下校しようと、夕闇が落ちる廊下を歩く。
前方を見たノアールは、前方に小さなものが蹲っているのに気がついて、足を止めた。
窓から差し込む光に照らされて、白い衣が緋に染まって見える。
どこかで見たような子だ。
背後に立つノアールにも気がつかずに彼女は苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。
「……。邪魔だ、」
廊下は広いが、敢えてそんな言葉を口にする。
蹲る人物の肩が大きく跳ねて、焦点の合わない瞳が見上げてきた。
僅かに動くのも億劫なのか、辛そうに顔を歪めながらも壁際に移動する。
「…はっ…、ごめんなさい」
小さく吐息と共に吐かれた謝罪にノアールは目を細めた。
「辛いのか。何時まで、そうしているつもりだ?」
下校時間はとっくに過ぎていた。日が落ちれば昇降口は施錠されるだろう。
「……大丈夫、ですから、…」
彼女は首を弱々しく横に振りながら呟くようにして言う。
何が大丈夫だと言うのだろう。
一向に彼女の様子に改善は見られず、酷くなっているようだが。
「大丈夫」と当人が言うならば「そうか」と見捨てて帰るのが常だが、ノアールは気まぐれを起こした。
廊下に力なく寄りかかる彼女へと手を伸ばし、二の腕を掴むと、力任せに引き上げる。
「あわっ…っ!!」
よろめく彼女をもう片方の腕で支える。
「立てるか」と問うて、腕をの力を弱める。
が、支えているにも関わらずふらふらと足元が定まらない様子に、ノアールは小さな苦笑いを零した。
「それでは何時までも帰れまい。」
「えと…」
戸惑っている内に荷物を奪う。
突然の行動にますます困り今にも泣きそうな彼女の顔を見下ろして、にこり微笑んでみせた。
「我は靴箱へ向かう。貴様は歩けそうもないから、じっとしていろ」
言うや否や支えていた腕を彼女の細い腰に回し、引き寄せた。
それだけで簡単に傾いた体は、地面から掬い取られるようにして軽々と抱き上げられた。背と膝を支えられるだけの不安定感に、か細い悲鳴が漏れる。
「…体勢が崩れる。体を突っ張らせるな、力を抜け。」
言われて出来るものじゃない。
見知らぬ人間にいきなり抱き上げられて、体を強ばらせるなという方が無理だ。
「おろして、下さい!」
綺麗な横顔が、にい、と笑みを浮かべる
「却下。縋らねば落ちるぞ。再び拾うほど我も優しくはない。」
それだけ言うと、彼女を軽々と抱き上げたまま一歩踏み出した。
「わ、ひゃ…」
揺さぶられて、思わず彼の肩を掴む。
ちらりと下ろされた視線とかち合って、気恥ずかしさにすぐに逸らした。
暗くなってきた廊下を運ばれている内に瞬驚きと困惑で一瞬忘れていた眩暈がまた襲ってくる。
「…楽にしていろ。直に靴箱だ。」
眉を顰め、苦しげな表情をしている少女。
そんな状態であるにも拘わらずノアールの肩を掴んだ手には少しでも自分の体を浮かせようとしているのか、力が込められていた。何故、無理をするのか。
「…力を抜け、と言った筈だが。」
重ねるように低く囁かれる。冷たい声音だけれど気遣っているかのような言葉。
余裕のない彼女はもう深く考えられず、素直に甘えることにした。
少し重みを増した小さな体。
「それで良い。」
満足気な彼の表情を見ながら、緩く目を閉じた。
10月22日
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