※200年後の世界についてやフェイくんの性格など、色々と捏造過多です。ご注意下さい。





天馬はよく、ここではない何処かを見ている。ここではない何処か遠くを、愛おしむ様な眼差しで見つめている。
僕がそれに気付いたのはつい最近の事で、それはつまり僕の天馬を見る目が変わった時とぴったり一致する。サッカーを守るためという目的の上での協力的関係なだけだった筈なのに、いつの間にか僕は天馬にそれ以上の気持ちを抱くようになっていた。
天馬は心が綺麗で強くて、いつも今だけを見つめている。未来から来たという、この時代の人間なら普通信じられないだろう事も天馬は何でもないことみたいに屈託なく笑うのだ。
「僕のことを変に思わないの?信じられないとか、ふざけてるのかって、考えないの?」
天馬があまりにも平静を保ったままでいるから、思い切って聞いてみたことがあった。
大抵の人間は未来から人がやってくるなんて夢物語の話だと思っている。一度そんな事を言ってしまえば確実に、嘲笑か嫌悪の目に晒されるだけなのだ。
だから、天馬のこの疑う事を知らない様な純粋な反応は、僕にとっては珍しいものだった。
僕のちょっとした興味から出た質問に、天馬は少しの間考えるような仕草をしたあと柔く笑った。
「確かに最初会った時は、未来から人が来るなんて信じられないって思ったけど…。」
「…けど?」
「けど、フェイはあの時俺を助けてくれたでしょう?そしたら何か安心して、味方がいるんだって思って、もう未来から来たとかっていうのはどうでもよくなっちゃったんだよね。」
「ど、どうでもいいの?」
「うん。どうでもいいよ。だって俺とフェイが出会ったのは『今』なんだよ。フェイが未来から来ようがどこから来ようが、そんなの関係ないよ。俺にはフェイと出会えた『今』の方がずっと大事だよ。」
臆面のない言葉が僕の胸を打った。
僕の生きる時代ではタイムスリップなんてものは簡単に出来て、いつでも行きたい時間へ行くことが出来る。二度と会えない人に会うことだって出来るし、規制はあれど自分自身の歴史に介入して失敗を未然に防ぐことだって出来る。当人にとっての理想的な人生。それがいとも簡単に得られる様になった。けれどだからこそ、『時間』の大切さなんてものは随分と稀薄な思想になってしまっている。
例えば誰かが次の瞬間に消えてしまったとしても、タイムスリップさえ出来ればどこにだって行けるし、いつだって会えるのだ。伝えておきたかった言葉や、それぞれの想いは、『後悔』に形を変える事なく昇華される。
人一人の『時間』の価値は無意識の内にとても低いものになって、当たり前の『今』に目を向ける人は誰もいなくなった。
そんな時代を生きてきた僕に、天馬の言葉はずっしりと重く、鋭利に響き、そして深い感動を与えた。
今この瞬間に呼吸をする僕を、天馬だけが真っ直ぐに見てくれている。未来でも過去でもない今この瞬間の僕を、天馬だけが。
そう思ったら身体中にぶわりと熱が灯った。ふつふつとお湯が沸くみたいな高揚感を覚えて、喜びに叫びそうになる唇をぎゅっと引き結んだ。今すぐにでも天馬に抱きつきたい。抱きついて、掻き抱いて、離したくない。そう思った。
僕の人生最初の恋は、こうして始まった。
天馬との日々は目まぐるしく過ぎていく。
サッカーを守るために様々な時間を往き来し、敵であるプロトコル・オメガと対峙しぶつかり合い、苦しみながら成長する。
そこに在るのは充実そのものだ。
天馬は決して不安な表情を見せなかった。仲間の記憶から消えてしまったサッカーと自分、未来からやってきた謎だらけの人物達と戦わなければいけない現状、大きなショックを受けただろうに、不安要素は山ほどあるだろうに、天馬は笑顔を絶やさなかった。
