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隣人の世界は酷く美しい


高3のときに付き合い出したなまえと、進んだ大学が同じで住んでるアパートも近かったからほぼ半同棲みたいな生活を経て、入居から2年経ってアパートの更新の時に「いっそ、一緒に住む?」って話になって同棲が始まってから約半年が経つ。

俺にとって最早なまえは空気みたいな存在だった。



「やべぇかもしれない…」
「あ?何がやべーの?レポート?俺も終わんなそー。やべー」


授業の空き時間、食堂で鈴木と明日提出のレポートを仕上げていた。ちなみに、鈴木には悪いがレポートはもう終わりそうだし、問題はそこではない。


「…いや、…なまえが彼女に見えない」
「は?どーゆーこと?」
「馴染み過ぎたって言うか、もう同居人でしかないって言うか…」
「おいおい、マジじゃん。大丈夫かよ」
「わかんねーけど…」

レポートに最後の考察を書き込んで、ノートパソコンを閉じる。え?まさか終わった?と焦る鈴木はさっきから参考文献の言葉をそのまま打ち込んでいるだけだ。

「…同棲してっから?」
「さあー?」

そうとは考えたくない。

「毎晩ヨロシクしてんじゃねーの?」
「バーカ、んなわけねーだろ」
「でも毎日同じ布団で寝てんだろ?」
「逆にいつでも出来るからいつでもいいかーみたいになって…それこそ半年くらいしてねぇわ…」

ため息を吐きながら、後ろに背中を伸ばす。パソコンの画面を覗き込んで丸まっていた背骨が、ポキポキと音を立てた。

「うわー、倦怠期ってやつ?」
「そーなんか?」
「いや、俺はわかんねーよ」
「はぁ…付き合ったばっかの頃は良かったけどなぁ」
「あ、じゃあさぁ、今度の合コン、宮地も来いよ」
「合コン?」
「お前さー、せっかくモテるのに彼女いるからって一回も来たことねーじゃん」
「別にまだ別れるわけでもねーんだけど」
「まぁまぁ、いーじゃんたまには!宮地呼べって周りにすげー言われてんだよ」
「へー」
「たまにさー、別の女の子と遊ぶのも刺激になっていいかもよ?」
「なんだよ刺激って」
「ワンチャンあるかも…」
「ワンチャンあってどーすんだよ」
「どうって、ねぇ?」
「ニヤニヤすんなよ、きめぇな」
「ひっでー!」

大袈裟に落ち込む振りをする鈴木は、思い出した様に顔をあげて、再度確認をする。

「…あ、で、どーする?」
「まぁ、じゃあ一応なまえに聞いてみるわ」
「はぁー?ダメって言われたら来ねーの?」
「わかんねーけど、そーだろ」
「真面目だなー」
「止めて欲しいみたいなのもあるかなー」
「なんで?」
「だって、なまえまで俺のことどーでもいいみてーじゃん」
「ああー。なるほどね」
「それにもしかしたら本当に間違いが起こるかもしれないとか考えてる俺もいる…」
「ま、そしたら遊んじゃえばいいじゃん。許可おりてんだし」

軽いノリの鈴木がたまに羨ましい。つか、こいつも彼女いるじゃん。

「てか、お前佐藤は?」
「あー、うち放任主義だから」
「なんだそれ」
「まーまーいいじゃん!暇な日いつ?」
「授業、お前とほぼ一緒なんだから、お前とほぼ一緒だろ」
「それもそーか」

鈴木はこの話はこれで終わりにしたらしく、それより今はレポートやべー、とパソコンに向かう。

レポートも終わり、次の授業まで手持ち無沙汰な俺はスマホを取り出した。すると、ちょうどタイミングよくLINEの通知が届いて、開くとなまえだった。

ー今日の帰り、いつも通り?

いつもと変わらないなまえの文章に、いつもと違う気持ちの俺は、なんだかものすごく悪い事をしてしまったみたいな気持ちになった。





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