影山飛雄


「すみれー、駅前の新しいお店行こって話してるんだけどさあ、」
「ごめん!無理!部活!」
「…ですよね。」


放課後!筆記用具を一気に鞄に詰め込んで、友人からの有り難ぁぁ〜いお誘いを断ってでも優先させたいことは何だろう。と皆は思うでしょう。その答えはこれから私がダッシュで向かう場所と、張り上げる声のトーンとで察してもらいたい。


「お疲れさまでーす!」


女子にしては驚きの速さで着替えを終えて、飛んで入ったのは体育館。そこに居たのは一年生つまり同学年のバレーボール部員、私のとっても好きな人、影山飛雄その人だ。
私の大きな声に驚いてこちらを振り返り目が合うだけで、私はもうパワー全開。


「びびった。早えな」
「ホームルームが早く終わってさ!」


例え彼が私の熱い気持ちに1ミリも気付いていなくたって、こうして会話ができるだけで有頂天だ。私のクラスのホームルームは別に早く終わってなどいない。早く影山くんに会いたい一心でダッシュしてきただけなのだから。

影山くんは着替えるのが早いねと伝えると、5限目の体育から着替えるのが面倒くさくてずっと体操服で過ごしていたとのこと。そんな事が許されるのかと驚きもしたが、怒られても気にしていなさそうな影山くんが目に浮かぶ。

他の人が来る前に、この二人だけの時間を使って何か…何か会話をしたい。けど練習の邪魔はしたくない。


「白石」
「はいっ?」
「悪い。そこ邪魔」


影山くんが手で私の位置取りを指示した。
危うく影山くんのサーブ練習の的になるところだったらしいので、慌てて端に寄る。彼はボールを数回床に落とし感触を確かめて両手で持った。その時もぐぐっと力を入れて、ボールの硬さを確かめているかのよう。そのまま息を吸って、吐いて、ボールを高くあげ床を蹴った。


「おつかれーーす!…あれ」
「…あ」


丁度そこへ日向と田中さんが入ってきて(日向はどうやら「くん」付けで呼ばれるのが嫌らしい)、影山くんの集中が途切れてしまったようだ。力強いサーブを打つのかと思いきや、ぼんっと手のひらで鈍い音を立てるだけの弱々しいサーブとなった。残念。


「白石さんチーッス」
「ちす!」
「早いね白石さん」
「う、うん」


日向は女子である私が早着替えを行って、すでにジャージ姿でここに居るのを感心していた。恥ずかしながらその理由は部活熱心なのではなく、影山くんに会いたいという邪念からなのだが。でも部活は真面目に取り組んでいる、そもそも影山くん目当てでマネージャーになったわけではないし。


でも、マネージャーという立場を思い切り利用して影山くんに話しかけさせていただく。


「影山くん!」
「ん」
「はいドリンク!」
「おお、さんきゅー」


おおさんきゅー、いただきました!影山くんが私の手からドリンクを受け取って飲んでいる、その喉仏が揺れるのを眺めるのがとても幸せ。私が影山くんに見とれていると、肩をつんつんつつかれた。


「チョット、こっちにも」


振り返ると仏頂面の月島くんが立っていた。そうだった、ついつい「この世には影山くんしか存在しない」という錯覚にとらわれてしまうけど、他にも部員は居るのだった。
「ごめんごめん」と月島くん・山口くんにボトルを渡すと、彼らはため息混じりに受け取った。


「王様贔屓も大概にしてくんない」
「えっ、ひ、ひいきなんて」
「してるよー、ねえツッキー」
「ちょっ、し…しー!聞こえちゃうよ」


月島くんも山口くんも、あまりにも声を抑えないもんだからこれでは影山くんに聞こえてしまう。彼らはそんなの気にしていないようで、月島くんに至っては鼻で笑った。


「聞こえてないよ。ほら」


と、月島くんが指す方向にはすでに影山くんが遠ざかっているのが見えた。残念、もっと近くで見たいのに。


「王様にアピールすんならもっと分かりやすくしなきゃ」
「…分かりやすく…してるつもりなんだけど」


朝一番に挨拶をするし、タオルや何かを渡す時には一番に渡しに行く。やっちゃんや清水先輩に至っては最近、空気を読んで影山くんに何かを渡しに行かないようにしてくれている…申し訳ない。

