影山飛雄


秋、烏野高校でも他校同様学園祭が行われた。クラスごとに実行委員が居て、せっせとみんなに協力を依頼しながら出し物をしなきゃならない。それを今年無事に終え、達成感と喪失感で力尽きているのが俺の彼女だ。

高校に上がり同じクラスになって、出席番号も席も近くは無かったけれど彼女はいつもクラスの中心であった。
目立つとかそういうのじゃなくて、「この係誰がやる?」みたいなのを率先して行っているのを単純に凄いなあと思ったのだ。付き合い始めてから聞いた話、それはやりたくてやってる訳じゃないんだと言っていたけど。


「あの、誰かがやるだろうなっていう空気が苦手。それなら自分がやる」


そういう考えの持ち主らしく、学園祭の実行委員も立候補したのだった。ちなみに実行委員を決めた頃の俺はまだすみれと恋人関係ではなかったから、他人事みたいに「あいつすげぇな」くらいの認識だったのだが。





11月某日、春高予選も学園祭も無事に終えたとある日曜日。
この日、バレー部は恐らく年内最後の休暇を与えられた。すみれも土日は休みなのだが先週までは学園祭の準備だのなんだので休日も登校していたので、こうしてデートみたいな事をするのは久しぶり。

俺は自分でも相当な恥ずかしがりで天の邪鬼だ。…けど、今日ばかりは彼女の働きを讃えて望みを叶えてあげなきゃならないんだろうな、となんとなく思っていた。


「やっと休みが合ったね!」


待ち合わせ場所に現れたすみれは色んなしがらみから解放されたお陰で晴れやかな表情だった。
付き合い始めて数ヶ月、やっと下の名前を呼び捨てし合う仲になれたものの、私服で会う時は結構緊張する。私服のすみれがすごく可愛いってのもあるけど、俺の姿は滑稽じゃないかがとても気になるから。
今まで自分が他人にどう思われているかなんて、気にしたことが無かったのに。


「映画までちょっと時間あるんだよね」
「そうなのか」
「うん、1時間くらいかなあ」
「……」


今日は映画を観に行こうという約束で、映画の時間も何もかもすみれ任せになっていたのをたった今思い出した。俺がすみれの仕事を増やしてどうする。


「腹減ってねえ?」
「ちょっとだけ!あ、でもね映画館でポップコーン食べようと思ってるから大丈夫」
「ナルホド。」
「飛雄は?お腹すいてたらどこか入ろう」


俺も少しだけ空腹だったけど、映画館で映画を観ながらポップコーンを(彼女と隣合わせで)食べるという素晴らしい未来があるのなら、少しの空腹なんて我慢できる。
それにしても「お腹すいてるけどポップコーンを食べたいから大丈夫」なんて初めて聞いた。女子ってこんな感じなのか。


「俺もポップコーン食う。大丈夫」
「ほんと?じゃあ塩とキャラメル半分こしよ、私キャラメルが好き」
「ん。」
「あ、じゃあじゃあ映画館の下にある雑貨屋さんで欲しいのがあって」
「おお。行こう」


これまで色々我慢していたのを発散させるかのようにあれこれ言うのがとても懐かしく思えた。学園祭が終わるまでは、なんていうか、ゲッソリしてたから。
普段は食べないポップコーンでも何でも味を共有してやろう、俺ひとりでは絶対に足を踏み入れないであろう可愛い雑貨屋にも入ってやろうという気にさせてくれた。


「飛雄はほんとに行きたい所ないの?」


雑貨屋の中で、部屋に置きたいという造花の飾りを見ながらすみれが言った。


「別に無い」
「本当?このお店興味無いんじゃない?外で座っててもいいよ」
「や、平気。一緒に居る」
「そんな気を遣わなくても」
「気を遣うっていうか、一緒に居たいのは俺のほうだし…」


そこで、はっとした。凄く照れくさい台詞を言っている気がする。すみれも顔を棚に向けたまま、ほんのり赤くなっていた。


「…何恥ずかしい事言ってるんですか」
「…俺も今、何言ってんだって思った」


会いたいとか一緒に居たいとか、頭では考えても直接本人に言ったことは無い。すみれからも言われたことは無い、と思う。そんなの恋人同士なら当たり前に思っていることだと思うから、いちいち言葉にしなくても良いだろと思ってたけど。
でも思わず「一緒に居たい」と言ってしまうほど、俺はすみれ不足だったらしい。


「でも、一緒に居られるのは嬉しいなあ」
「おう」
「えへへ」
「何だよ」
「なんでも……あー!!!」
「うおっ」


突然すみれが叫び出したかと思うと、店内のメインの棚に並んでいる観葉植物(…って言うんだろうか?)みたいな置物を穴が開くように見つめた。そして値札を見、手に取って隅々まで眺めると今度は俺のほうを見上げた。


