国見英


2学期が始まった。最初の1週間くらいは新しい雰囲気で授業を受けていたけれど、すぐにいつもと同じ気だるい授業へと変わっていく。
まだ外は暑いので、窓からの日差しもけっこうきつい。が、私は幸か不幸か窓側ではなく教室の真ん中あたりの席だったので直射日光を免れていた。


午前中の授業が終わった昼休み、教室内で友人と集まりお弁当を食べながらの会話はとても他愛のない事。彼氏のこととか、好きな人のこととか、好きなアイドルのこととか。


「昨日始まったドラマみた!?」


本日は友人のひとりが、今クールの新ドラマの話題を持ち出した。どうやら主演男優がその子の好きな俳優らしいのだ。私はその時間ドラマではなくてバラエティを見ているので、見ていないと告げると彼女は盛大にため息をついた。


「え〜、なんでぇ…めっちゃくちゃかっこいいのに?昨日あれよ?白衣着てたよ?やばいよ!?」
「うーん、イケメンだとは思うけど」
「タイプじゃないよね」


なんて、女の子が集まればこんな話になるのが普通だ。自分たちの顔面偏差値のことは棚に上げて、芸能人を「タイプ」「タイプじゃない」などと話してしまうのは仕方がない。だって本当にタイプじゃないんだもん、そりゃあ格好いいとは思うけど。


「じゃあ二人ともどんな顔が好きなの…」
「及川先輩」
「あー!及川先輩チョー分かる」
「すみれは?」


友人のひとりはバレーボール部の主将(だったかな?)である及川先輩の名前を挙げた。確かにたまに見かけると、背の高さか端正な顔立ちがとても目立つ上に、いつも笑顔を振りまいていて華やかな印象がある。けどタイプかどうかと聞かれれば、なんだか違うなあ。


「私は…」


誰だろうな、芸能人の顔でもぱっと思い浮かばない。
その時、窓のほうから突然光が差し込んだ。太陽にかかっていた雲が晴れて、突然明るくなったのだ。眩しいな、と感じて窓際を見ると同じように眩しそうな顔をしているひとりの男子を発見した。

素晴らしいくじ運で現在窓側一番後ろの席をマークしている人、国見英。
彼も突然の日光にびっくりして、気だるそうに空を見上げているところだった。色素の薄い肌が太陽に照らされて真っ白に、それどころか透き通っているみたい。


「……国見くんの顔、好きかも」


その時ちょうど彼の顔が、私から見てとても美しく見えたのでなんとなくそう言ってみた。


「え、国見?」


友人たちは顔を見合わせて、私の発言を聞き間違いではないか確認するために言った。
しかしそれが窓際の彼にも聞こえたようで、国見くんがちらりと目線をこちらに向ける。私はその時に国見くんと目が合ってしまい、やばいと思って瞬きをしながら誤魔化した。


「まあ分かるっちゃ分かるけど国見ね〜」
「ちょっ、聞こえてるっぽい!静かに」
「え」


慌てて友人に伝えると、彼女たちも「危ない危ない」と口を閉じてドラマの話へと内容を戻した。ふうと息をついて再び国見くんのほうをこっそり見ると、彼は眩しさに耐えきれなくなったのか机に突っ伏して眠っていた。





その日の放課後、友人たちと教室に残って宿題をしようという事になった。
とはいえ殆どはどうでもいい話で盛り上がるんだろうけど、今日出された英語の和訳を協力して仕上げたいっていうのが本来の目的。


「喉乾いたねー」
「甘いの飲みたい!カフェラテ」
「私もー。ジャンケンね」


私を含む3人で、自販機に勉強のお供を買いに行くためのジャンケンをした。しかし、ふたりがグーを出したのに対し私はチョキで、あっという間に決まってしまった。一発で。
仕方がないけど私も飲むものをゆっくり決められるかなと思い引き受けて、「行ってくるね」と教室を出た。