「なんとかなるさ。」
そう言って笑った。
その様子が僕の目にはまた健気に映った。
何がなんでも守ってみせる。サッカーも天馬も、守ってみせる。
堅く強い決意が僕の胸に花開いていた。
でも人間なんて弱いもので、何かの支えがなければ立っていることすらままならない。僕の内側が無意識に天馬にすがる様に、天馬もまた何かを支えにして生きているのだ。
よく晴れた日だった。昼間は太陽の光がきらきらと眩しく、夜は月明かりが煌々と辺りを照らし出していた。
プロトコル・オメガとの戦いに向けた練習は、その日も白熱したものになった。終わる頃には皆くたくたで、食事を取って身体中を清めた頃には目蓋が鉛の様に重たかった。
ふらふらの僕を見かねた天馬が、眠るべきだと僕に言った。その言葉に甘えて、僕はひと足先にここから引き上げる事にした。
気だるい身体を引きずってキャラバンの中へ行き、毛布を被って眠る態勢に入った。直ぐさま眠気が全神経を支配していくのが分かった。そんな強烈な眠気の中にいても、閉じかけた瞳の先、隣に天馬がいないことを唯一不満に感じた。
沈んだ意識が浮上したのは、まだ外が暗い内だった。キャラバン内に設置された時計で確認すると時刻は日付変更線の一歩手前に来ていた。
流石に皆もキャラバンの中にいて、熊のぬいぐるみであるワンダバが助手席でぐうぐうと寝息をたてているのが聞こえた。
僕は視線を隣に滑らせた。
天馬もこの時間帯は眠っている筈だった。普段は二人揃って疲れきっているから、キャラバンに帰った途端我先にと眠りに着くのが常だ。
この際だから寝顔を拝んでやろう。そんな僕の悪戯じみた思惑は、けれどあっさり裏切られた。
天馬は起きていた。キャラバンの窓から差し込む月明かりを頼りに、一枚の紙切れを眺めていた。懐かしげに、愛おしげに。
僕は息を飲み込んだ。
―――天馬、君は今何処を見ているの?
浮かんだ冷たい疑問は、音にならず喉奥でわだかまる。
微かな眠気すら跡形もなく吹き飛ばされて、僕はただ天馬を見つめるしか出来なくなった。
毛布にくるまっている筈なのに、驚くほど冷たく寒い感覚が全身を駆け巡る。
「――フェイ?起きてるの?」
僕の呆然とした視線に気付いた天馬が、紙切れから目を離してこちらを向いた。
その時にはもう、天馬の瞳も声も普段通りに澄んで明るかった。
僕は胸中で安堵のため息を吐いて、無理矢理の笑顔を作った。
「今起きたところ。ねえ天馬、……その紙切れは何?」
眼差しでちらりと指図する。未だ天馬の手の中にある、たった一枚の紙切れ。
天馬は自分の手元を見て、ああ、これ?、と、思い当たったような声をあげた。
指先で摘まんで、表面をひらりと僕に向けてくれる。
紙切れの中には、たくさんの人が写っていた。ジャージ姿の女の子が三人と、同じ色のユニフォームを着た男の子が一人二人……十六人。
その中には天馬の姿もあった。一番前の列、真ん中より少し右側に立って右手でピースサインを作って笑っている。心底楽しそうで、幸せそうな笑顔だった。
「俺の、雷門でのチームメイト。」
誇らしげな声に、写真に向けていた視線を天馬に戻す。嬉しさの滲んだ瞳が僕を見ていた。
「最初は色々と問題があって、先輩ともよく衝突してたんだけどね。悩んだり迷ったりして、その度色んな人に助けてもらって、先輩とも段々歩み寄れて……今では俺にとって、最高のチームで仲間なんだ。」
知ってる、と僕は胸の内で呟く。知ってる、そんなのみんな知ってるよ。
天馬の元へ行くと決めた時から、僕は個人的に天馬のことを調べあげた。これから共に戦っていく相手のことを知っておいて損はないだろう。そんな事務的な気持ちが大きかった。
