蓼喰う虫も好き好きだから困る



水の中はたくさんの藻のせいか視界が悪くてお世辞にも綺麗とは言えなかった。
ホグワーツは水泳の授業とかやらないのかな。まあ日本の魔法学校でもやらなかったけどさ。
藻の間から向こう側を目を凝らして見てみてもどこにも魚はいなかった。
少しがっかりしながら、すいすいと水をかいて水面を目指し始める。そろそろ息が苦しくなってきた。太陽の光が反射してゆらゆらきらきら、そこに向かって一気に浮上する。

ばしゃん。

水から顔を出して息を吸い込んだと同時に目が合った。びっくりして 「どうして」 思わず口から飛び出した。なんでここにいる!
トム・リドルも同じように驚いた顔で数回まばたきして (そういえばこんな顔初めて見た) 水の中の私を凝視し、こんにちはと挨拶してきた。

「―――イカは、釣れた?」

いくらか間を空けてトム・リドルが尋ねてきた。なに間抜けな質問してんだおまえはと思ったけどそうだわたしってイカ釣りに来たんだっけ。

「いや、イカは釣れなかったけどもっと大物が釣れた」
「魚?」
「ううん、地球」

彼は少し考えたあと、ああそういうことかと頷いている。地球を吊り上げた代償はお気に入りのルアーの喪失だったけれど。
トム・リドルがいきなり現れたことにも驚いたけど、普通に会話してることにもびっくりだ。こいつわたしのこと怒ってたんじゃないのかな、めちゃくちゃメンチきってたし。

「ねえ、どうして泳いでるんだい?」
「どうしてって・・・・・・泳ぎたいからだよ」

水面を背泳ぎしながら若干彼から距離をとる。まさかとは思うけど沈めに来たんじゃないだろうな。
いぶかしむわたしをよそにトム・リドルは質問を続ける。

「昼間に花火って楽しい?」
「あーあれねすっごく煙た・・・いや、うん。なんだか今日は質問ばかりだねミスターリドル」
「そうだねミス苗字。いくら質問してもし足りないくらいだよ」

なにを聞いても君は理解不能だ。
いつもの胡散臭い笑顔はどこへやら、彼の顔が少し疲れて見えるのは気のせいか。つくりものみたいに小奇麗な顔が今日は幾分か人間らしかった。

「今日はオンナノコ連れてないんですね、“めずらしく”」
「僕が自分から進んで連れてるわけじゃないよ」
「・・・あ、そう」
「聞いておいて反応薄いな」

嫌味のつもりが普通に返されてしまいそれきり黙り込むはめになった。

泳ぐのにもそろそろ飽きてきたので岸に向かう。大きめのタオルを持ってきておいて良かった。
トム・リドルはわたしに用があって来たんじゃないだろうか。水辺に腰掛けたままぼうっと水面を眺めているそれだけでいちいち絵になりやがるのが腹立つんだけど。
彼は先日の医務室ヘッドバッド事件に関して一切触れずただ意味のない質問をしただけだった。
じゃあ一体なんのためにここに?何の用もなしに学校から離れたこの湖にわざわざ足を運ぶ必要はない。
もしも彼がただわたしとこんな世間話をしに来ただけだとしたら、報復されるより気味が悪いじゃないか。意図がわからない。ただ、なにか企んでいそうではあるけど。
小さく舌打ちしながらトム・リドルから少し離れた足場に手をかけ、一気に身体を持ち上げた。ぼたぼたと身体から落ちる水が木の板張りに大きなしみをつくる。
トム・リドルの後ろを少し距離をあけながら通り過ぎ、トートバッグの中からタオルを取り出して身体を拭く。日の光がいつもより暖かく感じて眠気を誘う。こりゃ帰ったら昼寝だな。
あくびをしながら髪を拭いていると隣から呆れたような声色で、

「羞恥心ってものがないのかい」

その言葉に改めて自身を見る。別に問題は見当たらなかった。

「隠すべきところは隠れてる」
「僕は女子生徒と話しているつもりだったんだけど」

さらりと失敬な台詞を吐いたトム・リドルはもしやわたしに気を使っているのか背を向けたままだ。いつまでも下着でいるわけにもいかないのでさっさと制服を着込み、タオルを肩にかけた。

「ねえ、今度はわたしが質問していいかな」
「どうぞ」
「なんでいつも作り笑いしてんの?」

立ち上がってこちらを向いたトム・リドルの前髪が風でめくれ、額と形のいい眉をあらわにする。その顔からは表情が読み取れない。ただじっとわたしの瞳を見ていた。

「きみを疑っていた」
「へ、」
「僕を見張るためにダンブルドアが差し向けたんじゃないかとね」
「はあ、なんで」

犯罪者じゃあるまいし。まあなにかやらかしそうな感じではあるけど。あ、詐欺師とか向いてそうだなこのひと。

「今失礼なこと考えてるだろ」
「読心術ダメゼッタイ!!」
「するまでもないよ」

あ、なんかこれデジャヴ。

「でも思い過ごしだったようだね。いくらダンブルドアでもこんな阿呆を見張りによこすなんてありえない」

いやねーよ見張りとか、わたし思いっきり避けてたじゃん。それより今阿呆って言った?阿呆って言ったよね?
トム・リドルはくつくつと喉を鳴らして笑っている。

「適当にせまればボロを出すかとおもったけど、まさか頭突きを出されるとはね」
「はははその節はホントははは」
「ちょっと殺してやろうかとも思ったけど、気が変わったよ」

あれこのひと今殺すとか言わなかった?あれ?こつこつ靴音を鳴らして近づいてくるのがこわすぎるんですけど。やっぱ怒ってたのかトム・リドル!いや怒っているというか激怒してたみたいね!

「いつもの紳士な仮面は寮のベッドの下にでも忘れてきたのかな?」
「君には必要なさそうだからね、きちんとしまって来たよ」

わたしの前でぴたりと足を止め、身をかがめて音もなく顔を近づける。

「僕は君に興味が沸いた。こんなの生まれて初めてだ」

鼻がくっつきそうな距離でそれはそれは甘い声で囁かれる。
この台詞のみを聞けばどんなに固く貞操を守っている深窓の美姫でも一瞬でカモンオーイエス状態間違いなしだろう。ファンの子なら興奮のあまり鼻血と涙を垂れ流しながら悶絶し卒倒するレベルだろうが、あいにく私は盛大に頬を引きつらせた半笑いを浮かべることしかできず、鳥肌がスタンディングオベーションである。

「うわあクソほども嬉しくないよありがとうミスターリドル」
「どういたしまして、きみが嫌がってくれてなによりだミス苗字」

“猫かぶり”という言葉はまさにトム・リドルのためにあるに違いない。にっこり笑顔の彼の瞳はまさにあの時見たのと同じく、ねずみをいたぶって遊ぶ猫のようにギラついていておそろしいことこの上ない。

今からでもボーバトンかダームストラングに転校ってできるのかなあ。
学校に戻り次第いの一番にダンブルドア先生閣下に相談しようと固く決意し、荷物を引っ掴んで全力でその場を後にした。


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