酸素不足につき



逃げようとしたわたしをずるずると引きずったまま、図書館を出たお兄さんは廊下を右へ左へ。そうこうしている内にたどりついた行き止まりで、杖を取り出し一定のリズムで数か所をノックした。
すると壁だった部分が金属製の扉へと変化していき、重厚なドアノブを迷うことなく捻って押し開く。
中は広くて四角い部屋になっており、中央にポツンと置かれたテーブルの上には今しがた入れたばかりの湯気の立つお茶とお菓子が並んでいる。
わけもわかず言われるがままにテーブルにつくと、お兄さんが杖を一振り。ポットがひとりでにわたしの前のティーカップにお茶を注ぐ。

「これって、もしかして必要の部屋?」
「そう。ここならゆっくり話せるだろう」

うわ、ゆっくりしたくねぇ。嫌そうな顔を隠さないわたしに構うことなく、綺麗な笑みを浮かべたままのお兄さんが黙ってお菓子のお皿を差し出した。




「マルフォイ先輩、このケーキおいしい。いくらでも食べられそう」
「アブラクサスでいいよ。私はいいから好きなだけ食べるといい」
「わぁいありがとうアブラクサス!」

お菓子をもりもり平らげるわたしを見ながら、アブラクサス・マルフォイはくすくす笑ってフキンで口元を拭ってくれた。マルフォイ家って結構な家柄でおぼっちゃまらしいけど、わたしはよく知らんのでそこはスルーしておく。
お茶を一杯飲みほしたところで、彼が言った。

「リドルから名前の話を聞かされて」

こちらはスルーできないトム・リドルとの繋がりを思い出してげんなりする。せっかくお菓子で忘れかけてたのに。

「生徒も教師も校長ですら、“トム・リドル”という人物に疑いを抱かない。すべては彼の思うがままだった。きみが来るまでは」

グレーの瞳がじっとわたしを見つめてそう言った。

「彼が他人の話をするのは珍しいことだった。楽しそうにしているのも。名前、君がそうさせているんだね」

私はきみが羨ましい。ある種嫉妬のような感情を抱いているよ。
アブラクサスはそう言ってわたしから目を離し、クリームの渦ができたカップの中をスプーンでかきまぜた。

「毛ほども興味ないんだけど一応聞いとく。わたしの話ってどんな?」
「まぁ色々だが、名前の服装がだらしないとか、行動が予測不能の上変態的だとか、大イカの件からみて現実と幻想の区別がついていない節があるとか」
「悪口しか言ってないじゃん。ねぇ本当にうらやましい?」
「・・・そうあえて問われると疑問に思えてきた」
「でしょ」

あいつはわたしを珍しがってるだけだし、時間が経てば慣れて飽きるだろう。アブラクサスはあまり納得していない様子だったけど、誰にも何も吹聴するつもりはない旨を一応念押ししておいた。

「そもそも、あいつの周りのアマゾネス軍団も何か気づかないのかな?四六時中トム・リドルの貧相なケツを追っかけまわしてるんだからさ」
「名前・・・その、もう少し品のある言葉を」
「あ、失敬。トム・リドルの“慎ましやかな臀部”ね」

ごめんごめんと適当に言い直すわたしに、アブラクサスがあきれ顔を浮かべつつ前髪をかき上げる。そんな仕草も悩ましいなお兄さん。

「きみと話をしていると、真面目に悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。不思議な力だ」
「もしかして遠回しにばかって言われてるのかな」

否定も肯定もせず、彼はカップの中身を飲み干した。
その後奇妙なお茶会は1時間程度で解散になり、別れ際に必要の部屋への入り方を教えてもらった。必要に応じて使えばいいと言ってくれたが、そんなのあるんだろうか。
笑顔で手を振って別れ、寮へ向かって歩き出したのもつかの間。



「アブラクサスとずいぶん親しくなったんだね、ミス苗字」
「・・・」


なるほどこういう時に使える。
回れ右ダッシュで走りながら、背後にせまる気配に杖を抜くべきかどうか思案していた。



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