木兎光太郎


同じクラスの木兎光太郎という男は豪快で、大仰で、単細胞で、大雑把で、繊細さの欠片も無い、つまり「馬鹿」と呼ばれる人種である。周りから「あいつ馬鹿だから」と言われるのを本人も気にしていない。ほんとうに馬鹿なのだ。

…けど私以外の誰かが光太郎を馬鹿呼ばわりするのはムカつく、という面倒くさい感情を持ち合わせる私も馬鹿なのかも。


「すみれーごめん!ノート見せて!」


昼休み、その馬鹿…もとい私の彼氏・光太郎は授業中当然のように眠りこけていて、当然のように私にノートを写させてくれと頼みに来た。この光景をクラスのみんなが見慣れているので「またやってるよ」と笑っている。


「いいけど、そろそろ写してるだけじゃマズイよ。来週期末テストが…」
「だいじょぶ!」


何が「だいじょぶ!」なのか分かんないけど堂々とピースサインをされたので、言い返す気はなくなった。

来週からテスト週間になるので部活の時間は制限され(インターハイ予選は負けてしまったし)、勉強時間も増えるからその時に集中して頭に詰め込むんだろうか。いや、そんな訳ないよね。

それでも、がりがりと高い筆圧でノートを写す姿は落書きをする子どもみたいでちょっと可愛いな、なんて思ったりする私も呑気なものだ。まあ私はちゃんと勉強してるんだけど。


「なあ」
「ん?」
「ここ読めねえんだけど」


ここ、と指さされた場所を見ると確かに読めない文字があった。私自身もうとうとしながら書いていたらしく、ミミズの這ったようなひょろひょろの文字が。


「……やば。ここ意識飛んでたかも」
「眠いの?」
「今は大丈夫」
「まあいいや。あとで木葉に見せてもらお」


そう言って光太郎はノートを閉じた。まだ半分くらいしか写してないので不思議に思っていると彼は立ち上がり、自分の机にノートを投げた。ううん相変わらず乱暴だな、と苦笑いしていたら突然光太郎が私の腕を掴んだ。


「いたたっ、何?」
「外行こ!」
「ええ?」


がたがたと机や椅子の音を響かせながら私を立ち上がらせると、光太郎は私の手を引いたまま教室の外へ出た。
私の答えを待たずに行動に起こすところは「この野郎…」って思うものの、「まあいいか」と最終的には従う私も馬鹿の類で間違いないか。


「外って、どこ行くの?」
「あんまり人が居ないとこ」
「…??何するの?」
「ふっふふ」


光太郎は意味ありげに笑いながらそのまま歩き続けた。彼はわざわざ人が居ないところに連れ出してまで、学校内でキスだの何だのする人じゃない。何だろうなあと思いながらも大人しくついて行った。光太郎が私の手首あたりを掴むその力と体温が、とても心地よかったので。

けっこう歩き回った結果、部室棟のところまで来てやっと人の気配が消えた。朝練と放課後の時間はとても騒がしいこの場所の、校舎の窓からは見えない陰に腰を下ろして光太郎は背伸びをした。


「はああー…寝ますか」
「えっ」
「眠いんだろ?」
「べつに今は眠くないけ、ど…」


言い終わらないうちに光太郎が私の後頭部を手で覆い、自分のほうへと抱き寄せた。立派な肩に私の頭がことりと置かれて、その私の頭に少しだけ光太郎の頬が寄せられて、「寝よ」と小さく呟く。


「………寝る、の?」
「すみれも寝不足か何かだろ?いっつもノート綺麗なのに、ふにゃふにゃだったじゃん」
「……」


こういうところが、「他人が光太郎のことを馬鹿呼ばわりするのは嫌だ」と思わされるのだ。光太郎はただの馬鹿じゃない。そりゃあ、馬鹿か馬鹿じゃないかの二択なら迷うことなく馬鹿だけど!


「…昨日、遅くまで勉強してたからかな」
「何時くらい?」
「1時前くらい」
「遅ッ!偉いなあ、すげー」


肩を揺らせて豪快に笑うので、光太郎の肩に乗った私の頭もくらくら揺れた。こういうのも彼らしい。

ちなみに私はめったに日付を超えるまでは起きていなくて、昨夜は偶然遅くなっただけだ。光太郎は「遅くまで偉いなあ」と言うけれど、自分はいつも朝早くに起きて部活動に励んでいるのに、それとこれとは話が違うのか。私が起きるのは光太郎が朝練を開始した頃だというのに。

だからこの人は馬鹿なんだ。自分を客観視できない馬鹿!


「……本気で眠くなってきた…」


頭の上で声がした。
眠いだろうなあ、早起きで朝から全力で部活して、授業中は寝ていたけれど昼ごはんを食べたばかりの今、ぽかぽか陽気の下。どんな顔をしてるのかなあと少しだけ顔を動かすと、私の頭に頭を乗せていた光太郎がぐらりと揺れた。


「んにゃ」
「わっ?」


そのまま光太郎が身体ごと傾いてきて、その頭は綺麗に私の太ももに乗ってしまった。膝枕である。ていうか頭がどすんと乗ってきたから重い。脳みそ空っぽだと思ってたのに。


「…こ、光太郎」
「ちょっと寝かせて…」


目を閉じたまま、ちょっと弱い声で言うこの姿に母性本能をくすぐられるのは仕方が無いと思う。「予鈴が鳴るまでだからね」と言ってみたけど、かすかに首を振るのみだった。こりゃダメだ。爆睡だ。

安らかに寝息をたてる彼を見ると私も眠くなってきた。ちょうど良く日陰になっているのでとても過ごしやすいこの場所で、膝の上に体温の高い大きな子どもを乗せた状態では、とてもじゃないけど5限目までに戻ることは出来ない。
風に揺れる光太郎の髪をさらりと撫でると、少しだけ「ふふ」と嬉しそうに笑った気がした。


「………私も、寝るよ…」


声をかけると光太郎が小さく頷いた。やっぱりまだ起きていたのか。転んだままうっすら目を開けて私を見上げ、右手をひらひら振ってきた。

その手を私が握ると満足したように再び目を瞑る。…もうすぐテスト期間なのに。この馬鹿野郎。ずっと教室に戻りたくなくなってきた。

ドリームヘルツ

あやボー様より、お馬鹿な木兎が男前を発揮・というリクエストでした。…が男前を発揮する事は出来て無いですねすみません!!!寝ようとする時に「手を繋ごう」という仕草をしてくれるのが、私的には男前なんですが…(笑) ありがとうございました!