黒尾鉄朗


あ、まただ。


駅から家までの道を歩いていると、最近誰かに後をつけられているような気がしてきた。
気づいた時には家の近くまで来ていて、家に入れば家族が居るし安心だけど家を知られるのは嫌。家族に知られるのも、なんだか嫌。

だから何かと理由をつけて家から兄を呼び出し、兄と一緒に帰ったりして免れていた。


そして今、まさに私の後ろ10メートル…いや数メートルかも?誰かがついて来ているような気がする。
言っておくが私は美人でも可愛くもないから、ストーカー被害に遭うような心当たりは無い。


今日は家に誰も居なくて、どうしようかと思いながらうろうろ家の周りを徘徊した。
後ろを振り返る勇気は無く、夕方だから最初は明るかったのにだんだん暗くなってきて、それにつれて恐ろしさが芽生えてきた。


駅に引き返そう、駅の周りは明るくて人が多いから。


早足で駅まで歩くと、その人も足を速めた、ようや気がした。私が立ち止まると、止まる。やばい本当のやつだ、マジのやつだ。

怖くなって一気にダッシュに切り替えると、突然曲がり角から現れた人にぶつかった。


「うわっ」


常識的な速度で歩いていたその人は、突然現れた私に驚き声を上げた。ついでに尻餅をついた私の姿にもびっくりしたらしい。


「大丈夫っすか?」
「………は、はい」


兄よりも大きな男の人…と言ってもどこかの制服を着ているから高校生か。彼は座り込む私に手を差し出して起き上がらせてくれた。


「何かスンマセン」
「いや私が走ってたので…」
「でも、ねえ」


と、言いながらその人は自分と私の体格差を説明しようとしていた。

そんな事よりも、今まで追いかけてきていた人は?話を聞かずに辺りをきょろきょろ見渡す私を不思議に思ったのか、その人は首をかしげた。


「……あのー…」
「あ、…すみません」
「いいけど…何か…ダイジョブですか?」
「え」
「あー…いやね、余計なお世話だったら悪いんですけど」


背の高いその人は、頬をぽりぽりかきながら言った。その姿を見ながらも私は背後に感じていた人の気配が消えたのかどうかを確認したくて、そわそわと後ろを振り返る。

…誰も居ない。

ふう、と胸をなでおろした私に、彼はさらに続けた。


「…もしかしてアレですか。あのー…あれ」


ストーカーという単語を使うのは控えているかのような、彼なりの気遣いが感じられた。
だから少し安心してしまい、友人にも家族にも黙っていたけどここ最近の違和感を打ち明けた。


「…誰かがついて来てるような気がして」
「知り合いの可能性とかは?」
「…分かんないです」
「家、どっち」


彼は指で左右を交互に指さした。「右」「左」と声を出してしまうと、どこかで盗み聞きしているかもしれないストーカーに聞かれてしまうかも知れないのを考慮したのかも。

私もそれに応えて、視線だけを右に向けた。彼も同じくそっちへ視線をやる。そしてすぐに私に戻すと、こう言った。


「ちょっと歩こ」





「俺、黒尾っていいます」
「どうも…白石っていいます」


こんな感じで歩きながら自己紹介をし、互いに高校三年生である事を知った。こんなに大きい人、うちの学校には居ないかもしれない。


「バスケ部とか?」
「ブブー」
「…部活やってない?」
「何でそうなんの」
「じゃあ…あ!バレー部」
「ピンポーン」


黒尾くんは世間話を色々と繰り広げてくれて、今日もバレー部の練習帰りだった事を聞いた。秋のハルコー予選?ってやつに向けて猛練習をしてるらしい。


「…なんかスミマセン。疲れてるのに」
「まァ別に…。そろそろ大丈夫かな?」


視線だけきょろきょろ動かして黒尾くんが言った。
先ほど後ろをついてきていた気配が無くなっている…気がする、と感じたのでもう大丈夫かも知れない。後ろにも目が付いていたらいいのに。


「じゃあ、ここで」
「うん。んー、ついでだから送ります」
「えっ」
「念のため。俺も近いから」


だから気にしないでーと軽く笑って黒尾くんが歩き始めた。

彼みたいな立派な体格の人が居てくれるなら心強いことこの上ないけどあまり甘えるのもなぁ。そう思いつつも、お言葉に甘えて家まで送ってもらう事にした。





それから一週間ほど、特に誰かが付いてきてるような感覚は無くて「やっぱり気のせいだったのかな」「別のターゲットを見つけたのかな」と思いながら過ごしていた。


黒尾くんとも会わないし、連絡先交換とかもしてないから会う手段もない。次に会うことがあればきちんとお礼しないとな、程度に考えていた。


のに。


「…………」


きた。
誰かが後ろをついて来ている。


私の歩幅に合わせ、速度に合わせ、ぴたりと張り付かれているような感覚。

曲がり角のミラー越しにその姿を確認すると、やはり見覚えのない男が写っていた。一気に恐ろしくなって携帯電話を取り出すも、今日も運悪く家には誰もいないから迎えに来てもらうのは困難だ。