友人お気に入りのカフェラテが入っている自販機があるのは運動部がよく利用する場所で、つまりグラウンドや体育館から近く。運動部経験のない私は少しアウェーな感じなので、さっさと買って教室に戻るとしよう。

自販機の前につくと、そこには既に人が居た。その人たちが買うのを待っていようかな、と考えながら近づいていくと…脚が止まった。国見くんだ。


「げ。売り切れじゃん」


国見くんではないほうの長身の男の子が言った。


「どれでも良くない?俺これ」
「あっお前、それ俺の金」


国見くんが自販機のボタンを押すと、がたんと飲み物が出てきた。どうやら投入されていたお金はもう片方の彼のものらしい。「国見小銭入れろよ」と言われて国見くんが渋々百円玉を入れた。


「んー…どれがいいかな」
「小銭入れてから悩み出すのやめてくんない?大迷惑だから」
「いいだろ別によー」
「よくない。後ろ」


国見くんがもう一人の彼に声をかけると、その人はこちらを振り返った。そして私の存在に気付き、身体全体を使ってびっくりしていた。


「げっ!スンマセン」
「あ、いや…ごゆっくり…」


私もびっくりした、国見くんが私に気付いていたとは。大きな彼はまた自販機のラインナップと睨めっこを始め、何を飲むか急いで決めているようだ。急かしてしまったかな、と申し訳なく思っていたら国見くんに話しかけられた。


「白石は何が飲みたいの」
「えっと、カフェラテと」
「オッケー」


国見くんはそう言ったかと思うと自販機へ向き直り、隣の男の子の目の前にあるカフェラテのボタンを押した。


「ああ!お前また!」
「金田一が決めるの遅いのが悪い」
「くっそ」


金田一と呼ばれた男の子は悔しがっているようだったけど、お構いなく国見くんがカフェラテを取り出した。そして「はい」と私に渡してきたのだ。
これは国見くんのお金(または金田一くんのお金)で買ったものだから…と受け取るのをためらっていたが、ずいっと更に突き出されたので、大人しく頂いた。貰っていいのかな、これ。

その後も私が動く気配が無いので、国見くんは不思議そうに言った。


「……戻らないの?」
「うん。あと2人分頼まれてるから」
「あ、そう」


あと2人分、と言ったので私がいつも一緒にいる友人を思い出したのか、国見くんは何か考え事をするように視線を右上にやった。

その時ちょうどよく風が吹いて国見くんのさらさらの髪が少しだけ揺れた。

顔にかかる髪を払うように、うざったそうに顔を振る。それを私は下から見上げていたわけだが、この一連の国見くんの表情の移り変わりが整っていて綺麗だったので、やはり私は国見くんの顔が好きなのだろう。


「何?」


気づけば国見くんが私を見下ろして、少しだけ眉間にしわを寄せていた。ちょっと見すぎてしまったようだ。


「なん、でも、な…」
「おう買ったぞーお待たせー」


金田一くんがやっとアップルジュースを購入したらしく声をかけると、国見くんは「おっそい」と言ってさっさと向こうに行ってしまった。2人並んで振り返らずに、恐らく部活に戻ったのだと思う。振り返られなくて良かった。たぶん今、ちょっとだけ自分の顔が赤くなってると思うから。

誰かのことを一度「好き」と感じると、自己暗示がかかり「私はあの人のことが好きなんだ」と錯覚するようになる。

それはだんだんと、時には一瞬にして錯覚ではなく本物になり、頭の中はその人でいっぱいになる。いま私はまさにその状態だった。
国見くんは確かに背も高いし、顔は普通に格好いいほうだと思う。けど愛想が良いとは思わないし性格も知らない。好きになる要素は、完璧には揃っていないように思える。

