Happy new year 2017
クリスマス の続き


『すみれチャン初詣いこ〜』


大晦日の夜、家族で紅白歌合戦を観ていたら突然同級生から電話がきた。

その声の主は間違えようのない高いテンションで、付き合ってもいないのに私を「すみれチャン」と呼ぶ人物。


「……ムリデス。」
『無理じゃないよ〜俺もう神社の前だよ』
「ええっ!?」
『きてくれなきゃ凍え死ぬカモ〜』


全く凍え死にそうな声ではないが、確かに天童くんは神社に居るようだ。電話の向こうからはがやがやと人の声が聞こえていたから。
さらに、電話が切れた直後に鳥居の写メが送られてきた。


「…行ってきます」
「はーい気を付けてねー」


親は呑気に私を見送って、紅白の続きを観るようだった。


わざわざ今から着替えて、こんな時間に呼び出されて嫌々ながらも応じると言うことは私もまんざらではないのだ。

天童くんは冬休みに入った直後の受験対策クラスで一週間を共にして、クリスマスにはさらりと告白された。そして、私はそれをするりとスルーしている。
…良くないよね。分かっておりますとも。


でも天童くんのことが好きだとは、まだ胸を張って言える状態ではない。

今はなんだろう、受験に集中しなきゃいけないし、好きって確定してないのに中途半端に会うのも失礼だし…ああでも呼び出しを受けて会いに行くってことは期待させてしまうのかな。





「おーそーい!遅刻〜」
「………」


やっぱり来なきゃ良かったか。


「あ、でもあと10分で年が明けるね!まさかギリギリ着くように狙ったの?」
「…いや、たまたま」
「フーン。じゃあ早速行こ!はい」


はい、と言いながら差し出されたのは天童くんの左手だ。
当然のように手をつなごうとするもんだから、反射的に私も右手を出しそうになった。けど、引っ込めた。


「何で引っ込めンの」
「……付き合ってないから。」
「だからァー、前も言ったけど付き合っちゃえばイイじゃん?」
「わ…私は好きな人としか付き合えない」


その「好きな人」と言うのも、今はイコール天童くんなのかどうか分からない。
そして過去18年の人生で「この人が好きだ、付き合おう」という気持ちになり彼氏彼女の関係になった経験もない。

そんな私だが、天童くんという人間によってクリスマス、「男の子と手を繋ぐ」という行為に及んでしまったのだ。


「まァいいや。せっかくだしお参りしヨン」


天童くんがそう言うので、私は頷き両手をポケットに入れて彼の隣を歩いた。うっかり手を出していると勝手に繋がれるかもしれないからだ。

なぜここまで拒否しているのかは自分でも分からない。ただ、もう一度手を繋いでしまうと一気に持っていかれるような気がして。


「すみれチャン、勉強の調子どお?」
「うん。集中できてるよ」
「ホント?俺と一緒のとこ受かる?」
「多分…合格圏内」
「ヤッター!」


いきなり天童くんが大声をあげて飛び跳ねたので、近くにいた別の人に長い腕が当たった。
「あっゴメンナサイ」と謝罪もそこそこに天童くんは再び私の隣で話し出す。


「じゃー合格したら一緒に説明会行こ?」
「うん…」
「アレ。乗り気じゃないね」
「………」


天童くんが嬉しそうにすればするほど、私の気持ちは重くなる。

彼は私が好きなのに、私は彼を好きなのか分からない。なのに隣を歩いているなんて、一年の終わりを締めくくる大晦日の夜に。傍から見れば絶対に恋人同士のはずだ。

そして、「手をつなごう」と誘われたのを私は拒否したのに、天童くんは嫌な顔ひとつしないなんておかしい。元々おかしな人だけど。


「顔コワいよー」


顔の前でひらひらと手を振られて、私は我に返った。


「あ、ごめん」
「ボーッとしてると年明けちゃうよん。ほら、そろそろ」


天童くんがスマホを取り出して、カウントダウンの画面を開いた。周りの人もスマホや時計を見て、来たる新年の幕開けに備え始めている。


「いくよ、じゅう、きゅう、はち…」


いよいよ残り10秒。

だんだん画面の数字が小さい数字に変わっていくのを、この時ばかりは私も集中して眺めた。

天童くんが、数字が変わるたびに「ろく、ご、よん」と読み上げる。
そして数字が小さくなるごとに、私たちは画面へと意識を集中した。年が明ける、年が変わる、あと、3秒で…


