえなんでそんなにリドルに興味ねえの?」
「意味がわかりませんよオリオンくん」

なんで興味持って当たり前、みたいな感じなのかわたしの方が首をかしげたい。ここ数日スリザリンにいてわかったことが三つあって、スリザリンの寮は薄暗いし装飾品が成金趣味っぽいけど意外と暖かみがあること。純血主義が多いこと。そしてトム・リドルが一番の人気者であるということだ。(ただ彼の人気は寮内にとどまらない)
すれ違う女の子は十中八九振り返る。容姿端麗で成績は極めて優秀、おまけに温厚な性格で人望も厚い絵に描いたような優等生っぷりを発揮しているトム・リドル。

(なんでだか)

テーブルで女の子たちになにやら教科書の中身を解説しているその横顔を見て、確かに綺麗だなと思う。でもいつもその完璧な笑顔に、言いしれない違和感を覚える。自分でもうまく説明できないのだけど。

平たく言うと苦手だ。

「もしや女の感ってやつか」
「はあ?女なんてどこにいんだよ」

障らぬ神に祟りなし。
まあ深く関わらなければ何の問題もないだろうと、わたしはオリオンのつま先をかかとで踏みつけるのに集中することにした。
射るような視線に気づきもせずに。


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