月島蛍



「けーいー、おっじゃまー」


ノックも無しに部屋へ入り込んでくるこの女は泥棒ではなく幼馴染み。「家が近くて親同士の仲がいい」というお決まりの状況で、産まれた時から「うちの子と結婚させたいわあ」なんて話していたらしい。

何故その相手が兄ちゃんではなく僕だったのかと言えば、恐らく産まれた年が同じだからだろう。


「部活たいへん??」


話を戻そう、この勝手に部屋に上がってきた幼馴染みの名前は白石すみれ。
いくら幼馴染みとはいえ女が男の部屋に入るなんて何考えてるんだか。すみれ自身も、軽々しく彼女を家にいれるうちの親も。


「…大変。だから疲れてんの。帰って」
「やだよ!一緒に宿題やろうと思ってきたんだから」
「………はあ…」


実はすみれは近くの別の高校を志望していたくせに、僕が烏野に行くと知った時からあっさりと志望校を変えた。同じ烏野高校へ。烏野はこの辺りから遠くはないが、近くにもっと無難な高校があると言うのに。
その理由を彼女は何も言ってこないから、僕も気付かないふりをしている。


…悔しいことに気付けばきっと、泥沼に嵌るのは僕の方かも知れないからだ。


「どれが分かんないの」
「英語!」
「辞書は?」
「重いから持ってきてない。蛍の貸して」
「………まったく」


そんな事だろうとは思った。
すみれは参ったことに甘え上手で、僕にも例外なく甘えてくる。小さな頃からそうだった。ノーとは言わせない巧みな技を天然で使いこなしているのだから恐ろしい。


「はい。」
「ありがと!蛍は終わったの?」
「さっき終わらせたとこ」
「あー…もっと早くに来ればよかった」


すみれはほとんど毎日この部屋へやってきては宿題をやろうと誘ってくる。都合のいい事に烏野ではクラスも同じになり、宿題の内容が同じだから。
たいてい僕はすみれが来るまでに終わらせていることが多いので、彼女が帰るまで宿題を見てやらなくてはならない。


「…何で家でやんないの?」
「え、んー…さあ…嫌?」
「すごく嫌だし超邪魔なんだけど」


そう、すごく嫌だ。
全然歓迎していない。

…表面上ではこのように接する僕だが、嫌なら力ずくで追い返せばいい。それにこの部屋には便利なことに鍵がついている。

何故それを駆使しないのかといえばお察しの通りなのだが、やっぱり僕はまだ気付かないふりをする。


「ふふふ」
「……何笑ってんの?」
「蛍がさ…全然嫌そうな顔してないから」
「………もう教えない。」
「ごめんなさい嘘です取り組みます!」


僕自身が気付かないふりをしているのに、すみれに気付かれるのはとても癪だ。
彼女の意識を宿題に戻し、ローテーブルにノートと教科書、辞書を広げさせて自分で解かせる事にした。





壁にかけた時計の音がチクタクと鳴るのが聞こえる。律儀な僕はすみれが来ている間、音楽を聞かないのだ。
僕が音楽というものに興味を持つよりずっと前からすみれが傍にいるもんだから、すみれ・大なり・音楽、といった状態。


それだけ長い期間一緒にいればそれが当たり前になり、何も意識する事なんか無いと思われるだろう。僕だってそう思っていた。
けれど平等にやってくると思われた成長期はだんだん狂い始め、その成長速度や成長の仕方に男女の差がある事を理解し始めた時から僕は変わった。


すみれは女の子だ。紛れもなく。
それも、「女の子にはこうあって欲しい」という僕の願いがすべて詰め込まれた完璧な姿に成長してしまったのだ。


「蛍ー、できた」
「ん」


だから出来上がった宿題をチェックするのも苦ではないが、「喜んで宿題に付き合う」と思われるのも悔しいから面倒くさそうなポーズを置く。この自分の行動に何度自嘲した事だろう。


「……ここ違う。母音の前はan。中学生レベルの間違いなんだけど?」
「あー…え?どこ」


文字が見えづらかったのか、すみれが身を乗り出した。すでに気温が高いので薄着になっている彼女の胸元が少しだけ開いて、危うく中身が見えそうになる。


「ちょっと待っ…姿勢戻して」
「え?」
「見えそうだから。胸。痴女」
「えっ!」


慌ててすみれが上体を起こして顔を赤くした。ちくしょう、いつの間にそんな顔するようになったんだよ。


「見えた?」
「見えてない」
「はー良かった…」
「良くない。変なもん見せないでくれる?」
「心配しなくても今後一切蛍には見せる予定ありませんからお気遣いなく!」


かちんときた。

僕に見せる予定がないのはさて置いて、ほかの男には見せる予定があるとも取れる言い方だったものだから。


「…じゃあ僕以外には予定あんの?」
「え…?」


僕の質問に戸惑うすみれの顔はすでに「幼馴染」の域を大きく外れていた。
このままでは僕もそれに引っ張られて、幼馴染みではなくただの男になってしまう。軌道修正しなくては。


「……なんてね嘘だよ。とりあえずそこ直して、同じようなミス他にもありそうだから見返して」
「蛍」
「…なに。」


僕の返事を待たずして、彼女はまた身を乗り出してきた。胸元が見えるっつってんのに、これは狙っているのか違うのか?


「他の人に見せられるの、嫌なの?」
「………ッ」


胸元に向ければいいのか、その顔に向ければいいのか分からない僕の目線は泳ぐばかり。けれどすみれが僕をからかいもしないのは、真剣に話しているからかと思われた。
いま真剣に僕は、女の子に詰め寄られているのだ。


「蛍が嫌なら見せないよ」
「…は?馬鹿じゃないの嫌じゃないし。ていうかそんな事言ってたら一生彼氏できないよ」
「……馬鹿は蛍だね」
「はい?」


すみれはテーブルに身を乗り出したまま、向かいに座る僕の腕を掴んだ。


「そんなに言うなら蛍が彼氏になってくれたらいいじゃん」


そこでこれまで泳いでいた目線は一点に集中した、まっすぐに僕を見上げるその瞳に。これがいわゆる「釘付け」ってやつか。
思わずごくりと喉を鳴らして、平静を装いながら言った。


「………本気?」
「本気だよ。蛍もそれを望んでると思ってた」


しかし僕のうわべの平静なんて、幼馴染みの一言で簡単に崩れ去る。

掴まれた手に自分の手を添えて腕から離し、机の上に置く。参った。


「………なんで英語はできないくせに、そっちは正解出しちゃうわけ…」


のんきに宿題なんか教えている場合じゃなくなってしまった責任は、僕が取るべきなんだろうか?

ネイバーハニーの甘い罠

さえ様より、月島くんと幼馴染みから恋人になる・というリクエストでした。月島くんが元々夢主ちゃんに行為を持っていたらキュンだなぁと思って、月島目線で書いてみました楽しかったです…♪ありがとうございました!