ハッピーロンリークリスマス


きっかけがないと行動に踏み切れない時、あると思う。ずっと好きだった人に告白する時とか、好きな人にプレゼントを渡す時とか、好きな人に「クリスマス一緒に過ごしませんか」って聞くのとか。全部私の話で、全部これから起きることなんだけど。

一年生の時、クラスメートの西谷くんにいつかは告白しようと思いながら過ごして二年生になり、幸いまた同じクラスだったもののそのまま半年以上が経過して今日はクリスマスイブだ。球技大会や体育祭や学園祭などのイベントは勇気を出せずじまいだった。クリスマスなら、今日なら例え振られても冬休みのあいだに傷を癒せるという作戦だ。


「さあぁぁぁむっ……」


既に終業式を迎えているクリスマス当日、私は制服で学校に来ていた。冬休みも部活のために登校する生徒がいる中、私服でウロウロするのは目立つと思って。だけどスカートの下は素足なので、木枯らしが吹くと寒くて膝がひび割れちゃいそう。今も突風に耐えて身体を震わせていたところ、その風に乗って目当ての声が聞こえてきた。


「あ……」
「あ」


しかし、その声は西谷くんだけのものではなかった。当然ながら彼は部活をしていたので一人ではなく、バレー部の仲間と数人で歩いていたのだ。顔見知りの男子生徒から「何故ここに?」という目で見られ、私は寒さも忘れて立ち尽くした。


「おー。そっちも部活?」
「えっ、いや。ちが」


西谷くんだけは怪しむことなく私に話しかけた。それは有難いけれど返答に困る。私は部活をしてないし、冬休みにいちいち登校する用事もない。今日は西谷くんに言いたいことや渡したいものがあって来たんだけど、私としたことが「西谷くんが他の人と一緒にいる可能性」が頭から消えていた。
言葉を濁したまま黙りこくる私を、西谷くんはいよいよ不思議がっていた。彼の周りはかなり居づらそう。今の沈黙のせいで、本人以外は私が何をしに来たのか察しているはず。それも恥ずかしい。いっそ「何でもない」と言って帰ってしまおうかと思った時、端っこにいる縁下くんが口を開いた。


「西谷、俺ら先にコーチの家行くから」
「え? 俺も行く」
「いいから。先に行ってるからな」


それを合図に、西谷くん以外の三名がぞろぞろと縁下くんに続いていく。西谷くんもついて行けばいいものを、言われたとおり律儀にその場に残っている。が、やはり腑に落ちない様子だ。


「なんだよあいつら……」


置いていかれた理由が分からずに漏らした声は不満でいっぱいだ。これから皆で予定があったみたいなのに、私の計画不足のせいで西谷くんだけ遅れてしまうことになる。コーチの家と言っていたから、もしかしてバレー部の面々でクリスマス会でもするのかな。そんな楽しい予定を足止めしてしまうとは。


「ごめん……私が声掛けたからかも」
「違う違う。あいつら何か隠してんだよ絶対! あとで聞いてやろ」


やっぱり何も気付いてない西谷くんは、縁下くんや田中くんへの疑心暗鬼を抱いている。彼らの仲に溝ができてしまったら取り返しがつかない。自分の面子を気にする場合じゃない!


「……ううん。私のせいだと思う」
「だから違うって」
「私が西谷くんと話したいってことがみんなにバレてたんだと思う!」


そこでようやく、西谷くんの顔から怒りや不満は消えた。その代わり疑問は何倍にも膨れ上がったようだ。


「話したいって何?」


いつになく真面目な声だった。というか、この人は基本的に真面目だ。あまりにも真っ直ぐだから時々他人と波長が合わなくて、それを周りが「変なやつ」と思っているだけ。私も最初は変な人って思ってた。でも西谷くんは変じゃない。そんな西谷くんだから好きになった。って言いたいのに。


「……えーと。ええと」


いざ二人きりになると準備していた言葉は出てこず、手に下げている紙袋は意味もなく揺れた。西谷くんは紙袋の存在に気付いてないのか興味がないのか、私の手元には目もくれず顔を直視してくる。言わなきゃ逃がしてもらえない雰囲気だ。いや、そもそも言いに来たんだし。言わなきゃ自分が後悔する。せっかく二人にしてもらったんだから。


