霞んだミヤコワスレ("ふんわり、まわって"様より)


ざわざわ。ガヤガヤ。芋洗い状態の三年生の階はとてもうるさい。今日は、陽泉高校の卒業式だった。中学のときの卒業式は仰げば尊しを歌って、日本らしい卒業式だったけれど、高校の卒業式は讃美歌を歌った。荘厳、というのかな。神聖でとても美しい式だと思った。卒業式が終わった今、卒業生は写真を撮ったり、高校生最後の会話を楽しんだり、先生に挨拶したり。後輩たちはそんな先輩達に最後の別れをしている。憧れの先輩に写真を撮ってもらったり、ボタンをもらったり…告白を、したり。私はというと、人で溢れかえっている下の階に行けず、階段で立ち往生している。もう、両手で掴んでいる手すりが温かくなってしまっている。


「あらら〜なまえちんじゃん。何してんの〜?」
「あっ…紫原くん…べつに、何も…」
「……ふぅん…ん、これんまい…」
「紫原くんは、どうしたの…?」
「ん〜?あぁ、俺福井さんたちのとこに行くんだった〜。」
「そ、そうなんだ…」


じゃあね〜と間延びした挨拶をした紫原くんは階段を降りて行ってしまった。ドキドキしている胸を押さえる。階段を降りて行ってしまった紫原くんの紫色を探すとバスケ部の人が集まっているところに行っていて…そこに、少し低い位置にある綺麗なクリーム色を見付けて、胸が締め付けられた。笑ってる…周りの人も、みんな…下唇を噛んで、自分の教室へと駆け出した。

上の階、自分の教室へ行くと誰もいなくて、ガランとしていた。誰かが開けたままにしていたのか風が通り抜け、カーテンがゆらゆらと揺れていた。冷たい自分の席に座ると遠くのほうから楽しそうな声が聞こえる。仲良しの親友の席を見つめる。ちゃんとサッカー部の先輩のところに行けたかな?卒業式直後、もう学校では会えないんだと涙していた彼女。でもちゃんと思いを告げに行くのだと、凛々しい表情をしていた。純粋に、そんな彼女がうらやましいと思った。私は…行けない。彼女と違って挨拶もしたことがない。ただ、廊下でたまたますれ違えたら嬉しくて、声が聞こえたらときめいて、笑顔が見られたら幸せで。だから私が先輩に告白なんて、おこがましいって思ってしまう。いや、それ以前の問題だ。私は意気地なしの弱虫で、ただそれらしい理由を付けて告白できないと決めつけているんだ。親友の彼女がうらやましい。しっかりと自分の気持ちと見つめ合って、好きな人と向き合って。私は彼女のそういうところに惹かれたのかもしれない。私にはないものを持っている彼女だから…。制服の右ポケットに手を突っ込んで、携帯を取り出すと、彼女からのメールだった。


―告白はだめだったけれど、
 第二ボタンはもらえたよ!
 福井先輩、13時まで
 バスケ部といっしょにいるみたいだけど、
 その後だったらひとりのときあると思う。
 なまえも、頑張ってみたらどうかな?
 もう最後だよ、きっと。
 お節介かもだけど…
 私は、後悔してほしくないな。


13時…時計を見るとあと30分ほどある。どうしよう…ううん、無理だよ…絶対引かれちゃうに決まってる。私のことなんて絶対知らないし、絶対に困らせちゃうに決まってるもん…でも、最後なのかな…福井先輩と学校で会えるのは今日で最後かもしれない…

私は福井先輩が好き。話したこともない、面識もない、なのにどうして?なんで?理由を聞かれても、上手くは答えられない。でも、好き。分かっているのはこの気持ちは本当だということ。誰かが、好きになるのに理由なんていらない、と言っていたけれど、本当にそうなのだ。どうして好きなのか、どうして胸が苦しくなるのか、はっきりとは分からない。

入学してすぐに友達になった親友の彼女は、明るく活発な性格だった。私と言えば地味で消極的で。暗いところにいる私の手を引いてくれたのは彼女だった。彼女はバレー部で、部活に所属していない私をよく見学に誘ってくれた。そんなときだった。私が福井先輩を見かけたのは。もうすぐ夏休みだというとき、私は彼女の体育館を探していた。いつもいっしょに行くのだけれど、その日彼女は掃除当番だったから。ボールの音が聞こえて、そっと覗いた体育館にいたのが福井先輩だった。びっくりして、すぐに覗くのはやめようと思ったのに、なぜか身体が言うことを聞いてくれなかった。福井先輩はひとりで黙々と練習していた。汗をかきながら、ひとりで。その姿が、私にはとてもキラキラして見えた気がする。親友の彼女に初めて会った時のように、私の心はグッと引寄せられたのだ。初めて見かけた、それに本当に偶然の出会いだというのに、ずっと見ていたい、なんて。

福井先輩のことは、彼女に聞けばすぐに分かった。彼女は些かミーハーなところがあるから。「結構地味に人気だよ、福井健介先輩。目つきは悪いけど、本当は優しい人みたい。」そう言った彼女は、私の顔が赤いと言って優しく笑った。それからだった。朝はぎりぎりに登校して、朝練終わりの先輩を見かけられないかそわそわしたり、全校集会のときや三年生の階に行くときに綺麗なクリーム色を探したり。話したこともない、面識もない、それでも私は福井先輩に恋をした。もしかしたらこれは恋ではなく憧れなのかもしれない。私にとって初めての気持ちだから。でも、私は恋だと信じたいから。