そんな日がずっと続いていたので月島くんはもちろんの事、先輩たちにも「白石って影山のこと好きなん?」と言われる始末。この気持ちを隠している訳では無いけど、本人にはどのように伝えればいいか分からないのだ。


「気付かないのは影山くらいだろうね」
「単細胞だからね。」
「単細胞なところも良いんだもん」
「はっ、重症。」


月島くんは心底呆れたふうに鼻で笑っているけど、ここ最近いつもこのような扱いを受けているので慣れてきた。


「ほらほら来たよ、なんか話しかけなよ」


更に私の恋心を応援しているのか茶化しているだけなのか、こんな事も言ってくる。
でも影山くんが近くに来たのを知らせてくれるのは有難いので、月島くんがチラチラ見ているほうを振り向けばドリンクをがぶ飲みしながら歩く彼の姿があった。練習後のクールダウンで体育館内を歩き回っていたようだ。


「か、影山くん!」
「ん?」


影山くんがボトルから口を離してこちらを向いた。…呼んだはいいけど何を話せばいいのか分からない。


「ええーと、えー」
「なんか用…あ、これ。空になった」
「早っ!」
「じゃ」
「あ」


さっき渡したばかりのボトルをあっという間に空っぽにして、それを私に渡すとすたすた歩き去ってしまった。軽くなったボトルを持ったまま立ち尽くす私。せっかく話しかけたのに、ぜんぜん会話が広がらないなあ。
はあ、と大きく肩を落とす私の後ろでは月島くんの声がした。


「自分の用事を済ませたら途端に姿をくらませる、それが王様影山飛雄」
「………むむ…」


バレーボールをしている時以外の彼は、良い意味でも悪い意味でも周りが見えない。月島くんの分析はとても正しい。だから私が「好き」を言葉にせずにアピールしたって気付かれないのは何となく分かっていた。

けど、今の関係だって悪くない。それに、少しぼんやりしているところとか、日向に対してだけ当たりが強かっりとか(その時の声が凛々しいのだ)、そういうところも好き。


「健気ぶっても恋は実らないよ」
「…いい。まだいいの!」


月島くんの言葉はぐさりと私の心に突き刺さるけれども、この人は一応限度をわきまえているらしい。私が睨んでみても、それ以上は何も言われなかった。


「白石」
「!!」


私は突然飛び上がった。月島くんに向けてめらめらと敵意を出していたところへ、影山くんが現れたのだ!しかも私の名前を呼んだ!


「ハイなんでしょう!」


勢いよく返事をしたら私の大声に少し驚いたようだったけど、影山くんは名詞で「タオル」とだけ続けた。


「………?」
「タオルくれ。乾いてるやつ」
「えっ、あ、はい!」


タオル、タオルね。慌てて端に置いていた乾いたタオルの山から一枚取り出し、影山くんへ手渡した。そして「あざっす」と言って顔をぐしゃぐしゃ拭きながら去っていく。

ああ、素敵だな。「自由に使っていいよ」と置いてあるタオルなんだから勝手に取っていけばいいのに、私に「タオルくれ」って言ってくれた!私はタオルを渡した!そのタオルで今、口元とか首元とかを拭いている。


「はあ…わざわざ私に頼んでくれたぁ」
「…まさか王様、天然で白石に甘える技を会得したわけ?」
「悪い男だねツッキー…」
「それだと僕が悪い男みたいに聞こえるからヤメテ」


月島くんと山口くんがこんな会話をしていたが、私はそれを聞かずに影山くんの背中を見送った。あのタオル、使い終わったら回収しに行っちゃおう。


「無自覚と無自覚の戦いだね」
「え?」
「何でもないデース」


月島くんは「お手上げ」みたいなポーズをすると、私には頼まず自分でタオルの山から一枚拾い上げた。山口くんも「ふふ」と笑いをこらえている様子でタオルを取って、そのまま二人で歩いていった。

無自覚と無自覚って何だろう。私は影山くんを好きだってこと、自覚してるんだけどなあ?

彩なす君までひとめぐり

花火様より、天然影山にアピールする夢主ちゃんの日常・というリクエストでした。影山って絶対アピールされても気付かれないの、可愛すぎますね(笑) 恋が実るまで時間がかかりそうだけど、それもまたいい…♪ ありがとうございました!