それは中学3年のときの話。
あたしには好きな人がいた。
野球部でエースだった人だ。
同じクラスでいつも一緒にいて、ただ話をしてるだけで楽しくて、嬉しくて幸せだった。
彼は他の女の子たちとも仲は良かったけど、それでも、1番一緒にいる時間が長かったのはあたしだと、それはあたしを1番好いていてくれているからだと自負していた。
だから、彼が
「もう、俺たち付き合っちゃう?」
と、言ったときは
「…っうん!」
即答するくらい。
でも、この時から彼の態度は急変した。
あたしといる時間は激減したし、他の女の子たちとより親密な空気を作るようになった。
あたしは束縛とか嫌いだったし、何より、彼に何かを言って嫌われてしまう方が怖かった。
それにあたしはまだ彼の言葉を信じていた。
『オレ、高校行ったらお前の為に甲子園行くよ』
『ほんと?』
『うん』
そう言った彼を信じていたかったのに、現実は甘くない。
(やっば、明日提出の宿題プリント忘れてた)
あの日、あたしは忘れ物をとりに、放課後の教室へ向かっていた。
(あれ?明かりついてる…誰かいるのかな?)
「つーか、まじウケるんだけど」
聞こえてきた声に、あたしは立ち止まる。
「えーみょうじさんのこと?」
「そーそー」
彼、と最近仲がいい女の子だ。
「あいつさー、オレが『甲子園行く』っつったの、信じてるんだぜ?」
「だって、"好きな人"の言ったことでしょー?信じたくなるよ」
「オレが行けるわけねーじゃん。だったら女の子たちと遊ぶし」
「ひどーい」
ほんとはそれ以上聞きたくなかった。聞いちゃいけない気がした。
でも、足が動かない。
「しかも、あいつ、オレの彼女ヅラしてくんの!オレ、"付き合う?"とは聞いたけど"付き合おう"とは一言も言ってねーのに」
「さいあくー」
「だって、本命はお前だし」
「えー」
そこまで聞いて、あたしは全速力で走った。本当は泣きたかった。でも、涙は出てこなかった。
それから、彼とは距離を置いたが、彼は全く気にしていないようだった。
(あたしなんて、どーでもよかったんだ)
そう改めて思ったとき、少しだけ、泣いた。
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