Identity | ナノ
月曜日の憂鬱
黒子は朝から図書当番が憂鬱だった。昨日の降旗の話が引っかかるからではなく、単純に部活の時間が減り、バスケが出来る時間が減ることが億劫だった。そのことを度外視すれば、図書当番自体は嫌な仕事ではなかった。まぁ、仕事もほとんどないのだが。黒子は本が好きだったし、図書室の独特の空気は落ち着けて、居心地がいい。多分、バスケをしていなかったら、毎日入り浸っていただろう。とは言っても、黒子はバスケをしているし、今は本に囲まれるより、バスケをしていたい。早く図書室の閉まる5時になればいいのに、授業中はそんなことを考えていた。
そして遂に放課後となり、部活に向かう同じクラスの火神を見送ってから図書室に向かった。図書室に、ひと気はなく、黒子しかいないようだった。この時期、1月の受験シーズンとなれば普通、図書室は受験を控えた3年で埋まるものだが、誠凛には自習室があり、勉強をするならそちらの方が設備が整っているので図書室はいつもどおり静かだ。
とりあえず、返却カウンターに積まれた本を元の棚に戻そうと抱える。背表紙に貼られた分類のシールを確認しながら、本棚の間をウロウロしていると、一人の女子生徒がいた。女子生徒は暇そうに本を眺めながら、ゆっくり歩いている。誰もいないと思っていた黒子は少し驚いたが、気に留めることもなく、作業を再開した。しかし、女子生徒は黒子に気付くと、黒子がなにをしているのか気になったのか、後ろから着いてきて黒子の手元を覗き込んでくる。別に見られて困ることではなかったが、流石にこんなに近づかれては、作業がしにくい。黒子は女子生徒に声をかけた。
「…すみません、付いて来られると仕事がしにくいのですが、何かご用ですか?」
すると、少女はビックリしたようで、黒子の顔を凝視した。もしかして、ついて来てると思ったのは偶然で、今初めて自分の存在に気付いたんだろうか。“影が薄い”ゆえに、そしてそれを自覚してるがゆえに辿り着いた結論だったが、少女が驚いた理由はそこではなかったようだ。
「あたしが見えるの?」
「はい。見えますけど…」
「もしかして、君、死んでる?」
「…え?」
「なんか影薄いし。あ、でもそうしたら何冊も本持てる訳ないよなぁ」
「すみません、なんの話ですか?」
黒子の質問に意味のわからない質問で返すその生徒に、黒子は困惑した。それに気づいた女子生徒は、ごめんごめんと謝りつつも、質問を重ねる。
「ねぇ、君、誠凛の七不思議って知ってる?」
「昨日、友達に聞いて、図書室に幽霊がいることしか知りませんが…?」
「んー、まぁそれだけ知ってれば十分だね」
黒子は話の流れからまさか、と思い、改めて女子生徒の顔を見て、それから一歩引いて全身を見た。
女子生徒には影がなく、足の辺りが少しだけ透けて向こうが見える。
「あたしがその図書室の幽霊だよ」
ニコっと楽しそうに笑った少女は、噂の幽霊だった。