でも昼休み「国見くんの顔が好き」と自分の口で言い、それを聞かれてしまったという焦りが私の中で国見英という存在を大きくさせた。
私、国見くんのこと好きかも。





そして、帰り道。友人2人は電車で帰り、私は自転車通学なのでひとりで自転車置き場へ向かっていた。
そのとき、さっき買ったカフェラテの紙パックを捨て忘れていたことに気づいた。飲み干して鞄の中に入れっぱなし。慌てて中を除くと汚れていなかったので安堵の息をつき、自転車置き場の横にあるごみ箱へと歩いた。

…と、またそこで脚が止まった。
国見くんがいる!
彼も紙パックをごみ箱に捨てているところだった。今更引き返すわけにも行かず、引き返す意味もないし、どんな顔をすればいいのか分からないまま近付いた。


「…あ。」


すると国見くんが私に気づいた。私は「お疲れ…」と小声で言い、空の紙パックをごみ箱に捨てた。何故か国見くんは一人だ。誰かを待っているのかも?そのまま私は彼の前を通り過ぎたのに、なんと国見くんが質問を投げてきた。


「白石も部活?」


なんだ、ただの世間話か。冷や汗がたらりと垂れそうになったのを抑えて、私は平静を装った。


「いや、勉強…宿題してた。教室で」
「へえ。友達同士で宿題捗るもん?」


どき、宿題なんか捗っていない。適当に終わらせて携帯ゲームして雑誌を読んで、ちょっとした恋バナとかに花を咲かせただけだ。


「…正直あんまり…ついつい違う話で盛り上がっちゃうから」
「好きな顔の話?」
「!」


まずい。昼間の話を連想させるような事を言ってしまった。
国見くんは私の顔をじっと見ていて、咳払いやちょっとした事では誤魔化せないほどの至近距離だ。どうしよう、好きな顔の話だなんて、しかもそこでクラスメートの名前を出すなんて失礼だったかな、嫌な思いをさせたのだろうか。


「………」
「女子ってああいう話好きだよな」
「…ご、ごめん」
「べつに」


国見くんがふいと視線を外した。どうしてあの時、国見くんの名前なんか出してしまったんだろ?私は後悔した。その私にとどめを刺すように、国見くんは表情ひとつ変えずに続けた。


「ちなみに俺は、白石の顔は全然好きじゃないから」
「え…」


さっき自販機で会った時、なぜドキドキしてしまったんだろう。ちょっと好きになりかけていたのに、一気にどん底に突き落とされた。
このあと何て言えば良いんだろうと放心していたら、国見くんがもう一度私へと視線を戻した。


「傷ついた?」
「……え、…」


そんなに面と向かって「傷ついた?」なんて言われたことなくて私は声が出ず、ぽかんと口が開いたまま動かせない。「凄く傷ついた」と言ってやりたいのに。そんな私を見て国見くんはかすかに笑った。


「俺はあの時、逆の気持ちだった」


…国見くんの笑顔がどんな意味を持っていたのかを聞くことが出来ないまま「お待たせー」と誰かがやって来た。金田一くんだ。国見くんは「遅い」と言って金田一くんを睨むと、そちらへ歩いて行った。

振り返らないで、このまま振り返らないで下さい、さっきのようにそのまま進んで。今この顔を見られたら蒸発しそうなほどに熱いんだもん。
でもやっぱり少しだけこっちを向いて、さっきの言葉の意味を知りたい。その我儘な気持ちが伝わったのか国見くんが少し、ほんの少しだけ振り向いた。


「あ、」


と声を上げたのはどちらだったのだろう。おそらく互いに口にしたかもしれない。
でも残念ながら国見くんの表情は、眩しすぎる夕焼けに照らされてはっきりとは見えなかった。

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すおう様より、好きな顔のタイプは国見くん、と話していたらホントに国見くんを好きになっちゃう・というリクエストでした。国見くん何回書いても難しいけど、あの涼しい顔でどんな事考えてるのか妄想するだけでキュンキュンしました…♪ありがとうございました!