02


中学の時は、恥ずかしながら誰かと付き合った経験はない。告白されたこともない。かわいいなと思った女の子はいたけれど、あまり話したこともない相手だし自分とは釣り合わない気がして、気持ちを伝えないままそのうち好きではなくなった。

そんな状態のまま白鳥沢の推薦を受けたので、もちろん入学以降は愛だの恋だの気にする余裕はなく。練習して授業を受けて食って寝て、の繰り返し。バレー部が特別厳しいとは分かっているけど、他の部活の生徒なんかこれに加えて登下校に時間を費やしたり、アルバイトをする生徒も居るというから驚きだ。俺は今の生活にいっぱいいっぱいで、練習後に寮に戻るだけでもくたくただというのに。おまけに三年生が引退したばかりで、自分にとってもバレー部全体にとっても大事な時期だというのに。
そのいっぱいいっぱいの状態で、更に頭の中がいっぱいになる出来事があった。


「五色くんのこと、好き」


夕食の時も風呂の時も布団に入ってからも白石さんの声がこだました。
今日のことは本当に驚きでしかなく、俺はたいそう間抜けな顔で対応していたと思う。白石さんとは特別仲良しでもないし、これまで頻繁に話しかけられたこともないのだ。いくら俺でもあからさまな好意を向けられれば気持ちに気付けるはず。でも、全く分からなかった。白石さんが俺を好きだったなんて。俺は今日まで、あの子がチアリーディング部に所属していることすら知らなかったのだから。

しかし彼女をよく知らないとはいえあの場で即答して良かったのだろうか。断る理由は特になかったはず。でも、告白を受ける理由はもっとない。一瞬でも「好き」と感じたことのある相手ならもう少し悩んだかもしれないけど、何度も言うが本当に白石さんのことは何も知らないのだった。そんな相手と簡単に付き合うなんて良くないし、そもそも俺は恋愛するために白鳥沢に来たわけじゃない。

そうだ、白鳥沢で俺がすべきなのは勉強と部活であり女の子と仲良くすることじゃない。だから振った。もやもや悩まなくても、これで全部の辻褄が合うじゃないか。



不思議なもので、一晩寝たらすっきりしたので翌日の朝練は問題なく取り組むことができた。その後寮で朝食をとり、着替えて教室に行った時点でまた昨日のことが蘇る。白石さんの姿を目にしたからだ。

白石さんは教室の入口付近の席なので、俺も自然と彼女の横を通ることが多い。普段は全く意識しないのに今日は無理で、白石さんを見つけた瞬間に一瞬足が止まりそうになった。そして恐らく、動きがぎこちなくなった俺の姿が視界の端に写ったのだろう。白石さんがこっちを向いたので、バチリと目が合ってしまった。


「お、おはよ……」


目が合ったのでは無視するわけにはいかない。というか無視するつもりなんかないし。
振り向いた先にいるのが俺だとは思わなかったらしく、白石さんは気まずそうにきょろきょろした後、「おはよ」と口だけを動かして言った。それもそうか、昨日俺に振られたんだから。無神経なことしちゃったかな。
だけど白石さんと同じ空間にいればいるほど色んなことを考えた。ひどい振り方をしていなかっただろうか? とか、落ち込んでないかな? とか。少なからずショックだし落ち込むだろうけど、俺のせいで心身いずれかを悪くしていたらどうしよう。

そう思いながら半日経過したが、白石さんの様子を詳しく伺うことは適わなかった。俺とは席が離れているし、休憩時間に俺は男子の友人と・彼女は女子の友人と過ごしてばかりなので、話す機会がまったくない。前からこうだった。だからこそいつから俺にそういう気持ちを抱いていたのか謎なんだけど。たまに彼女のほうを見ても目も合わないし、避けられているのか普段から俺の顔なんて見ちゃいないのか判断できない。

でも、少なくとも元気には見えなかった。それも俺のせいなのか他のことが原因なのか分からないけど(普段からそうなのかもしれないし)、「もしかして俺のせい?」と思ったらそればかり考えてしまって。とうとう掃除の時間、白石さんが一人になったのを見計らって声をかけた。


「白石さん」


ゴミ袋を持った白石さんが振り返った。今思えばゴミを捨ててから声をかければよかったが、もう遅い。


「あの、昨日のことなんだけど」


俺は注意しながら言葉を紡いだ。わざわざその話を持ち出すってことは、一歩間違えれば期待させる言い方になる可能性があるからだ。でも俺が言いたいのはソレじゃない。


「昨日は俺もびっくりして変な態度とってごめん……と、思って……」


突然の告白だったとはいえもう少しまともな受け答えができたはずだ。白石さんは「言いたかっただけだから」と言っていたけど、俺のお粗末な返しのせいで気を遣ったに違いない。


「……ううん。私のほうこそ」


白石さんはふるふると首を振った。泣きもせず笑いもせず、昨日よりも冷静に見える。今ここで戸惑ったり緊張したりしているのは俺だけのようだ。でも白石さんが落ち着いているおかげで、俺は話を進めることができた。


「白石さんのことよく知らないから簡単には応えられなくて」
「分かってる」
「それに俺、今は部活と向き合いたい」


だから付き合えない。バレーボールが自分で納得できるほどの出来じゃないのに、女の子と付き合うなんてできない。白石さんを振る理由のなかで、自分でも最も納得できるのがコレだった。
そして、恐らく白石さんも納得してくれた。


「……うん。そうだろうなって思ってた」
「え……」
「分かってたから。その理由で振られるのは」


それどころか俺に振られることも、振られる理由も分かっていたと言う。そう言われて変な気分だった。肩の荷が降りた気もすれば、ぎゅっと胸が締め付けられるような気もする。分かっていながら俺を好きだと言ってくれたのはどうして? と聞けるような無神経さは持ち合わせていない。


「私は五色くんがバレー頑張ってるところに惹かれたから。それでいいの」


それまで無表情ともとれる様子だった白石さんが、初めてやわらかく笑ったように見えた。実際は笑ってなんかないかもしれないけど、声色は明るくなった。テレビや漫画で見る失恋シーンとは似ても似つかない、穏やかな表情だ。そんな顔を向けられるとは思わず俺は固まってしまい、「うん」とか「そっか」とか変な返事をしたような気がする。
やがて俺が我に返ったのは、白石さんの手元にあるゴミ袋がガサガサと鳴った時だった。


「じゃあ。わざわざありがとう」
「え、あ……はい」


白石さんはゴミ袋を持ち直すと、ゴミ捨て場のほうへ歩いて行った。

「持とうか」と言えばいい気もしたけれど、思わせぶりな態度になってしまうと思ってやめた。それに昨日「好き」と言われたのも驚いたけど、俺の何を具体的に好きになってくれたのか、そして俺の部活への気持ちを理解し尊重してくれたということに驚いた。恋ってそんなに簡単に諦められるというか、割り切れるもの? 俺が逆の立場だったら無理だと思う。ショックで泣いて醜く粘ってしまうかも。

あろうことか白石さんが潔く引いてくれたおかげで、俺は余計に彼女で頭を悩ませる羽目になった。