夕暮れ時の帰り道は全てのものが淡い赤色に染まっていて、不思議と穏やかな心地になる。
長く伸びた影を引きずりながら、松風と並んで歩く。他愛もない会話の途中、ふと、松風の空いた片手が目についた。小さく揺れてどこか手持ちぶさたに見えたそれに、手を繋いでもいいだろうかと考える。そろそろと手を伸ばして指を絡める様にして握り込む。
繋いだ手は小さく、なめらかで、温かかった。
松風の歩みがぴたりと止まる。驚いた様な二つの目がこちらを向いて、繋がれた手を視界にいれるとみる間に顔を赤くしていく。
「き、霧野先輩、ここ、外です!」
耳まで赤くした松風は、おろおろと右を見たり左を見たりして落ち着きがなく、何だか面白い。思わず声に出して笑うと、松風は「な、何で笑うんですか!」と赤い顔のまま怒った。怒って、でも繋いだ手を振りほどく事だけはしなかった。それが嬉しくて、愛しくて、俺はまた笑ってしまう。


自分が彼に対してこんな感情を抱く様になるなんて、思いもしなかった。松風が入部してきた当初は、何も知らない無知な後輩に反感しか持たなかった。けれど、サッカーに対するひた向きさや明るい笑顔に接する内、当初感じていたものはいつの間にやら予想もしない方向に転がり、形を変え、やがて弾けた。
「好きだ。」
そう告げたのが二週間前。玉砕覚悟の告白だった。本当は言葉にする気なんて欠片もなかったのだけれど、その日、運が良いのか悪いのか部室で珍しく二人きりになった事が、俺の押さなくていい背中を押してしまった。
松風は何も言わず、ただ呆然とした顔でその場に立ちすくんでいた。その様子に、俺はしまったと思った。言うべきではなかった、引かれて嫌われでもしたらどうしたものかと、柄にもなく暗い考えばかりが頭をよぎった。自然と俺の目線は下を向く様になり、気まずい沈黙が辺りに流れた。
ポタッと何かが落ちる音がした。気になって目線をほんの少しだけ上げると、松風の足元の床に二、三の水滴が落ちていた。驚いて顔を上げると、彼は呆然とした表情のまま、ボロボロと涙を溢していた。
血の気が引くとはこの事だ。まさか、泣かせてしまうなんて。俺は慌てて松風に近寄った。松風はこの時はじめて自分が泣いている事に気付いた様で、吃驚した顔をして、それからごしごしとワイシャツの袖で目元を拭った。「ごめん、ごめんな。」
お前にそんな顔をさせるつもりはなかったんだ。変なこと言ってごめん、。俺は謝った。謝ってどうにかなる話ではないのだけれど、それでも謝らずにはいられなかった。
俺の言葉に松風の肩がびくりと揺れた。何か言いたそうに口を動かしたけれど、その間も止まらない涙に一瞬口をつぐませた。もう一度袖で涙を拭くと、震える唇を小さく開いて一言「ち、違うんです。」とだけ言った。
何が「違う」のか、わからなかった俺は松風の言葉を待つ以外になかった。松風は懸命に涙を止めようとしている様だったが、拭っても拭っても溢れてくるそれに、終いには手のひらで顔を覆うようにして俯いてしまった。小さな肩を震わせながら嗚咽混じりの声で彼は言った。
「先輩、に、あ、謝ってほし、いわけじゃ、ないんです。」
俺は、好きとか、そういうの、よくわからないです。でも、先輩が俺に、好きだって、言ってくれたの、を、聞いた時、心臓がぎゅうってして、苦しくて、でも、でも
「う、嬉しかったんです…っ。」
途切れ途切れの拙い言葉は、紛れもなく松風からの告白だった。
信じられなかった。叶う事のない想い、自己満足の衝動的な告白に彼は泣きながらも答えてくれた。あまりの幸福に俺は目頭が熱くなるのを感じた。震える手を伸ばして松風の腕を掴むと力いっぱいに引き寄せ、抱き締めた。彼の口からひっきりなしに漏れていた嗚咽が一瞬止まり、涙声で「先輩…?」と呼び掛けられる。でも、声を出したら間違いなく泣いてしまいそうだったから何も言わなかった。言わない代わりにただ強く抱き締めた。思っていた以上に小さな身体と温かな体温に愛しさが込み上げてきた。松風も、何も言わずにおずおずと俺の背中に腕を回して柔く抱き締めてくれた。
受け入れてくれた安堵と溢れんばかりの喜びに、俺はほんの少しだけ泣いた。


「また笑う…。」
松風は小さな子供の様に頬を膨らませて俺を睨む。上目遣いのそれに迫力なんて欠片もなかったけれど、これ以上怒らせて不機嫌にさせてしまうのは本意ではないから、素直に謝っておく事にする。
「ごめん、松風。」
松風は何だか納得いかないという様な顔をしたけれど、結局、小さく一つ息を吐いて「もういいですよ。」と許してくれた。
「先輩は、俺で遊んでる気がします…。」
苦笑混じりの彼の言葉に俺は何だか可笑しくなる。手を掴んだ時も、あの時の告白も、抱擁も、俺には一片の余裕だってなかった事を松風は知らない。有るのは日々膨らむ想いとそれに突き動かされる身体ばかりだ。時折その事を格好悪いと思うけれど、最近ではそれでもいいかと開き直りはじめた自分がいる。
繋げた方の手に少しの違和感が生じる。見れば今まで繋がれるままだった松風の手が小さく握り返してくれていた。耳まで赤くして、それでも必死で平静な顔を作ろうとする彼が可愛くてならない。
「好きだ。」
俺の言葉に松風は繋いだ手をさらに強く握ってきた。熱いくらいに熱を持ったそれ。
そのまま俺達は歩きだした。淡い赤色だった空には群青が混じり始めていた。もうじき夜がくる。
「俺も、好きです。」
聞き逃してしまいそうな程小さな声の返事に、俺は彼を抱き締める事で答えた。









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