とにかく誰かに電話してるふりをしよう、と携帯を操作するけど、操作に気を取られて私の歩く速度は遅くなっていた。

足音がすぐ後ろに来ていて、もう電話してるフリなんかに神経を使っていられなくなった私は走って逃げる道を選んだ。
途端に後ろの足音も駆け足に変わり、早く人通りの多い道まで出なきゃと全速力で駆け抜ける。

しかし男性に足の速さで適うわけもなくて、だんだん近づいてきた足音に更なる焦りが生まれ、足がもつれて転びそうになる。

ついに、追いかけてきていた男に腕を掴まれた。


終わった。


悲鳴も出ずにただ立ち尽くし、恐る恐る振り返るのと同時に話しかけられた。


「走るの速いね」
「………く…」


振り向いてみると別の意味の驚きで、黒尾くんがそこに立っているではないか。
あのストーカーは?と辺りを見渡すも誰も居なくて、気が抜けた私はその場にへたりこんだ。


「お?ちょっと大丈夫?」
「……も、ストーカーの人かと…思っ…」
「俺が?」


黒尾くんは少し目を丸くしたけど、彼自身もしゃがみ込んで私と同じ目線になってくれた。


「ホント言うと、さっき見えたんだよね」
「……ストーカーっぽい奴?」
「そう。で、ストーカーをストーカーしてたのよ俺。そしたらやっぱり白石サンの事追いかけてたから、コイツだ!ってね」


そう言うと黒尾くんが、「パンツ見えちゃうよ」と私に手を差し出した。
私の手は少しだけ涙で濡れていたけど彼はそんなの気にしていないらしい。私が手を出すのを渋るのは無視して、私の手を取り立ち上がらせた。


「白石サンが走り出した時、そいつも走って追いかけ始めたんだけど。当然俺も追いかけるじゃん?ソイツ俺に気付いて、自分が追いかけられるのは慣れてないみたいで逃げてった」
「………」
「だから安心してね」


黒尾くんは元々細い目を更に細めて笑いかけ、私の頭をぽんぽん撫でた。
私は男の人に頭を触られるなんて初めてだったので、びくりと肩を震わせると「あ、ごめん」と黒尾くんが慌てて手を離した。


「わ、私こそごめん」
「いやいや俺が…て言うかストーカーに怯えてた子に軽々しく触るとか俺サイテー」
「そんなことは…」
「…サイテーついでにもう一個なんだけど」


ポケットに手を突っ込んだ黒尾くんが、あたりを見渡しながら言った。


「次にもし何かあった時のために、俺をお助け要員に追加したほうが良いと思うんだよね」
「………。うん?」
「……スミマセン。連絡先教えてください」
「うえっ!?」


黒尾くんが、監督か誰かに頭を下げるように機敏に身体を折り曲げた。
その勢いに圧倒されてしまい、一瞬何を言われたのかを忘れそうになる。そうだ、連絡先を聞かれたんだった。


「黒尾くんがいいなら…って言うか…頼もしいです」
「そうそう。俺けっこう頼もしいよ」
「………??」
「…あーごめん、こういうトコ良くないって言われるんだけどつい…」
「つい?」
「んー…まァ今度話す」


話しながら互いに携帯電話を取り出して、QRコードで連絡先を交換する。すぐに新しい友達として「クロテツ」という名前が出てきた。


「あ、それ俺ね」
「…クロテツ。」
「可愛いだろ?」
「う、うん」


こんなに大きな体して、可愛さを気にしているところが可愛いな。


「じゃーまたね」
「うん、また何かあったら…」


今日も家まで送ってくれた黒尾くんに、本当は何もなくても会いたいなんて言う気持ちが浮かんでいた。
私の顔には、そう書いてあったのかもしれない。
黒尾くんは私に手を振りながら頷いた。


「うん、何かあったらチョーダイね。俺は何もなくても連絡するけど」
「………え、」
「早くて5分後、遅くて今夜かな」


なんつって、と歯を見せて笑った黒尾くんの姿が見えなくなるまで、私は玄関先に立ち尽くした。

心臓がどきどきするのはストーカーに遭った恐ろしさもあるんだろうけど、絶対に別の事も起因している。

うるさく響く心臓の音が更に高鳴りだしたのは、別れてほんの3分後に黒尾くんからのメッセージを受信してからだった。

Racing my heart!

ゆゆ様より、黒尾にストーカーから助けられる・というリクエストでした。実際ストーカーに遭ったらこんな呑気な状態では無いかも知れないんですが…想像力の欠如をお許しください…。黒尾もちょっと夢主のことを気に入って、頑張って連絡先交換をする口実を作ったようです。ありがとうございました!