時計を見ると13時15分。もう、会えなくなってしまう。もう、この校舎で、体育館で、見かけることはなくなってしまう……やっぱり一言だけでも、話したい。椅子から立ち上がると、椅子の音は教室に響いた。さっきまで遠くに聞こえていた声はもうほとんどない。私は高鳴る胸を押さえながらゆっくりと、先輩の教室へ向かった。





三年生の階へ階段をおりると、ぱらぱらと人がいるだけでほとんど人がいなかった。もうみんな家路についてしまったのかもしれない。卒業生だったらお別れパーティーとかするのかな…ゆっくりと歩を進めて福井先輩の教室の前に行く。もう帰ってしまっていたら、ここにはいなかったら、それはそれで仕方ない。諦めよう。でも、教室からは話し声が聞こえてきた。悪いと思いつつも静かに耳を澄ました――


『あー…っと、ワリィ。これはあげる奴がいんだよ。嬉しいけど、ごめん。』
『そう、なんですか……っ…』
『ありがとな。俺なんかの、そのボタン欲しいとか言ってくれて。』
『いえ、そんな……あの…カノジョさんにあげるんですか?』
『え?あぁ、まぁ…うん…』


手が震えて、息ができなくなった。そっか…先輩、カノジョいるんだ…鼻の奥がツンとして、胸が締め付けられる。音を立てないようにその場を離れて階段を駆け上がった。いつもより上がる息に胸がチクリとしたけれど、知らないフリをした。どうしてこんな苦しいんだろう。告白なんて以ての外だって思っていたじゃない。ただ一言…一言っていったい私は何を彼に言おうとしていたのだろう。告白?結局私はどこかで期待してしまっていたんだ。遠くからただ見てるだけでいいだなんて、真っ赤なウソ。本当は先輩に近づきたかったんだ。その瞳に私を映してほしくて、その声で私に声を掛けてほしくて、あの笑顔を私に向けてもらいたいと思っていたんだ。なんて醜くて欲張りなんだろう、私。気付くとボロボロと泣いていた。しょっぱくて、熱くて、でも寒い。初恋は叶わない、それって本当だったんだね。タオルで適当に涙を拭いて、コートに袖を通した。もう、帰ろう。教室を出るときにチラッと見た親友の彼女の席は、窓から差し込んだ陽に反射していた。





階段を降りて、昇降口へと歩く。きっと、次学校に来たとき、ここは色のない世界なんだろうなぁ。また込み上げた涙を抑えようと俯くと、前から来た誰かにぶつかって尻餅を付いた。あっ、と声を出すと、ぶつかった相手も慌てたように大丈夫か、と声を掛けて…え?


「ワリィ!怪我してねーか?俺がよそ見してたっつうか…ほら、手。」
「………」
「ってお前泣いて…どっか打ったのか?おい、お前大丈夫か?」
「…っ…は、はい!大丈夫です…すみません。」


私がぶつかったのは福井先輩だった。ドクドクと心臓の音がうるさい。まるで全身が心臓になってしまったのではないかと思った。顔を見たわけではないけれど、この声はきっと先輩だ…どうしよう…差し出された手を取ろうと手を伸ばしかけたけれど、途中でやめて手を付いて立ち上がった。俯いた顔を上げられずにいると、先輩が気まずそうに声を掛けてきた。


「あー…その…転んで泣いてる訳ではないのか、お前。」
「はい…あの、…すみませ…っ…」
「そ、そうか…その、悪かったな。尻餅つかせちまって。」


俯いたままコクコクと頷くと、小さく息を吐いた先輩は「じゃあな。気を付けて帰れよ。」と言って遠ざかって行ってしまう。どうしよう。話しかけるなら今しかないのに。ずっと話したかったじゃない、私。でも何を言えばいいんだろう。好きです?ばか、そんなこと言えないよ。そのとき、彼女のメールを思い出した――

後悔してほしくないな

――深呼吸をして、それからゆっくりと息を吸った。


「ふ、福井せんぱいっ!」
「え……」
「あの…っ…ご卒業、おめでとうございます!」
「お、おう…」
「あの、私…あの…大学行っても、頑張ってください!…お元気で…」
「あぁ!お前も、元気でな。」
「っ…はい…さようなら…」


一瞬不思議そうな表情をしたけれど、優しく笑って手を挙げてくれた。涙で霞んでいく瞳にしっかりとその姿を焼き付けて、昇降口を出た。

さようなら、私の初恋。




霞んだミヤコワスレ
(好きですの一言も言えなくて。)

ミヤコワスレ
短い恋、別れ

2012.12.24




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>相互させていただいている「ふんわり、まわって」のわた飴ちゃんが花言葉でリクエスト募集していたのでカウントダウンして受付開始日にお願いしちゃいました(笑)
福井先輩で悲恋、ミヤコワスレって全部私の好きなものを詰め込んでいただいて私は幸せです… 悲恋だけど、最後はほんのり暖かいようなでもやっぱり切なさの残る感じがたまりません。最初読んだときは泣きました←
あああ文才が欲しいです猛烈に!!
わた飴ちゃん本当にありがとう!これからも素敵な小説期待しています!


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