10月の行事といえば、学祭に、運動会、そして、ハロウィンだろうか。
どんな物事に寛容な学園は全部やる。
そして、学生が校内にお菓子を持ち込むことに関してとやかく言わない。
むしろ甘いモノを取り上げると本気と書いてマジと読む程のクーデターを企てそうな人間が教師にも学生にもいるため、強く言うことができないのが本当かもしれない。
そんなわけで、対応を職員で話し合った結果、本来、朝礼時間や昼休み、LHRの時間をハロウィン祭りへ充てることとなった。
副学園長は渋い顔をしていたが、決定打は、麗しき学園長の鶴の一声ならぬ、猫の一声である。
そんなわけで、今日そのハロウィンの当日。
学園に潜む怪異が活発になりザワつく中、各々軽く仮装した学生達の間では「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ」という合言葉が飛び交っている。
しかし、ここはキャラ化学園。普通の、穏やかなお祭で終わるはずがない。
ただ一方的にお菓子を奪われて悪戯されたくなければ、この騒ぎの中へ飛び込む他ない。
もはや、過熱したハロウィン祭は、あらゆる手段で悪戯を躱し相手からお菓子を奪い取る、そんなお菓子争奪サバイバルゲームと化していた。
そんな中、保健室。
日々訪れる生徒をリラックスさせる目的で施されていたお茶が、災いした。
そのお茶についてくるお菓子の在庫を目当てに生徒たちが多数、保健室へと押し寄せたのだ。
そうなるであろうことは鏡藍も予想済み、いつもより多く菓子を用意していたのだが。
しかしその備蓄は、ある厄介な大物を呼び寄せる。
生徒を蹴散らし現れた、黒い、巨躯。
バレンタインの前座とこの日を待ちわびていた欲望に忠実な、砂糖をこよなく愛し喰らう怪物。
抵抗も虚しく早々に久楼に根こそぎお菓子を強奪された鏡藍は、それでもなお次々に訪れる生徒から「Trick or Treat」を仕掛けられ、容赦なく施される悪戯に膝を屈していた。
「えーっと、………」
苦虫を噛み潰してよく咀嚼してしまったような顔をした鏡藍は、まっすぐ自分を見上げ、その後じっくり視線を足元まで注いで、また上まで戻ってくる、を繰り返している少女へと告げた。
「……まじまじと見るんじゃない。感想も不要だ。」
そうは言われても、カルラの視線は鏡藍に釘付けである。
普段、低い位置で髪を一つに束ねていた彼は、今、ツインテールだった。
赤いリボンが可愛らしく根本に結ばれている。
さらりとしたストレートの髪質が、ゆるくカールしているのは、誰かが丹念にコテでも当てたのか。
そして見慣れた白衣の下はネックシャツではなく、レースが派手なロングキャミソールである。裾から伸びて腰から太ももまでを飾るレースが華々しく、ミニスカのように見える。
それでも彼は、スカートを履くことだけは断固阻止したらしい。タイトな黒いズボンを履いていた。
靴も、変わっている。誰のものか想像がつく、鮮やかな色のピンヒール。サイズは合っているのだろうか…。
それにしても、完成度が高い。
「保健室には女医だろ!!」という誰かの心の雄叫びが聞こえてきそうな完璧な仕上がりである。
そうされてしまった彼の苦労を体現しているのか、いつもしゃんとしている白衣はヨレていた。
出遅れた、と正直カルラは思った。
いつもどおり放課後にしないで、朝から襲撃すればよかった。
脱がされてあれこれされて、コレに着替えさせられる彼が見れたかもしれないのに…っ!
