きっとまだ生まれていない宝石だった


うちの親は、十歳離れた幼い妹のことが大好きだ。私も同じく大好きで、彼女が産まれたばかりのころはべったりくっついて世話をしていた。おむつ替えはすぐに覚えて率先して行っていたから、今思えばお母さんは相当助かっただろう。

今日は七歳になった妹の七五三の撮影に付いていく予定だったんだけど、突然お母さんが「姉妹で撮ってもらおう」と言い出した。単に衣装を着た妹の隣に突っ立って撮るのかと思って、すぐに私は了承した。しかし実際は私にもおめかしをさせて、スタジオの中でいろんなシチュエーションで撮影されるという恥ずかしい一日になったのである。

「みてほら! 可愛く撮れてる〜!」

帰り道、お母さんがカメラマンの後ろからスマホで撮りまくっていた写真を見せてきた。妹は当然のごとく可愛い。ふりふりのドレスを着てご満悦の表情だ。
……が、やはり恥ずかしい。妹はレンタル衣装だったからもう私服だけど、私は自前のワンピースでお母さんにセットされた髪型だ。こんな格好、知り合いに見られたらたまらない。

「そうだ。スーパー寄っていい?」
「えっ。二人で行ってきてよ」
「なんで〜?」
「私こんなカッコだし」

帰って着替えたい。大量のヘアピンだって全て取り払いたい。その旨を伝えるとお母さんは渋々「わかった」と言い、妹の手を引いてスーパーのほうへ方向転換をした。
なんとか寄り道を免れた私は早く家に帰りたかったけど、履きなれないパンプスのせいで速歩きが出来ず。足に負担がかからないように比較的ゆっくりと歩いていた。

「……あ」

すると前方から、見覚えのある姿が走ってくるのが見えた。どうやらランニングをしているその人がクラスメートだと分かったのは、彼の背格好がとても大きくて特徴的だから。どうしよう。牛島若利がこっちに来ている!

「……白石か?」

すれ違うまで斜め下を向いてやり過ごす作戦は、すぐに失敗した。牛島くんが私の前で足を止めたのである。どうしよう気付かれた、と慌てた私はすぐに返事をすることができず。「白石で合ってるか?」と再び聞かれる始末であった。

「……牛島くん、何してるの?」
「日課なんだ。今日は遠回りをしてみた」

直接的な回答にはなっていなかったけど、つまり毎日のランニングコースを偶然変更した結果、私の家の近所まで来てしまったらしい。なんでよりによって今日なんだ。

「何かあったのか?」
「え」
「いつもと違う」

ほら、やっぱり突っ込まれた。もしかしたら牛島くんなら、私の服装なんて一ミリも気にせず挨拶だけで終わるかもと思っていたけれど。さすがの彼も指摘せずにはいられないほど、今日の私は普段と違うようだ。

「……え、ああね……妹が七五三で……ついでに私も写真撮られて」
「なるほど」

本当に今の説明で理解できたのか不明だけど、牛島くんは納得した。ひとまず私が好き好んでこんな格好をしているわけじゃないってのは分かってもらえたろうか。しかし彼はまじまじと私の姿を上から下まで眺めていて、なんとも言えない気分になった。

「えっと、恥ずかしいからあんまり見ないでもらえると」
「恥ずかしい?」
「こんなぶりぶりのカッコ、普段しないから」

なんとか牛島くんに視線を逸らしてもらうよう頼んだけれど、彼は顔を動かさなかった。何故私が恥ずかしがっているのか分からないらしく、理解しようと考え込んでいる様子。その間も牛島くんの目は私の服装をとらえている。いい加減私のほうから「帰るね!」と切り出そうか迷い始めた時、牛島くんがようやく顔を上げた。

「似合ってると思うが」

そして、言われた言葉にぽかんとした。誰かに何かを言われてこんなにぽかんとしたのは初めてかもしれない。牛島くんの口から私に対して、というか女の子に対してそういう類の言葉が出てくるのは聞いたことがなくて。やっとの思いで何か言おうと息を吸った時には、先に牛島くんが次の言葉を発していた。

「すまない。戻る時間だ」
「え? ああ……」
「遠くまで来すぎたらしい。そろそろ帰らないと」

そういえばこの人は寮生活をしている。部活は先日引退したものの、既にいくつかのチームから声がかかっていると聞いた。まだ明るい時間だけど、戻って練習に参加するのだろう。こんな場所でこんな私と出くわしたばっかりに、意味のない時間を過ごさせてしまったな。

「ごめん、なんか引き留めたみたいな感じになって」
「いや。おかげで珍しい姿が見られた」
「え」
「じゃ」

去り際になって私は牛島くんと話したいことが増えてしまったのに、彼は何の躊躇もなく走り出してしまった。今の言い方、私に会えたのがラッキーだとでも思ってるように聞こえるじゃないか。今朝このワンピースを着て鏡の前に立った時は気恥ずかしくて、カメラを向けられた時も緊張して硬くなってしまったけれど。今はその時よりもずっと、顔が真っ赤になっている気がする。