作業の暇、ようやく手が空いたらしい紫のすぐ隣に腰を下ろした。
ノアールは決心したことを実行に移そうとしていた。
「どうしたの、ノアくん。」
「……。」
何か考えている様子のノアールに、紫は不思議そうな顔をして首を傾げた。
すると、ノアールは紫の手を取ってその甲に唇を寄せる。
「紫に口付けしたい。」
目元を少しだけ赤らめて真剣に言う彼に、紫の鼓動が跳ね上がる。
「うんっ、どうぞ?」
驚きつつ嬉しそうに顔を綻ばせて快諾する紫と距離を詰めて、唇同士を触れ合わせた。
ちゅっ、とリップ音をさせてすぐに離す。
「んー…それだけ?」
紫が何処か寂しそうに甘く囁く。ノアールは、少し答えに詰まった。
「それだけ、とは。我は砕心して挑んだのだぞ。」
頬を高潮させているノアールを見て、紫は表情を緩ませる。
「だって、かしこまって"キスしたい"なんて言うからちょっと構えたんだよ。だから、さ」
もう一回して、と言外に示されて、ノアールは困ったように視線を外した。
「…これでも、照れておるのだ。」
「もう、何度もしてるのに?」
「うむ…あまり自ら紫に接吻をしてみた事がない、と気付き、このような次第になったのだ」
「へぇ」
「つまり、今日は接吻の日だというので、よい機会だと思い、」
「うん」
「……紫、わかったから、目を瞑ってくれぬか。」
期待するようににこにこと笑っている紫に降参したらしいノアールが頼む。
「やだ」
「紫、非常にやりにくい。」
「ノア君を、見ていたい。」
「ええい、この、頑固者。」
紫の体に腕を絡めて首筋に顔を埋める。紫もノアールの腰に腕を回して抱きしめた。
微かな色を滲ませて笑う紫を見上げ、顔を傾けて今度こそ唇を合わせる。ノアールのペースに任せた緩やかな口付け。
意地を張りあったように至近距離で見つめ合ったままだが、ノアールの紫色の瞳は眇められて潤み、やがて閉じられた。
それを合図に、遠慮を感じさせる口付けが徐々に熱を帯びた深いものに変わる。
唇を啄み、時には食むように吸い、舌を柔らかく押し付け口内に入っては絡ませた。歯列をなぞり舌を吸上げる。
「んっ、は、ぁ」
互いの呼吸が乱れた頃、唇の端からこぼれた唾液もノアールは舐め辿り啜り、最後に軽く口付けて、彼を開放した。
「ふ…はっ…ノアくん、気持よかった…。うまいね。」
「もう、二度とせぬ。」
「ええっそんな、どうして」
「…紫、ずっと目を開けていただろう」
「ん、すごく綺麗だったよ」
「阿呆め。」
拗ねたようになってそっぽを向くノアールの耳が赤い。
その耳に口元を寄せる。ノアールがくすぐったそうに身を捩り胸を押すのを、抱きすくめて制止する。
「ねぇ、ノアくん」
「何だ」
「ノアくんから、キスを強請られたことも少ないよ」
「それが、どうかしたか」
「キスの日なんでしょ、ノアくんからしてくれるのも良いけど、キスが欲しいって言われたいなーって。」
「…紫、今日はいつもより我侭ではないか」
じろりと睨み上げるも、悪びれもせずノアールを抱きしめて紫は幸せそうに笑う。
「だって、もうノアくんからキスしてくれないんでしょ?だったらノア君がしたくなったとき俺にして欲しいって言ってくれなきゃ、俺、分からないよ。」
だから今、強請る練習してくれたっていいじゃないか。と、そんなことをあっさりと言う紫に呆れながらも、ノアールの未だ口調は柔らかい。
「よくもまあ恥ずかしげもなく、そのような詭弁を弄しおって」
「ね、お願い」
ノアールは気恥ずかしさと戦いながら暫し考えてから、紫をぎゅう、と抱きしめた。
「今日は折れてやろう。後で覚えておれ。」
「うん」
「………紫の、接吻が欲しい。」
2011/05/24
キスの日らしいので。
微、消化不良…っ。
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