白布賢二郎


強いやつらが集まるところで強いバレーをやりに行く、という意気込みをもって入学した白鳥沢学園では、バレーボール以外の事に集中する気なんてさらさら無かった。勉強は根を詰めなくても元々問題なくできたし、恋愛なんて問題外。
だからマネージャーが俺のことを好きになって告白してくるなんて、予想もしていなかったのだ。


「…白布。そろそろ自分の部屋帰って」
「無理………」


ここは同級生の川西の部屋で、現在俺はローテーブルに顔を突っ伏して項垂れている。
先ほど俺は、こいつには悪いけど突然押しかけてしまった。何故ってそりゃあマネージャーの白石に呼び出され「好き」と言われた途端に頭が混乱して、彼女を残して逃げてしまったんだから。


「だって俺、白石のことそんな風に見たことないんだよ…」
「だからって無言で逃げてくるってどうよ」
「……」
「かーわいそー。」


川西は「かわいそう」という言い方に留めたがおそらく「最低だな」と思っているだろう。俺も自分で分かってる。まさか自分が女の子に告白されて、返事もできずに逃げ出すようなクズだったなんて。
いい加減顔を起こして部屋に戻らなければ…と携帯電話を手に取ると、白石からのメッセージが入っていた。


『ごめんなさい。忘れていいです』


忘れろったって無理な話だ、いくら今まで女の子として意識したことが無いとはいえ「好き」と言われたら気になるのが普通じゃないか?





翌日、いきなり朝練で顔を合わせてしまった俺たちはどこからどう見てもぎくしゃくしていた。

一年生の俺と川西は朝練開始のために体育館で色々と動き回り、白石も三年生のマネージャーたちとあれこれ作業をしていたが、どうしても最後には互いに意識が行ってばちりと目が合う。ちくしょうだめだ、断るなら断る、受けるなら受けるで答えを出さなければずっとこのままだ。


「白布くん」


朝練の最後、片付けを終えた俺に白石が話しかけてきた。ぎくりと肩を揺らせた俺に、川西は「先行っとく」と言い残して部室へ行ってしまった。あの野郎。いや、これでいいのか。


「……何?」
「あの、昨日のことなんだけど…」


昨日、あの夜、あの場所、プールの前にぽつりと置いてあるベンチでの出来事。

ここ最近白石が俺に話しかけてくる機会が多いなとは感じていた。が、それだけだ。
会話の内容は部活に関係することばかりで、まさか「そういう感情」を持たれていたとは気付いていなかった。だから昨夜「今、いい?」と連絡が来てあそこに行って、「よかったら付き合ってくれませんか」という漫画でしか読んだことのない台詞を耳にするなんて。


「…白布くん?」
「あ、ごめん」
「私こそごめん。言うの我慢しようと思ってたのに」
「我慢?」


俺が聞き返すと、白石はうんと頷いた。


「…実は、入部の時から白布くんのこと凄いなあって思ってて」
「………え」


入部の時、俺は推薦ではなかったから4月に初めて部活に参加した。俺以外にももちろん沢山居たし、すでに中学卒業前から練習に参加していた川西をはじめ、目立つ推薦入学者も居たというのに。俺のどこに凄い要素があっただろうか。


「能力測定みたいな事したじゃん。その時にね、すごい真面目に取り組んでるなって」
「そう、なんだ…」


確かに俺は真面目で必死だった。少しでも「こいつは他とは違う」「こいつは出来る」と思われるために。


「だから初めて話しかけられた時は緊張したよ」


俺が白石に初めて話しかけたのはいつだったろうか。覚えていない。しかし白石が「タオルください、って言われただけだけどね」と笑ってみせたので、なんとなくそんな事もあったかなと思えてきた。


「でも、嬉しかった。なんかね、白布くんのことずっと頭から離れなかったから」
「………」


俺にとっては「なんとなく思い出せる」程度のことなのに、白石の中ではそれがとても特別であるかのように話す。
あのとき俺は周りをあまり見ておらず、目の前の課題に必死だった。持久力も無く力も弱い、おまけに身長に恵まれない自分をいかにアピールするか、よく見せるかに全力だったのだ。

そんな事に必死だった俺なんかが、頭から離れないとは。「好き」であるとは。「付き合ってほしい」とは。


「ご…ごめん!振られたのに!あの、つまりだから私の事は無視してくれていいから、部活に集中してってことで」


白石は目の前で両手を振った。今の会話すらも忘れてもらいたいのだろうか。無理だ。


「…白石」
「は、はい」
「まだ振ってない」
「……え。」


白石の手がぴたりと止まった。


「いや、多分これからも振らない」
「え」
「好きだと思う。好きになった」


目、口、おそらく鼻も、白石は穴という穴をいっぱいに開いて凄い顔で俺を見上げている。息を止めていたのだろうか、数秒後に「げほっ」とむせたのをきっかけにやっと表情が元に戻った。


「ほ…ほんとに!?」
「うん」


正直、こんなに簡単に女の子を好きになるなんておかしいと思った。昨日まで何も思っていなかったんだから。
けれど俺のことを好きと言い、さらにそのきっかけまで言われ、それが俺にとってピンポイントで嬉しい内容だった。自分は乙女思考ではないけれど、俺のハートをくすぐるには充分すぎる要素が詰まっていたのだ。


「………昨日、何も言わずに帰っちゃったから振られたかと…」
「あれは…悪かった」


突然の告白に頭が働かなくて、逃げ出してしまった苦々しい昨夜の記憶が蘇る。どう考えても最低だ。だからせめて今、ちゃんと言わなければ。


「ほんとにほんとなの?」
「本当だよ。嘘とか苦手だし」
「…わあ…やばい…嬉しい」


白石は両手で頬を覆い、感動を表現しているかのようだった。顔が真っ赤に染まっている。恥ずかしそうなのに嬉しそうだ。

柔らかそうなその頬に、いつか俺が触れるのを許される日が来るんだろうか。そう思うと心臓の高鳴りがどんどん強くなり、手のひらにじんわりと汗をかき始めた。好きになったんだ、この子のことを。


「頑張ろうね。絶対レギュラーなろうね」
「……うん。なる」
「私、隣でずっと応援するから!」


隣でずっと応援なんて夢みたいなことを当たり前のように言ってのける白石に、返事をするだけでたくさんの神経を費やした。
本当にそこまで思っているのか、俺のどこを見てそんな風に思ってくれるのか?頭の中は嬉しさと照れくささ、言葉に出来ない白石への気持ちが溢れてしまい、頷き礼を言うことしかできなかった。


「…ありがと。」


それから俺はどんどん白石を好きになって、白石もたぶん俺への気持ちが膨らんでいたと思う。誰が見たって俺たちは相思相愛で、同じ部活だからこそ理解を深められるとても良い仲であった。俺だってそう思っていた。
だって白石は俺のことを一番に考えて、俺がイエスと言えばイエス、ノーと言えばノーと言うんだから。

だから俺がどんなふうに変わってどんなふうに接しても、絶対に俺から離れることなんか無いんだろうなと自惚れていく自覚は全く生まれなかったのだ、この時は。

記憶はいつか曖昧になる

おぱ様より、白布くん連載なかなおりメソッドの番外編/まだ二人が仲の良い恋人だったころ・というリクエストでした。付き合う時の話にしてみました、まだ白布川西は互いを苗字で呼び合っています。これから夢主と三人で仲良くなってファーストネームで呼び合う仲になるのでしょうか。本編が明るくないので、少しでも明るく…と思ったんですが…(笑)ありがとうございました!