「…に…いち!ハッピーニューイヤー!」
「わあ…はっぴ、にゅっ!?」


カウントダウンを終えた興奮で私も顔を上げると、すぐそこに天童くんの顔があって思わず変な声が出てしまった。


「にゅっ?て何よ」
「いや…えっと…あ、あけましておめでとう」
「オメデトー」
「……天童く、顔、ちかい」
「ン??」


そう?と言いながら天童くんが曲げていた腰を伸ばし、いつもの顔の位置になった。

今、どうしてこんなに顔が近かったのか。

それは私の視界から、カウントダウンの画面が無くなったのと同時に気付いた。

天童くんが自分のスマホを、私の目の高さに合わせて持ってくれていたのだ。そして彼は、それを覗き込んでカウントダウンを行っていたのだ。


「…あ、ありがとう」
「へ?何が?」
「………なんでもないです」
「ええ〜気になるヨ〜」


無意識だったのか。
緊張感から開放された私は肩を落とした。

そしていよいよ初詣が始まり、賽銭箱の前の列が少しずつ進み始めた。しかし前にはまだまだ人が居るので時間がかかりそう。


「すみれチャンはやっぱ合格祈願?」
「うん、そうだね」
「………」
「………」
「俺のも聞いて欲しいんだケド」
「えっ?えーと天童くんは何をお参りするの?」
「ええ?知りたい?」
「………」


そう言えば天童くんはこんな人だった。
あのクラスを受けている時も、私に直接話しかけることはしなくても「ここに居るよ」「俺のこと気にしてよ」とアピールしていたのを思い出す。


「…うん。知りたいなあ」
「ふっふふ。内緒だよーん」
「………。」
「あ、怒った?」
「べつに」
「ゴメンネ?好きな子はいじめたくなるってヤツなのよ」


また、さらりと告白された。

私のことを「好きな子」と言う。
手をつなごう、付き合おうと言う。

クリスマスは突然の事で不本意ながら手を繋いでしまったけど。
そこから彼のことが確かに気になり始めて、でもその積極的すぎる行動になかなか応えられなかった。


「…天童くんは…」
「んー?」
「私の、どこが好きなの?」
「へっ?」


天童くんがいつもよりも大きめの、素っ頓狂な声をあげた。


「どーしたの急に?」
「…好きって言ってくれてるのに、私…まだ自分の気持ち分かんなくて、ひどい事してる気がして」


こんなの残酷だよね。
初詣の誘いには来るのに、手は繋がない。告白は保留したまま。それでも天童くんは私を責めることはない。まあ急かしてはくるけど。


「…そういうところが好きダヨ」
「え?どういう?」
「だから、そういうところ」


天童くんはそれ以上言わず、列が前に進むのにならって一歩進んだ。私も続いて一歩踏み出す。


「すみれチャンはホントに恋愛経験が無いんだネ〜」
「うっ…ないけどさ…」


だから男の子と話したり、触ったりすることに慣れていない。
よって私は、手を繋ぐなら恋人になってから!キスは3ヶ月後!身体の関係は18歳を超えてから!浮気は死刑!というおカタイ考えの持ち主。自覚はしている。


「イイんだよ。そのおかげで今のすみれちゃんが居るんだから」
「……??」
「だからそのすみれチャンに気に入ってもらえるまで頑張ろーッて決めてンの俺」
「へ………。」
「あ、やっとここまで進んだヨ〜」


気付けば、あとは数段のぼった先に賽銭箱があるところまで来ていた。

天童くんがポケットから小銭を出して(どうやらお賽銭のためにポケットに用意していたらしい)、一段のぼった。私も続いて、一段。


「合格祈願、しないとネ?」
「…うん」
「俺もお賽銭いっぱいしよーっと」


そんなに色々神様にお願いしたい事があるのかな。
バレーの事か大学に行ってからの事か…もしかして私の事?いやいや、何を考えてるんだ私は。


「すみれチャン」


天童くんが私を呼んだ。
いつの間にか一段先、賽銭箱の真ん前で彼が私を待っている。

私は無意識に右手を出した。
「この手を取って」と言うかのように。

そして、自分から手を差し出していた事に気づいた時には、その手は天童くんの左手の中にあった。


ぐい、と優しく引っ張られて身体が軽くなり、最上段へ足をつく。
その時なぜか髪の毛、マフラー、スカート、まつ毛も産毛も全部スローモーションでなびいているような感覚だった。


「………起きてる?」
「…あ、うん、」
「後ろつかえてるから、ネ」


ちらりと背後に視線をやって、天童くんが小銭を賽銭箱へ投げ入れた。

ちゃりちゃりーん、と軽快な音を立てて中に入っていく。無言で手を合わせて目を閉じた…何をお祈りしているんだろう。

そして、ふと天童くんが目を開けた。


「早く〜」
「あっ」


そうだった、私もお賽銭をしなければ。
慌てて五円玉を出して、下投げで賽銭箱の中へちゃりんと入れた。

私は、ええと…受験がうまく行きますように…そして、大学でいい友達ができますように…高校の友達とは大学に行っても連絡が途絶えませんように…ああ、天童くんは何をお祈りしたんだろう、天童くんは。私のことが好きな天童くんは…


「…天童くんを好きになって、ちゃんと付き合えますように」


ざわつく大晦日の神社で、私自身にしか聞こえないくらいの声で。
口だけ動かして言ったつもりだったけど、隣で今度は天童くんが手を出した。


「きっと叶うよ」


今のは天童くんに聞こえていたんだろうか。それとも、私の合格祈願に対しての言葉だろうか。

どっちでもいいかな、という考えが頭をよぎり、私は天童くんの差し出した手に右手で応じた。


Hold your hand ,
Take my hand ,
and Walk with me.