影山飛雄


春高バレー予選では宮城県で優勝し、烏野高校は申し分ない快挙を成し遂げていた。

その中でも影山飛雄という存在は群を抜いており、元々のセンスに加え本人の努力の成果もあって全日本ユース合宿に選ばれる事に。
彼は「驚いたけど、意外だとは思わない」と言っていた。当然だ、私だって自分がチームを作るなら必ず彼をメンバーに入れたいと思うだろう。飛雄が全国から注目されるのは当然であり妥当なのだ。


『合宿はどう?』


そんな飛雄の彼女として私という存在が妥当なのかどうかが、ここ最近の悩みの種だ。

上記のメッセージをユース合宿中に送ろうとしてみたものの、余計な事をして練習の邪魔になってはいけないかと思い送信せずに居た。飛雄からの連絡も特に無かったので、彼が合宿に行っている間まったく連絡を取ることは無かった。





『9時ごろ仙台に着く』


飛雄から久しぶりに連絡があったのは合宿の最終日。ひとまず無事に合宿を終えて新幹線に乗ることが出来たらしい。

安心したが、明日部活で会ったときにどんな顔をしたらいいのか分からない。もうこの人は「私の彼氏」という小さな枠を超えて、未来の日本を背負う候補になっている。


『お疲れ様、また詳しく聞かせてねー』


当たり障りなく返信しなくては、とスタンプと一緒に返事を送った。合宿の話を詳しく聞いたところできっと、私と彼の距離は開いていくに違いない。恋愛とスポーツの両立って、余程じゃないと難しいはずだ。そう、余程の器量と余裕のある彼女でない限りは。

送信したままぼんやり画面を眺めていると、気付けば既読になっていた。飛雄にしては早い。更に驚いたことにすぐ、電話がかかってきた。


「うわ」


驚いた私は心の準備をする前に画面に触れてしまい、通話が始まってしまった。


『…もしもし?』
「あ…も、もしもし」


電話口からは飛雄の声と、新幹線の音が聞こえてくる。電話をするためにわざわざ席を立ったようだ、移動中は基本的に寝ているのに。


『何か言う事ねえのか』
「…何か、って…あ、合宿お疲れ様」
『そうじゃねえよ』


飛雄は少しだけ苛立っているようだった。元々あまり感情の起伏が大きくないので分かりにくいのだが、今はほんの少し低い。


『9時ごろ着くから。仙台』
「………??うん、気を付けて帰ってきて」
『……迎え。』
「え?」
『迎え、来ねえの?』


久しぶりに聞く飛雄の声はとても素敵なはずなのに、私の要らぬ劣等感のせいであまり魅力的には聞こえなかった。

本来なら、喜んで向かいに行くと申し出るところなんだけど。私と彼の距離は知らない間に遠くなっている気がしてなかなかそれを言い出せない。その結果、マイナスな台詞しか出てこなくなっていた。


「……行ったほうがいい?」
『何だそれ。…じゃあ来なくていい』
「えっ、あ」


とうとう向こうから通話が切られた。
しばらく呆然としてしまい、次の行動に悩む。かけ直さなければ、と電話を発信したけれど出てはくれなかった。


思えば合宿に出発する前も見送りに行けずに、メッセージだけ送ったのだった。部活があって行けなかったわけではない。飛雄と私はもう、それぞれ別の世界に進む人間なのかなあという疑問が私の足を止めたのだ。そして、それから合宿中は一切の連絡をする事が出来なかった。

このまま迎えも行かなければ私達は本当に、別々の方向に進んでしまうだろう。いろいろな意味で。それは飛雄にとっては良い事かもしれない。私にとってどうなのか、は置いといて。

でもこのまま終わってしまうのは良くない気がする。せめてこの気持ちを伝え、きれいな状態にしてしまおう。それがきっと互いにとっての一番だ。


「…来んなって言わなかったか?」


改札口で顔を合わせた飛雄は開口一番こう言った。眉間のしわはここ最近見せた中で一番深い。


「だって、来たかったから…」
「電話じゃそう聞こえなかったけどな」
「…ごめん」


とっさに謝ると、飛雄がため息をつくのが聞こえた。当たり前だろうな、私の電話での言葉はいかにも「迎えに行きたくない」というオーラを放っていたから。


「…合宿、どうだった?」
「今それ聞くのかよ」
「………」
「何でひとつも連絡寄越さないんだ?」


飛雄の声は改札口周辺のがやがやした中にも関わらず、深く鋭く私の耳まで届いた。

ほんとうは電話もメールもしたかった。けど、宮城県予選で優勝して、その上全日本のユースに呼ばれるような凄い人に私が軽々しく連絡していいものか分からなくなってしまったのだ。

