蝶尾が揺れる水面にて グリフィンドールいわく煙たかったらしい。 「ああ、苗字?変わってるよなあいつ。昼間なのに裏庭で手持ちの花火やってたぜ、ひとりで」 ハッフルパフいわくタイツに興味を持ったらしい。 「あの子変わってるわよねえだっていつも柄のタイツとかソックスとかはいてるじゃない?いくつ持ってるのかしら、それにあれどこで買ってるのかしら」 レイブンクローいわくセンスは理解できないらしい。 「そういえばこの間鍋爆発させたとき名前がハンカチかしてくれたのよ。けど柄が・・・ツチノコ柄って・・・」 「・・・ありがとう。怪我おだいじにね」 他にも何人かにさりげなく話を聞いてみたものの聞けば聞くほど名前・苗字という女がわからなくなるばかりだし、どいつもこいつも奇怪な情報しか寄こさない。ようするに苗字は奇怪だということはよくわかったが。 練習の帰りなのか緑色のユニフォームを着た選手が数人通りがかったのでその中のひとりに声をかける。やあもうすぐクィディッチだね練習お疲れ様今回も君の活躍を期待しているよ。彼は嬉しそうに「次の試合で絶対リドルの期待に応えて見せる」とはりきっているが、名前なんだっけ覚えてないや。 「そうだ。さっき苗字が釣竿持って湖の方に行くの見たんだけどあいつほんと意味わかんないよな。大イカ釣り上げるんだって昨日必死でミミズ集めまくってたんだぜ」 ひとしきり一方的に喋りつくしたあとそれじゃあと手を上げて去っていった彼を見送った後、足が泉へ向かって歩き出していた。 最後に話したのはあの保健室での会話で、それ以来彼女は前にも増して徹底的に僕を避けるようになった。授業でペアを組むこともないし挨拶を交わすこともないし食事も遠く離れた席に座っていた。廊下ですれ違う時もこちらを見ようともせず、偶然目が合ったときは一瞬顔をひきつらせてすぐさま通り過ぎていく。その反応を楽しむ余裕はあった、少なくとも始めの方は。 額にそっと触ってみた。あの時のアザは魔法で簡単に消せたが、僕の中には薄黒い染みが残されていた。僕を拒絶した瞳が脳裏を過ぎる。 湖の中央に向かって手を伸ばすように造られた歩道を歩くたび古くなった木がきしきしと音を立てた。水面に晴れた空が映り高く上った太陽の光が反射していて、そのまぶしさに少し目を細める。 先端までたどりつくがひと気はなかった。歩道から迫り出した手すりのない部分に降りるとまるで湖の上に立っているような気になる。 見下ろしてみた先に釣竿とミミズの入った小さなケースとバケツ、黒い手さげバッグ、そしてなぜか脱ぎ捨てられた制服とそして丸まったド派手なソックスが重なり合うようにして乱雑に放置してあったがしかし、持ち主の姿がない。 ふと思ったが苗字に会ってどうする。何も考えずにここにやって来たが、そもそもこれまで無駄な行動を嫌い無計画に動くことが滅多になかったので今の自分の行動に正直驚いている。(僕はいったいなにをしているんだ) 突然倦怠感を感じた。学校に戻ってレポートでも片付けようかと思ったが不思議なことにそれがひどく面倒に思えてしまい、思わずヘリに腰掛けてからそのままぼうっと水面を見つめる。今はとにかくなにも考えていたくなかった。 しばらくして光を反射し続けていた水底からぷくぷくと水泡が上がってきたので僕は眼を見張った。魚でもいるのだろうか。それとも大イカが・・・なんて苗字じゃあるまいし馬鹿馬鹿しい。 見続けているとなにか黒いものが水の中で揺らめいた。段々と浮上しそしてやがて僕の目の前まで迫ってくる。 ばしゃん。水音が静かな湖畔に響き渡って、それが姿を現した。 長い黒髪が頬やら鎖骨やら肩やらにぺたりとはりついてその先は今だ水の中でたゆたっている。息を吸い込んで吐き出した唇が、「どうして」と呟く。 まぶたを瞬かせた瞬間睫からついと流れ落ちた水が涙みたいに白い皮膚をつたって落ちたところから、新たな波紋が生まれた。 「こんにちは、ミス苗字」 どうやら僕は一向に変わらない今の状況にいつの間にか確かな苛立ちを感じていたらしい。 |