牛島若利


いつもバレーボールの話ばかりで退屈している皆様方へ、今日は俺が珍しくクラスメートの紹介をしてやろうと思う。と言っても3年3組に属する30数名のうち2人だけなので、きっと皆覚えてくれるはずだ。

ちなみに俺は山形隼人、白鳥沢学園高等部3年3組出席番号は29番。現在の俺の席は廊下側の後ろからふたつ目、わりと良い場所である。クラスの中を見渡すことが出来るので、授業中や休憩中など飽きないから楽しく過ごせている。
まあ見渡すと言っても俺が注視しているのは2人だけ。


「腹減った、飯食おー」


1人目は、たった今俺が声をかけたことにより無言で立ち上がった牛島若利だ。
言わずもがな学校中に名の知れ渡る、バレー部不動のエーススパイカー。基本的に無口なので近寄り難いのだが、本人は実は頭の中であれこれ考えていて、それを声に出すまでちょっと時間がかかるだけの普通の男。簡単に言うと、不器用だけど良いやつだ。


「あ、牛島くん!」


そこへちょうど声をかけてきた女子が、今日紹介したい2人目のクラスメート。白石すみれは同じく3年3組で、席は教壇の真ん前という可哀想な子だ。本人は苦だと思っていないようだけど。

さて彼女がどうして若利に声をかけてきたのか、少しだけ黙って聞いてみようと思う。


「これあげる」


そう言って白石が差し出したのはとても美味しそうなパンだった。見た目から察するにカレーパンかな、美味そう。


「…?? ああ。ありがとう」
「良かったら感想聞かせて欲しいなあ」
「分かった」
「え、ちょ、それ白石の手作り?」


黙って聞いておこうと思ったのに思わず口を挟んでしまった。いきなりカレーパンだけを若利に渡すわ、若利は当然のように受け取るわ、予備知識のなかった俺は頭がついて行かなかった。


「そう。うちパン屋さんなの」
「へえー!」
「…で、牛島くんがカレーパン好きって言うからさ、お母さんに頼んで貰ってきたんだ」
「…ほお?」
「ありがとう。大事に食べる」


大事にって。普通に食えよと突っ込もうかと思ったが、ちゃんと味わって食べるという意味だろうな。それに若利の台詞を聞いたあとの白石は嬉しそうに頬を染めて頷いたので、余計なことは言わなくていいだろう。


「実は今日だけ私も手伝ったから、あとで美味しかったかどうか教えて欲しいな…」
「分かった。山形、行こう」
「おー」


俺と若利はそのまま教室を出て食堂へ向かった。学生寮に入っている俺たちは勿論家からの弁当持参などは無いので、基本的に学食メニューを食べているのだ。そこには他のバレー部の連中も暗黙の了解で集まってくるので気を遣わなくて済むし。

しかし今日は若利がカレーパンの袋を持っているもんだから、スキャンダル好きの男には格好の餌だったようだ。


「若利クン、それなぁに?」


天童がくんくん鼻を鳴らしているが、カレーパンの香りを嗅いでいるわけでは無さそうだ。美味しいネタが無いかを探しているらしい。


「カレーパンだ」
「そりゃ見れば分かるよ」
「クラスメートにもらった」


天童が俺の顔を見た。俺と若利は同じクラスだから、当然その現場を見たんだよね?という無言の圧力を感じる。そんなに視線を飛ばしてこなくても隠す事は何も無いので、俺は天童に向かって頷いた。すると天童は「ふふん」と嬉しそうに鼻らを鳴らした。


「クラスメートとは?隼人クン」
「白石っていう女子」
「じょし!!!」
「天童さん。うるさいです」


同じ場所に集まっていた白布がぴしゃりと言った。よく言った白布よ、お前のその常識と非常識の狭間を行き来する強さが好きだ。


「その女子とはどのようなご関係で?」
「クラスメートだと言ったろう」
「本当に?ただの、何の変哲もないクラスメート?」


その質問は若利に向けて、そして俺に向けてのものだろう。俺から見る若利と白石はただのクラスメートだ。ほんの少しの引力を感じるだけで。本人たちがそれに気付いていないから何も言えないんだけど。
若利は食事の箸を休めることなく平然と話した。


「何の変哲もないクラスメートとは思ったことは無い」


それはどんな意図があっての言葉なのだろう。俺達の机にいる全員の手が止まった。


「…それってどういう意味?」
「そのままの意味だが」
「じゃあじゃあ、その子のこと好きなのか好きじゃないのかドッチよ?」
「すげえ二択だな」


さすがに天童覚・牛島若利という人間と3年弱を共にした瀬見は、話半分で適当に突っ込みながら自分の食事をしていたが。
俺は若利とも白石ともクラスが同じだ。俺が本日紹介する注目のクラスメート。まず間違いなく白石は若利に好意を持っているがこの男はどうだろうか?


「好きかどうかは分からない」
「分かんないの!?」
「そういう見方をした事がないし」
「うっそだあ」


やはり期待を裏切らないなと苦笑いした。若利が愛だの恋だの語るのは想像出来ない。女の子を好きだとか、ドキドキするとか、そういう気持ちになることがあるんだろうか。
天童が残念そうに騒ぐのを横目に若利はうどんの汁をすすり、ふうと息を吐いた。


「ただ、特別か特別じゃないかと聞かれると特別だとは思う」
「………え」
「ご馳走様でした。」


またもやその場の沈黙を生み出して、若利は立ち上がり食器をカウンターへ戻しに行った。天童はカレーライスのスプーンを咥えたままそれを見送り、続いてぎゅるんと目玉を俺に向けた。


「……そうなの?隼人クン」
「何で俺に聞くんだよ」
「だって若利クンと話しててもゴールが見えない」


まあ確かに若利は会話が噛み合わない時が多いから無理もないが(天童だってそうなんだけど)、やがて若利が席に戻ってきたのでその話はしない事にした。
うどんを食べ終えるまで大切にとっていたであろうカレーパンの袋をぴりりと丁寧に開けて、ぱくりと口にした時の若利は心なしか楽しそうだったし。


「近々ゴール見えるかもよ」


その幸せそうな若利を見て俺が小声で呟くと、天童も「だと良いけど」と言うのみでそれ以上は何も言わなかった。

そちらの恋はいかがですか

聡様より、牛島くんと両片想いで周りがやきもきする・というリクエストでした。やきもきしてるの山形くんだけですね(笑) どうも牛島くんが難しくて、コレジャナイ感あるんですが…カレーパンの感想を伝えたあと、きっと「明日もくれ」なんて言いそうです。ありがとうございました!