あの時画面の中で見た天馬も、笑顔の時が格段に多くてどんなに辛くても苦しくても諦めようとはしなかった。
目の前の写真がゆっくりと離れていく。
天馬はそれを自分の胸の位置まで戻すと、空いた片手でゆっくりと、大切そうに撫でた。
「俺の大事な人達なんだ。……今はサッカーのことも俺のことも忘れちゃってるけど、俺は必ず、みんな取り戻すよ。」
天馬の声に、瞳に、表情に、瞬間寂しげな色が広がって、すぐに消えた。
後に残ったのはきらきらした意思の強い瞳だけ。
「…そっかあ。」
天馬、君は、こんな時でも諦めたりはしないんだね。捨てたりしないんだね。依然として不明瞭な敵に、恐れを抱かない筈がないのに。いくつだって浮かぶ絶望的な結果を考えなかった筈がないのに。君はひたすら前へ前へ、状況の好転を呼び起こそうと進んでいく。
それもこれも全て、サッカーだけじゃなく天馬のことすら忘れちゃってる様なやつらの為に。
…なあんだ。
「僕も、少しでも君の手伝いが出来るよう頑張るよ。」
僕は震えそうになる声を必死で繕った。
気を抜けばぐしゃぐしゃになりそうな表情を、引きつった笑顔で押し隠した。沸き上がるどろどろの汚い感情を胸に宿して、僕は気付いた。
なあんだ。天馬は僕のことなんて見ちゃいないんだ。
毛布に隠れた手のひらを、きつく握り締めた。爪が柔らかな肉に食い込んで痛い。
痛い。
この世界で天馬の一番近くにいるのは僕なのに、天馬は僕を通り越して過ぎ去った遠い日を見ている。前を向きながら、二度とはないあの日々に想いを馳せている。
天馬の支えになっているのは『今』という時でも、隣にいる僕でもないんだ。
「……フェイは優しいなあ。ありがとう。」
嬉しそうにふわりと笑って、天馬が言った。
僕は頭の上から硝子片が落ちてくるような気分だった。
鋭い破片が僕を、僕の心を切っていく。
天馬。僕は君に出会ってから沢山のことを学んだよ。『今』という時の大切さ。言葉の温かさ。人が人を本気で想う心。恋の甘さ、そして痛み。
僕の独りよがりな恋は、けれどどんなに痛めつけられても枯れそうになかった。むしろそれは色を増してより一層生き生きとしているみたいだった。
僕は笑ってしまった。自分自身を馬鹿だとすら思った。こんな辛い思いをするなら、こんな気持ちは捨ててしまった方が楽なこと位分かるのに、僕の本能がそれを許さないのだ。例え振り向いてもらえなくても、いつか天馬が、君の仲間を取り戻して僕のことなんか忘れちゃったとしても。
僕の恋は思いの外健気で一途で、独善的だった。
夜色の静かな空間に、天馬が小さな欠伸を一つ溢した。
「俺もそろそろ寝ようかな。」
「…そうだね。明日も練習があるし、もう寝た方がいいよ。」
僕の言葉に天馬は頷いて、写真を傍らの鞄の中に仕舞い込んだ。
僕がほとんど独占していた毛布を半分以上天馬に分けて、二人してごろりと横になる。
「おやすみ、フェイ。」
「おやすみ天馬。」
今にも溶けそうな眼差しでそれだけ言うと天馬は僕にくるりと背を向けた。
大した間を置かずに緩やかな呼吸音が聞こえてきた。
僕は、とてもじゃないがもう眠れそうになかった。
目の前のゆっくりと上下する、月明かりに照らされた天馬の背中を一晩中眺めていた。



空の青さが目に眩しい。
「疲れたぁ。」
言葉とは裏腹に満足げな声が僕の隣に腰掛けた天馬から上がった。
練習の合間の昼休憩。早々に昼食を取った僕たちは、練習再開までの空いた時間をフィールド近くの公園まで出て過ごすことにした。
園内にいくつかあるベンチの内、一番綺麗そうなものを選んで座る。