「西谷くんが……す、好き。だから。去年から」


またぴゅうっと風が吹いて、突き刺すような寒気が肌を襲う。もしかしたら風に消されて聞こえてないかもしれない……と思ったけど、西谷くんの両目が大きく開いたので、意味は伝わっていなくとも聞こえたらしい。


「だからその、今日言えたらなと思って、でコレも一緒に渡せたらなと思って」


言葉にした勢いのまま渡さなければ無理だと思った。緊張で早口になりながら紙袋を突き出すと、そこで初めて西谷くんの視線が落ちた。


「くれんの?」


私が頷いたのを見て、西谷くんが紙袋を受け取る。中身は昨夜頑張って作ったカップケーキ。ちゃんとレシピを見ながら作ったし味見もしたし、なんなら自分で三個も食べるほど美味しかった。でも西谷くんの好みかどうかは分からない。そもそも他人の手作りを抵抗なく食べてくれる人かどうか。


「苦手だったら言ってね!? 味見はしたけどもし嫌いだったら全然他の人にあげてくれても」
「え。やだ」
「え。やだ?」
「やだよ他のヤツにやるとか。今食っていい?」


袋の中を覗いていた彼が顔を上げた。今って、今? ここで?
戸惑ったけど「どうぞ」と促した。断る理由もない。むしろ知らないところで捨てられるより何千倍も嬉しい。目の前で食べられるとは思わなかったけど。
西谷くんは素直に中に手を入れてひとつ取り出し、意外と器用にラッピングを解いた。私が丹精こめて飾り付けたリボンが西谷くんの手で解かれていくのは不思議な気分。やがて大きな口でかぶり付き、お菓子のCMみたいに頬を膨らませながら何度も噛んで、最初のひとくちをごくりと飲み込んだ。


「うまい」
「……ほんと!?」
「すげえうまい! 自分で作ったのかコレ」
「うん」
「へえー。すげーな」


あまり沢山の単語は使わないものの、西谷くんが本当に美味しいと感じてくれているのは伝わる。彼は嘘がつけない人だから。絶対に。それにその後は会話をする暇も惜しむように残りを食べて、二個目もあっという間に胃袋に治まってしまった。そんなに食べてくれるならもっと入れればよかった。でも見栄えよく出来たのはこの二個だけだったし。残念ながら見た目を楽しんでくれている様子はなかったけれども。


「ご馳走様でした」
「はやっ。そんな急いで食べなくても」
「他のやつに取られんの嫌だから」


当たり前のように言うと、西谷くんは大胆に手の甲で口元を拭った。


「……で、あと何だったっけ?」


それから、てっきり私も忘れかけていた本題を振られてしまった。そう言えばプレゼントではなく告白がメインだった。と言うかさっき告白したんだ。西谷くんはどうやら本題の内容を忘れている。どうしよう。もう一度言う度胸なんてない。


「……ええと、あー、えー……」
「あ! 好き?」
「好っ」


なんと西谷くんは記憶を呼び起こして自己解決した。思い出されたら思い出されたで恥ずかしい。が、本人は全く気にしない様子で嬉嬉として続けた。


「それだそれだ。俺も甘いのは好きだぜ!」
「え」
「甘いのも辛いのも超好き。アレルギーもないし! あ、しょっぱいのだけ苦手かもな」
「ああ〜……」


食の好みを聞かされる中、幸か不幸か私の恥ずかしさは薄まっていく。さっきの告白の時に吹いた風、やっぱり私の声をかき消していたのでは? 勇気を出して言った言葉が全然違う意味で伝わってるんですけど。


「だから昨日コーチに好き嫌いあるか聞かれた時も俺……あっ!」
「えっ」
「そういや今からクリスマス会なんだ! もう行くわ! ありがとな」
「あ」


急に思い出したらしく、西谷くんは慌てて走り去って行った。既に空っぽの紙袋を持ったまま。コーチの家でクリスマス会という私の予想はバッチリ当たっていたらしい。
しかしあの袋、そのまま持って行ったらさっきの面子に突っ込まれるんじゃないだろうか。西谷くんのことだから何も気にせず「もらったから食った」とか言いそうだ。


「……まあいいか……」


何が起きたのか容易に想像できたとしても、彼らは私に対して何も言ってこないだろう。西谷くんを深く追求することも。クリスマスという告白のきっかけを意図せず逃したことも、気の抜けるような西谷くんの笑顔を見ると「まあいいか」と思えた。バレンタインにもう一回気合い入れて、今度は大量のケーキとともに告白しよう。