「これこれ、これこの前売り切れてたやつ入荷されてる」
「へえ」
「どっちにしよう…」


すみれは手に持っているものと、棚に飾ってあるものを交互に眺め比較している。自分の部屋に置きたいのだそうだ。よくよく見ると造花だしそんなに高くない。
…ふと思い立って棚に置かれたそれを手に持ち、すみれを呼んだ。


「こっち来い」
「えっ、はい?」
「それここ置いて」
「はい。えっ!」


レジのカウンターにすみれが欲しがっていたものを両方置いて、店員が「ありがとうございます」と値段を確認していく。それを眺める俺の横ですみれはきょろきょろして、俺を見たりレジを見たり明後日のほうを向いたり。


「と、とび、飛雄」
「ちょっと静かにしてろ」


あまりに動くので店員も「どうかしました?」という目で見て来る。ちょっと恥ずかしくなってじっとするように言うとすみれは大人しく動きを止めた。犬か。可愛い。
すみれが静かなうちに会計を済ませて商品の袋を受け取り、店を出たところでそれをすみれへと差し出した。


「やる」
「……え!?な、なんで」


なんで、と言いながらも両手で受け取ろうとするのがすみれらしいなと思った。
袋が完全に彼女の手に渡ってから、鼻の頭を掻くふりをして自分の顔をなるべく隠す。今からちょっと恥ずかしい事を言うから。


「…学園祭、頑張ったご褒美。」
「………!!!」


どんな反応を見せるかと思っていたけど予想通りに絶句してくれたので、正直ほっとした。そして誇らしかった。恋人にプレゼントを渡したのは生まれて初めてである。しかもサプライズっぽい感じで。
未だ感動した様子のすみれは、大事そうに袋を持って言った。


「ありがとう……!お母さんにしか褒められなかったから嬉しい…」


さすがに母親には負けてしまったか。


「飛雄も春高決まったご褒美で何か、」
「俺はべつにいいから」
「でも」
「そろそろ映画始まんぞ」
「あ!!」


時計を見れば上映まで15分前となっていた。慌てたすみれは「映画館は何階だったっけ」と携帯電話を見たり案内板を見たりしながら6階である事を発見し、エスカレーターで6階へ。映画の前売り券をカウンターで指定席に変えてもらうと、次は目当てのポップコーンだ。食べるのは何年ぶりだろうか。
売店の前でまたもや何かを悩んでいるすみれが何を見ているのかと思えば、売店のメニューを凝視している。


「うーん……」
「キャラメルだろ」
「うん…SかMかで悩む…」


…サイズを悩んでいるらしい。レジ横にSからLの容器が置いてあり、それぞれどのくらいの大きさなのかが分かった。ついでに値段も。再び思い立った俺は店員に向かって言った。


「すんません。キャラメルのL」
「L!?」
「食えんだろ」
「どうかなぁ」
「キャラメルと塩のL、一つずつで。」


Lサイズでポップコーンを食べた記憶はないけどそんなに驚くほどでは無いだろう。コーンが弾けたやつだろ。よく覚えてないけど。

そしてカウンターの向こうから現れたLサイズのポップコーン2つを見た時、今度は俺の口があんぐり開いた。漫画みたいにもりもりに盛られているではないか。


「すげえ量だな」
「だから言ったじゃん」


こぼさないようにと気を付けながら持ち上げるのも一苦労だ。でも手に持った容器からはとても美味しそうな香りがしたので、難なく食べ切れるような気もしてきた。映画は2時間あるんだし、その間ずっと隣にすみれが居るという緊張を紛らわせるには食べ物が必要かも知れない。そう考えると丁度いいのかも。
それに、キャラメルの甘い香りに満足したらしいすみれは背伸びをしながらこう言ってきたのだ。


「ありがとう。ほんとはひとりでLサイズ食べきるのが夢だった!」


ポップコーンでこれだけ喜ばれる事なんてあるのかよ、学園祭のご褒美にと思ったのにこれじゃあ逆にご褒美を与えられた気分だ。ポップコーンぐらいいくらでも食わせてやろうじゃないか。

…その後「LLサイズじゃなくていいのか」と聞いたところ「そんなサイズ売ってないよ」と真面目なツッコミを受け、あまり変な見栄を張るのは止めようと学んだ。

背伸びをするなら明日から

みこと様より、影山くんからひたすら甘やかされる・というリクエストでした。あまり甘やかしてくれる印象のない影山くんが、彼女のために頑張る(?)話でした!スマートじゃない所が、これぞ影山飛雄って感じがします(笑)ありがとうございました!