五色工
体育館に見慣れない女の子の姿があった。…正確に言えばいつも「見慣れない女の子」なんて沢山いるんだけど、その子の視線の先に居るのが一年生の五色、というのが珍しいのである。
五色工は人一倍声が大きく動きも大きいいわゆるオーバーリアクションな後輩だが、眩しいほどに素直な男だ。だから俺たち二年生、三年生は彼をあれこれいじって遊んでいる。
どうやら新しいイジリのネタが出来たなあ、と心の中でニヤニヤしてしまった。
「五色、五色」
「はい」
俺が手招きすると五色はすぐに返事をして近付いてきた。が、俺の後方にあの女の子が居るのを発見したのか少しだけぴくりと反応し、その子を見てほんの僅かに微笑んだ。ビンゴか。
「何ですか川西さ、」
「あの子知り合い？」
思わず食い気味に聞いてしまったので五色は一瞬動きを止めたが、すぐに「ああ」と理解したらしい。俺がちらりと後方を見やると例の女の子が居て、五色はその子を指さして言った。
「あの子ですか？彼女です」
「おお…！？」
「何！何何？なんか面白いワードが聞こえてきたんだけど」
こんなにショックで面白い話を聞き逃すわけもなく、天童さんが足取り軽く現れた。
「冷静に聞いてください」と前置きすると天童さんは頷いて（こんな前置き、あっても無くても変わらないのだろうが）声を潜めた。念のため。
「五色の彼女が来てるらしいです」
「えっ！どれ」
天童さんは飛び上がって驚くと、辺りをキョロキョロ見渡した。髪の色が赤いせいでニワトリみたいである。
五色の彼女は、天童さんの出で立ちや振る舞いに遠目からでも充分驚いているようだ。すると五色が天童さんの前に立ち、彼女を護るように位置取りを変えた。
「あんまり騒がないでくれませんか、そういうの苦手な子なんで」
「むう…つとむが常識的な発言を…」
「俺はいつも常識に則って生きてます」
えへんと胸を張る五色の姿は歳下のあどけなさも残るものの、彼女の盾となりしっかり護ってやるんだという凛々しさがあった。俺、自分がいかにちっぽけな人間であるかを感じた気がする。天童さんは微塵も感じてないみたいだけど。
「で？で？勇姿を見せるために呼んだのカナ？今日は練習試合とか無いけど」
「だから騒がないでくださいったら…呼んではないです。彼女が見に来たいって言ってたんで、いつでも来ていいよって言っただけです」
声を潜めることもせずに聞く天童さんに、さすがの五色も諦めた様子で答えた。
しかしその内容があまりにも「恋人付き合いは順風満帆で行く手を阻むものは無い」という内容だったもんで、寂しいバレー部員の心は抉られていく。もちろん俺の心も。
「…彼女ってどうやったら出来んの？」
「え、川西さんはすぐに出来そうですよ」
「フォローありがとう」
「白布さんはもう少し笑顔があったほうが」
「俺がいつ彼女欲しいっつった？居るわ」
「居るんですか！」
「悪いか」
そうなのだ、参ったことにこの仏頂面の賢二郎にも彼女が居る。俺の方がもう少し愛想よく過ごしてるのにどうしてだ。
天童さんは賢二郎の彼女のことは過去に一通りイジり倒しているので、今日は五色の彼女に興味津々の様子。
「彼女ってどんな子なの？」
天童さんの視線は俺でも分かるほどに、ちらちらと五色の彼女へ向けられている。こんな奇抜な上級生に見られてたいそう恥ずかしかろう。
五色はそんな彼女を気にしながらも天童さんの質問に何と答えるか考えて、結果的に頬を染めながら言った。
「えっと…素直で可愛くていい子です」
「…お前が素直で可愛いわ」
「幸せそーダネ、うらやまし…あ」
やれやれと肩を落とした天童さんが何かに気づいた。彼の視線の先には五色の彼女がいて、何かを訴えている様子である。
「呼んでるっポイよ」
五色は頷き「すみません」と一声かけて、彼女のもとへと駆け寄った。なんだなんだ、あの五色がまともな男に見えるじゃないか。身長差は約２０ｃｍくらいだろうか、彼女を見下ろす五色の顔の優しいこと。また彼を見上げる彼女の表情の柔らかいこと。
最後に彼女が五色の肩か胸のあたりをぽんと叩いた。五色は彼女に手を振って、それらを見せ付けられながら突っ立っている俺達のところに戻ってきた。
「お待たせしました」
「なに喋ってたの？」
「えっと…あんまりこっち見ないでって言われました…」
「ウケる」
「ウケません。先輩たちもですよ！あんまり見ないで下さい！」
お願いですからね！と五色は数名の部員（俺含む）を見渡して言った。冷やかしで見てるわけじゃないのになあ、天童さん以外は。俺は単純に驚いて見直しているのだ。五色のことを。
「…だってさあ、五色がフツーの彼氏っぽいんだもんなあ」
「俺は普通です」
「前髪以外。」
「前髪も普通ですっ」
俺がちょっと褒めてみてもすぐに天童さんが要らないことを言うから、五色はツッコミに徹するしかないようだ。
「それ、自慢の前髪なわけ？」
賢二郎が五色の前髪を指さしながら言った。五色があの前髪を「普通」と言ってのけたのが面白かったのか、賢二郎は薄ら笑いだ。こいつ、馬鹿にしてるな。しかし五色の答えは賢二郎の嫌味を簡単に吹き飛ばした。
「自慢ってわけでもないですけど。彼女が切ってくれるんで、そのままにしてるだけで」
俺と賢二郎は眉がぴくりと動いたけれども、天童さんは身体全体で飛び上がった。
こいつ、彼女に前髪切ってもらってんの？それって普通なの？いや、悔しいが羨ましい。憎たらしいぞ、五色。彼女持ちの賢二郎ですら「どんだけ仲いいんだよ…」と少しうらやんでいる様子だ。
独り身のバレー部男子の前では彼女を見せつけるだけでも充分なショックであるというのに、よくもまあ。
「………今日サーブ狙われるぞお前」
「えっ！！」
「英太クン出番だよー」
「瀬見さんはダメです瀬見さんは」
このあと五色は数々のサーバーから狙われるはめになったが、悔しいことに絶好調であった。
その理由は悔しいから聞かない。「彼女が見にきてるから気合いが入りました！」なんて本人の口から言われたら、寂しくて今夜ひとりで眠れなくなりそうだ。
こんな気持ちを粛清したい
いちご大福様より、付き合ってる二人をからかいつつも見守る部員達・というリクエストでした。五色くんは堂々と「俺が守らなきゃ！」と意気込んでくれそうな、心優しい彼氏であって欲しいですね♪♪ ありがとうございました！