白布賢二郎


オフィスの中ではかたかたとキーボードの音が鳴り響き、時折電話が鳴るときちんと3コール以内に誰かが取っている。
私もいつもは鳴った電話を気持ちよく受けるのだが今日は提出書類に終われていてそれどころではなかった。だって何度見直しても、ココとココが合わないんだもん。ああ頭が痛くなってきた。


「顔こわいよ」


と、通りがかりの同僚に言われた事で我に返った。
そりゃあ怖くもなりますよ。本来これは私の仕事じゃなかったのだが担当していた人がインフルエンザにかかってしまい出社できず、急きょ私に振られてしまったのだから。要領も分からないし時間がかかって、自分のやりたかった業務も途中だしイライラしてしまう。

そんな時、ちらりと想い人のほうを見やる。彼の姿を見て少しでも私の心が落ち着けばいいと思いながら…しかし、それはとある社員の姿に邪魔をされてしまった。同期入社の白布賢二郎である。

白布くんの向こう側に私の憧れ、スズキ課長が座っているのだが間に彼が居るせいでなかなか姿を見る事ができないのだ。今日も課長を見ようと思って顔を上げたのに、白布くんとばちりと目があってしまった。


(し・わ)


白布くんは涼しい顔をして口パクした。自分のおでこをつんつんと指で突きながら。ええ分かってますよ私の眉間にしわが寄り過ぎて醜いって事ですよねまったくもう!
あなたがそこに居なければ課長のお顔を拝見できて、このしわは綺麗に伸びていたはずなのに。許すまじ白布賢二郎、仕事だけはそつなくこなしてしまう優秀社員よ。


「…つかれた」


会社のパントリーで一人項垂れる私は冷蔵庫に入れたお気に入りのジュースを取り出してぐびぐび飲み干した。美味しい。けど今日はまだ完全復活できそうにない。まだ昼ごはんも食べてないしなあ、お菓子でも食べようか。

そういえば先日プリンを買って入れておいたんだった!と冷蔵庫を開けようとすると、突然人影が現れて冷蔵庫の前に立ちはだかった。


「……し、白布くん」
「んー」
「邪魔なんですけど」


私と課長だけでなく、冷蔵庫との間も塞がれるとはたまらない。白布くんは返事はするけど振り向く事なく冷蔵庫を開け、入れていたらしいペットボトルを取り出した。


「お。プリン見っけ」
「それ私のだからね」
「あっそう貰うわ」
「ちょっと!」


プリン泥棒だ!「嘘だし要らねえよプリンなんか」と可愛くない事を言いながら冷蔵庫を閉めると、白布くんがその場でペットボトルを飲み始める。その場で、という事はいまだに私と冷蔵庫の間に立っているのだ。


「…邪魔です。」
「どうせプリン食べる気だろ?」
「そうだけど」
「課長は痩せ形の人が好きだって言ってたけど。お前はプリン食べるんだ、ふーん」
「………」


課長の名前を出されると、安易に間食できなくなった。私は最近ストレス太りしてしまったし、家に帰ってまともに料理を作る気にもならず買い食いばかり。ええ、太ってきています。白布くんはそれに気づいているからこんな事を言うのだろう。


「…じゃあ我慢する」
「単純な女。」
「うるさいな!まだ何か用?」
「べつに」


本当に本当に気に障る男である。私が席に座って課長のほうを見ようとすると、わざと身体を起こして見えないように隠しやがる事もしばしばあるし。
ただでさえ仕事でイライラしているのに白布くんがこんな風に絡んできたんじゃ精神衛生上よろしくない。早くどこかに行ってもらいたいのに、用事が無いと言いながらそこを動かないのはどうしてだ。


「…戻らないの?」
「白石こそ」
「わ、私は…何か食べようかと」
「結局食うのかよ」
「なっ」


もうイライラしてきた、かちんときた、あったまにきたぞ。


「食べたらいけませんか?」
「そうは言ってないだろ」
「言ってるじゃん!私は今日昼休みとってないの!ササキさんが休んじゃってるから彼女の仕事ぜーんぶ私に回ってきてんの!白布くんは部署違うから関係無いだろうけどさッ」


昼休みどころか朝だって何も食べていないのだ!朝食を抜いたのは私が寝坊したせいだから仕方ないけど、この際それは内緒にしておく。白布くんなんか昼休みに課長と一緒に牛丼食べに行ってたじゃんかくそ羨ましい。その間私はオフィスでずっと、インフルの子の代わりに仕事をしていたのだ。
もう夕方の5時だけどとてもじゃないが6時半には退社できない。3時間は過ぎるだろう。


「…休憩いってねえの?」
「そうですが何か」


もう相手にするのはやめた。いっそのこと夜まで何も食べずに過ごして帰りに一人焼肉しよう。絶対に焼肉を食べよう。今夜は焼肉。ちくしょうめ。

諦めてパントリーを後にしようとすると、ぐっと腕を引かれた。空腹で力の抜けている私はその引力に従って態勢を崩し、再びパントリーの冷蔵庫の前…の、白布くんの目の前に引き戻されてしまった。


「…なんのご用でしょう」
「ごめん。」
「は」
「プリン食べろよ」
「へ。食べるなって言ったジャン」
「…だからお前が休憩取ってないの知らなかったからああ言ったんだよ!悪かったです俺が」


白布くんはそのようにまくし立てながら冷蔵庫を開けると、私のプリンを取り出してずいっと突き出してきた。


「…意味が分かんないんだけど…」
「分かんねえのかよ。馬鹿か」
「はあ?」


彼の心が全く読めなくて首を傾げると、白布くんはもう一度プリンを私に押し付けた。仕方が無いのでそれを受け取る。すると彼はもう一度冷蔵庫を開けて今度はコンビニのサンドイッチを出してきた。ものすごい仏頂面で。


「やる」
「えっ」
「元はと言えば俺、これを食べようと思って取りにここに来たんだけど」
「え、そんなの貰えないよ」
「もう要らない。お腹すいてないし」


何故か白布くんに睨まれながらサンドイッチを押し付けられるという変な状態になり、やっぱり仕方が無いのでそれも受け取る。わあ、私の好きなハムがたっぷり挟まってるやつだ。


「……い、いいの?」
「うるせーな食えっつってんだろ」


白布くんはそんな口調でしまいには舌打ちをしながら執務室に戻っていった。何だったのでしょうか今のは。


「…ほんとに分かんないなあ…」


分からない、白布くんがどうしてあんなに不機嫌そうに絡んでくるのか。ただただ嫌な人だけど、今日はご飯をくれたから少しだけ見直してやろう。

サンドイッチを食べ終えて席に戻ってきた時、白布くんの顔は向こうを向いていてちょうど見えなかった。あれ、どんな顔するか見たかったのになあ…と思ったところでスズキ課長よりも白布くんに意識を向けている自分に気づく。きっと私はまだ疲れているんだ。

私の視線に気づいた白布くんと目があった時、いつもなら睨み返してやるのに何故だか逸らしてしまった。やっぱりおかしい。おかしいのは私か。

踏みつけられて色を増す

はねこ様より、白布くんで大学生か社会人パロ・というリクエストでした。せっかくなので(?)社会人で、好きな子に対して全然素直じゃない白布くんです。ありがとうございました!