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 おっさん、と俺はおっさんを呼んだ。確か今日は出張だと聞いていたのだが、真っ昼間からお前はどうしてここにいる。間違いなく一字一句おっさんが思ってるであろう表情を察知したので、先手を打ってへらりと言い訳を口にする。

「なんか、いきなり向こうでトラブルが発生しちまったらしくてドタキャン」
「そうか。ならば休館を取り消せばいいだろう」
「エニシダ捕まえんのがめんどいし、スタッフには休みって言っちまってるから今日は休みだ休み」
「おい、真面目に仕事しろヘッド」
「明日から真面目にやるから、いいだろ?」
「……お前は休みでも、私は仕事中なんだが」
「わかってるわかってる。挑戦者来たらおとなしく引っ込んどくからさ」
「……言っておくが、私はお前を構わんぞ。明日からしばらく遺跡に行ってくるからな、その分の書類が山積みなんだ」
「………………へ?」
「言っていなかったか? 先方がぜひとも来てくれと言うのでな、やっと予定が合ったから行くのだが」
「……え、ちょ、それ聞いてねぇぞおっさん」
「む、すまない。お前に言いそびれていたのか。かなり珍しいものらしくてな、少々長引きそうだ」
「……少々ってどんくらい」
「予定では1ヶ月だが、発掘作業の進捗によっては長引くだろうな。短くなる予定はない」
「1ヶ月!」

 思わず俺は悲痛な面持ちでそう叫んだ。今までの経験から言うとおっさんの遺跡が予定通りに終わったためしはない。いつも延長が入ってエニシダが頭を悩ませてんのも知ってる。一番ひどいのは2週間のつもりが3ヶ月帰ってこなかったときか。さすがにあんときは泣いた。キレてもしょうがないのはわかってんのに機嫌は悪くなって、ようやく帰ってきたおっさんをつい手ひどく抱いちまった。
 1ヶ月は長ぇなぁ、と言いながら俺はドアからおっさんの書斎に向かう。そういやドアを挟んで立ち話してたままだった。おっさんに会えねぇ1日の日中だって俺にとっちゃ十分長いのに。勝手知ったるおっさんの書斎、後ろからおっさんが追っかけてくるぱたぱたとした足音を聞きながらおっさんの仕事用机までまっすぐ行った。そして仕事用椅子に深く腰かけて、不審そうな顔をしているおっさんに俺の膝をぽんと叩いて指し示してやった。

「仕事するんだろ? ここ座れよ」
「……どいてくれないか」
「やだ。今のうちにおっさんをたっぷり補給しとこうと思ってさ」
「………」

 しぶしぶといった調子で、それでもいつになく素直におっさんは俺の膝の上にちょこんと座った。腰に腕を回そうとすると間髪入れずにぱしんと手をはたかれて、「邪魔をするな馬鹿者」と振り向きもせず言われた。
 ちぇ、と思いつつペンを取って書類に目を通していくおっさんの後ろ髪を眺める。高さが合ってなくて少し屈むように机に向かい、俺の膝の上じゃ脚が地面に届かなくて、必然的に脚をぷらぷらさせる形になっちまうおっさんが、わかっちゃいるけどやっぱかわいいなぁと思いながら。

 つと、コール音が静寂を破る。おっさんは机上の電話を取ると、「分かった、今行く」と短く告げて通話を切った。挑戦者だと言ってペンを置き、俺の膝から立ち上がるおっさん。

「待てよ」

 すたすたピラミッドに向かおうとするおっさんを後ろから強く抱きすくめる。離せと肘鉄をかまそうとする腕を避けると、おっさんの手は俺の手首に添えられた。そのまま離せと言って俺を引き剥がそうとするが、離してなんかやらない。おっさんはあとで構ってやるからと声を荒げる。
 そこで俺はおっさんの薄い肩に頭を近づけて、「……なぁおっさん、今からヤるか」と囁いた。馬鹿!と言われるが俺はけっこう本気だ。

「……おっさん、俺さ、たまにはこういうときにおっさんを独占してみてぇんだよ。挑戦者待たしときながら俺たちはセックス、ってそそられね?」
「何ふざけたこと、」
「俺はマジだけど?」

 想定外の発言におっさんが硬直したのをいいことにおっさんの腹や股間をまさぐる。あとはうまく持ち込めば成功だ。おっさんだけが気づいてないけど俺たちの関係はもう知れ渡っている。おっさんがなかなか来ないのを疑問に思った職員に俺たちのセックスシーンを目撃させれば、おっさんもいい加減観念するだろう。あとで事情を話せばいいだけだ。おっさんとかエニシダに怒られたって気にしねえ、それは対価だからしょうがない。
 おっさんが長期の遺跡に出掛けてる間、向こうで俺を恋しく思って泣けばいい。俺を改めて意識させ直すことが今回の狙いなんだから。俺だってさ、おっさんいなきゃすげー寂しいもん。俺だけ寂しいって口に出すのはフェアじゃないだろう。遺跡なんかにおっさんを明け渡したくなんかねぇの。わかるだろ?



寂しがりな猫背



101211

text:琥珀
Illust:漣楓




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