僕は足をふらふらと揺らして気のないふりをしながら、その実横目で天馬を見ていた。
天馬は瞳に綺麗に晴れた青空を映しながら、どこか心此処に在らず、といった風だった。
何を見ているんだろう。どんな思い出を振り返っているんだろう。
締まるような胸の痛みを無視して、僕は天馬の観察を続ける。
あの夜を経てから、それまで気付かなかった天馬のちょっとした仕草や行動に目が行くようになった。
元々分かりやすい子ではあったけれど、本当に何気ない、無意識に行なっているだろう仕草に気づくようになってからは天馬の気持ちが更に分かるようになった(気がしている)。
今みたいにぼんやりしている時は、高確率で思い出を振り返っている時だ。澄んだ瞳のその奥に堪えきれていない哀感の色が見えるから直ぐに分かる。隣にいる僕のことなんて忘れてしまったかの様に天馬はずっと空を見ている。
酷くなる胸の痛みに、眉間に思わず皺が寄る。
「――っ、てん」
「フェイ。」
堪えきれなくて思わず呼んだ天馬の名に被さるように天馬が僕を呼んだ。
驚いてまじまじと天馬を見る。
天馬の瞳は相変わらず空ばかりを映していた。唇が、ゆっくりと動く。
「ねえ、俺は強くなってるかな。」
「へ…?」
「俺、強くなってると思う?サッカーを、みんなを取り戻せると思う?」
僕は答えに窮した。それは天馬の実力がどうこうの問題ではなく、僕の心の問題だ。
僕達がサッカーを取り戻すこと、それは僕と天馬の別れに直結している。
サッカーを取り戻したが最後、僕は未来へ帰らなければならないし、天馬は元通りの日常を歩んでいく。
天馬にとって、そしてこの国の未来にとって最良の結果だろうが、僕にはその時が来るのが恐ろしくてならない。天馬の傍から離れたくない。こうして隣にいられる日々が堪らなく惜しい。
こんなことを考えるなんて間違っているのかもしれないがどうしようもない。これが僕の本心だ。
「フェイ?」
「……大丈夫だよ。天馬は強くなってる。僕はびっくりしてるよ。天馬の成長がこんなにも早いなんて。」
少し不安げな声が僕の耳朶を打った。僕は慌てて言葉を探して、それを天馬に渡す。そこに嘘偽りはない。事実、天馬の成長速度には目を見張るものがあった。ドリブルやパスやシュートその上化身まで、出会った時から格段に技術が洗練されている。
天馬は僕の言葉を聞いて、ようやく僕の方に顔を向けた。心底安心した、といった表情をしている。
「…変なこと聞いちゃってごめんね。ありがとう。」
「どういたしまして。」
僕が笑うと、天馬も笑った。
カチッ、と微かな軽い音が耳に届いた。ベンチの向かいに設置された時計が、刻一刻と秒針を動かしている。長針と短針が休憩終了の十分前を指し示している。
「そろそろ戻った方がいいよね。」
言って、天馬はベンチから腰をあげた。僕もそれに倣って立ち上がる。
「午後も頑張ろうね!」
普段よく見る明るい笑顔でそう言って、天馬はフィールドを目指して歩きだした。
僕は、それに曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。
天馬から数歩遅れて、のろのろと足を踏み出す。
遠ざかる背中を見つめながら、僕は思った。
天馬は過去を振り返りながら、前へ前へと進んでいく。
ある筈の明日、あの日々から続く筈だった未来を取り戻すため、どんどん進んでいく。
その視界に、僕はいない。
「天馬」
前を行く小さな背中めがけて、僕は小声で呟く。
天馬、天馬。
「僕のこと、見てよ。」









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