答えられないまま俯いていると飛雄が続けた。


「…まあ。毎日疲れてすぐ寝てたから…俺も良くなかったかも知んねえけど、」


どうやら彼は自分が苛々している事を自覚したのか、口調を変えてそう言った。苛々させているのは私なのに。


「ごめん…邪魔したらいけないかと…」
「そりゃ忙しかったけど。すみれから連絡来たって邪魔なわけじゃねえし」
「……ほんとにそう思う?」
「あ?」


飛雄の眉がぴくりと動いた。


「飛雄はユースとか…凄いところに行ける人なのに、私はたぶん釣り合ってない」
「…は?」
「遠くに行く飛雄に、気の利いたこととか言えるような大人じゃないし」
「………」


すごい人には彼女なんか要らず、または相応の女性がそばに居るべきなのではとこの数日間考えていた。いや本当は予選で優勝してからというもの、うっすらと考えていた事だった。


「だから…」
「だから何か?別れろってか」
「…の、ほうが良いのかなって考えてた」


それから飛雄はしばらく何も言わなかった。私は彼の表情を見るのが怖くて下を向いていたが、次に発せられた飛雄の言葉で思わず顔を上げた。


「…すみれって意外と馬鹿なんだな」
「ば…!?」
「馬鹿らしい事考えて、勝手にテンション下がってたって事だろ」
「……え、いや、」


テンションを下げていたのは認めるが、この悩みが馬鹿らしい事だと思われるとは心外だ。飛雄は淡々と続けた。


「俺がユースに行っても、例えば今すぐプロになったとしてもすみれには関係ない」
「関係ないって……」
「俺の肩書きは変わっても、すみれは変わんねえだろ。俺の彼女だろ」


私には関係ない。と、いざ本人から言われるとショックだなと固まっていたのに。別の意味で固まってしまった。

私は飛雄の彼女、その通りだ。
それ以外を望んだことは無いし、強がって「別れた方がいいのかな」と考えてみたって心の底ではずっと一緒にいたいのだ。絶対に離れたくないし、本当は合宿中だって毎晩電話をしたかったし、遠くに行っても私のことが好きだよね?と出発前に抱きついたりしたかった。

でも最近練習が大変そうだし、ユースなんて夢のまた夢の遠い先の話だと思っていたのに飛雄はそこに行ってしまうし。私の気持ちが追いつかないまま。


「…違うのかよ?俺がユースんなったらお前は彼女じゃなくなるのか」


私が黙っているので、飛雄が更に続けた。黙ってしまうのは仕方ない。涙を我慢するので息が苦しくなっているのだ。


「違…いません…」
「じゃあ泣くなよボゲ」
「……ひどッ、い」
「ひ…ひどいのはお前だろ!イキナリ無愛想になりやがって」
「…ゴメンナサイ」


飛雄からすればユース合宿に選ばれてすべてがプラスに進んでいたのに、私の態度ががらりと変わって不審だったのかも知れない。
そんな事を気にする人だとは思わなかった。そして、こんな事を言う人だとも思わなかった。


「ユースんなってもプロんなっても変わんねえだろが。分かったか」
「………う、はい」


飛雄は、頷く私の頭に優しく手を置いた。人目がある駅の改札付近だから思い切り飛びつくことは出来ないものの、嬉しくて飛雄の服の裾をぎゅっと掴むことで気持ちを伝える。

私が服を掴んだことに気付いた飛雄は、頭に置いた手でわしゃわしゃと撫でてくれた。


「…つうか顔ふけよ、俺が泣かしてるみたいじゃねえか」
「飛雄が泣かしてるんだもん」
「は?なっ、この、ボゲェ」
「うわぁまたボゲって言ったー…」
「…お前そろそろ嘘泣きだろ」


ばれたか、と笑うと飛雄はもう一度私の頭をくしゃっとして、私の手を握った。手を繋ぐ度に皮が分厚いなあとか大きな手だなあと思うけど、一段と大きくなっている気がする。

歩きながら手を握る手にぎゅっと力を入れてみると、飛雄もぎゅうと握り返してくれた。
この瞬間ってどうしても、幸せで笑いがこみ上げてくるものだ。


「…ふふ」
「なんだよ」
「なんでもないよ」
「…つーか、在来線どっちだ?」
「………」


私を迎えに来させようとしたのって道案内の為じゃないですよね?と聞いたらまた「ボゲ」と飛んでくるかもしれないので、今日だけ方向音痴を指摘するのは我慢する。

…ほんとは合宿から戻ってきた飛雄が別人のようだったらどうしようかと思っていたけど、変わらず方向音痴であった事に安堵したのだった。

それはそれ、俺は俺

明英様より、どんどん遠くに行ってしまう影山に引け目を感じる夢主とのすれ違い・というリクエストでした。影山は小さな事(夢主にとっては大きな事ですが)気にせず割り切ってくれそうな子なので、きっとこれからも二人は幸せになれるだろうなと思います♪ ありがとうございました!