くっ、っと悔しげに俯いたカルラだったが、本来の目的を思い出して、ぱっと顔を上げた。
鏡藍先生の、この格好。そうだ、ならば。
「その格好を見るに、もう、お菓子無いですよね?」
「無い。」
憮然と告げる彼に近寄って、白衣の裾を引張り目を合わせようとしてくれない彼の注意をひく。
「先生、今日の私の仮装、何かわかります?……ドラキュラです!」
とはいっても、パンツスタイルに黒いマントとコウモリのモチーフのバレッタをつけただけなのだが。
付け牙でもあれば格好がつくのに、と真剣に仮装しなかった自分が悔やまれる。
「と、言うわけで……、トリック・オア・トリート!お菓子くれなきゃ、悪戯しちゃうぞー!」
意地悪そうな表情を浮かべて宣言したカルラは、保健室のベッドまで鏡藍をぐいぐい引っ張ると、彼をそこへ突き飛ばした。
「っ……!!」
慣れないピンヒールを履いている鏡藍が踏ん張れる筈もなく、カッカッとリズムよく数歩たたらを踏んで、いとも簡単にベッドへと転がされる。
「何を、」
すぐに起き上がろうとする鏡藍の胸を押して、カルラはそれを制した。
「ハロウィンの報復の悪戯ですから、抵抗しちゃダメですよ!」
ぽすん、と彼の膝に座りそこから、ベッドの上へと躙り上がる。
お腹の上へ座り混んで鏡藍の動きを封じると、改めて、じっくり彼を見下ろした。
鏡藍のツインテールにされた黒髪がシーツの上に散って、可愛らしい。赤いリボンは、彼に良く似合っていた。
「綺麗ですね、可愛いです、先生。」
「まったく嬉しくない、そこを退け」
渋面、しかしどこか困惑した表情で、カルラの腕をつかむ鏡藍。
でも、無理やり退けないのはどうしてだろうと、カルラは思う。
鏡藍の仕草一つ一つに対しいつもよりも妙にどぎまぎとする感覚に、カルラは少々の戸惑いを覚える。
何故かとっても、いじわるしたくなる。
というか、自分は何をしているんだろう。
ノリと勢いでこんなことをしているけれど。
こんなシチュエーションになるとは、ここに来るまで思いもしなかった。
何かヘンだ……、けれど、いまさら遅い。
やめないと、という自制を促す心の声が段々小さくなり、「思いついたままやってしまえ。恥ずかしがるのは後にしよう。」そんな風に唆す心の声が聞える。
そして決着はあっという間についた。
……折角、悪戯という大義名分があるのだ!兎に角、やるしかない!
おほん、とわざとらしい咳払いを一つして、逡巡した数秒の空白を誤魔化し、口上を述べる。
「えー、私はドラキュラなので、美女は襲わないといけません。…というわけで、いただきまーす。」
目についた、キャミソールを着せられたために、開いた鏡藍の胸元。
普段あまり見ることのない、彼の肌。
カルラは吸い寄せられるようにして、身体を丸め、鏡藍の胸元に唇を寄せる。
そして首筋へと迫り上がり、啄むようなキスを降らす。ちゅっと軽くリップ音。
最後に意地悪をして、大きく口を開けて首の皮膚に歯を立てると、彼がビクリと身体を強ばらせた。
「……やだ。本当には噛みませんってば。」
身体を寄せて半ば抱きついたまま、至近距離で彼を見下ろしてくすくすと笑うと、困ったような顔をして彼が顔を逸らす。
顔が赤く見えるのは、かなり強気になっているカルラに悪戯といえど一方的に迫られて攻められているという状況への羞恥か。
それとも、女のような格好をさせられたままベッドへ組み敷かれて、皮膚の薄い場所を擽られているからか。
そのままの状態で何も言わず、固まってしまった鏡藍に、カルラは茶化すように言葉を重ねる。
「えっと、その、……そうだ。私も、お菓子持ってないんです。」
なので、と続けて鏡藍の耳へ唇を寄せ、彼だけに聞こえるように小さく囁く。
「悪戯…。しちゃいますか?」
言葉の意味を理解した鏡藍は、クラりと眩暈を覚える。
吹きこまれた甘い毒。
彼女の着けたマントの向こうに、ゆらゆら揺れる悪魔の尻尾を見た気がした。
そんなことを「悪戯に」言うものではない。
……返事は、ひとつしか無いじゃないか。
2013/10/16
ちょっと早いけど、Trick or Treat!