20190325


自分の誕生日くらい自分の好きな事をさせて欲しい。普通の人間ならばそう思うのかもしれないが俺は違った。いつもこの日は練習から帰ると、俺の家のリビングには家族以外の人物が居て、そいつが我が物顔(とまでは行かないけど、そう見えた)で我が家のソファーに座っているのだから。いつしかそれが当たり前みたいになっているのだった。


「お疲れ様、待ってたよ」


そのように言うのは幼馴染の白石すみれで、小学校低学年の時に近所に引っ越してきた女の子。誕生日が春休み真っ最中の俺は学校では誰にも祝ってもらえなくて、小さい時の俺はそれがちょっぴり寂しかった。そして、いち早く俺の誕生日が家族以外の誰にも祝われていない事に気付いたのが幼い頃のすみれである。


「待ってろなんて言ってないけど」
「でも、居るって分かってたでしょ?」
「だろうなとは思ったよ」
「ね、今年は何しようか」


すみれはそう言いながら、階段を上がる俺の後ろを付いてきた。この家の事は家族のように詳しいのだから困ったものだ。俺の部屋に至っては、何がどこに置いてあるのか両親よりもすみれのほうが知り尽くしている。その部屋に入ると彼女お気に入りのクッションがあり、すみれは当然のようにその上に座った。
毎度の事だけど呆れてしまうな。そこに勝手に座るのも、三月二十五日に外出もせず毎年ここに居る事も。


「ていうか、祝う気あるんなら自分で何か考えれば?」
「だってさー、英ってサプライズとか嫌いだろうなって思ってさ」


ご名答。サプライズなんて全く興味が無い。特に大袈裟にどこかを貸し切ったり、誰かを雇ったりするのは尚更だ。だからってすみれが毎年俺に会いに来るのも、そろそろ申し訳ない気がした。


「無理して来なくていいのに。春休みなんだし」


友だちと遊んだりとか、家族でどこかに行ったりとかすればいい。だけどすみれの予定は全て三月二十五日を避けて組まれている。必ずここを空けているのだ。


「休みの過ごし方は自分で決めるよ」


そのように言うすみれは満足げで、俺に恩を売る気なのか別の目的があるのかを判断するのは難しい。毎年しつこく部屋まで上がって来られては、俺だって辛抱たまらない。今も俺は気付かれないように目を逸らした。膝を曲げて座るすみれの、去年よりも少し長く見える脚から。


「それに英は毎年、どうせ練習以外にする事ないでしょ」
「ありますけど」
「たとえば?」


答えてみれば、と言わんばかりの大きな瞳。そこもまた、去年よりまつ毛が長くなっているように見えた。つまり年を経るごとにすみれは女性としての特徴が強くなってきているのだ。


「ないかもな。そういえば」


予定なんて特に無い。春休み中の練習は遅くても五時で終わる。その後に誰かと寄り道する事もない。ああ、昨日は金田一と本屋に行ったけど。今日はそんな気は毛頭なかった。三月二十五日だからである。


「はい」


クッションに座るすみれが何かを出した。ぴんと伸びた腕の先に持たれているのは紙袋。こんなものどこに隠し持っていたんだろう。


「なにこれ」
「なにって、プレゼント?」


どうして疑問符を付けるんだ、と思ったけど、きっと素直に言うのが照れくさいのだろうと思えた。俺も同じだ。一目見てそれを自分宛のプレゼントだと理解したのに、わざわざ「なにこれ」と聞くなんて。そして「フーン」と気のない返事しかできないのも、気が回らなくて情けない。


「開けてみてよ」
「あとで開ける」
「えー、いま開けて」
「お前がジロジロ見ないなら開けてもいい」
「ちぇ」


すみれは小さな舌打ちをして、ローテーブルに頬杖をついた。
見られてたまるか。中身が何であろうとも、プレゼントを開封した時の表情なんて誰にも見られたくはない。


「ねーえ、どうして誕生日なのにまっすぐ家に帰ってくるの?」


俺に開封させるのを諦めたすみれは、別の質問を寄越してきた。


「毎年毎年、どこにも寄らずに」


そして、理由なんててっきり分かり切っていると思っていたのにこう続けた。どうして俺が中学の時も今回も、練習後に直帰してくるのかを。


「…なんだっていいじゃん」
「ふうん」


誕生日を祝ってくれる人が居るからである。その人は毎年俺の帰りを待っていて、毎年俺の部屋まで上がり込んでくる。はじめは小学校の時で、「英くん、お誕生日おめでとう」といきなり訪問してきたのがきっかけだった。「学校が春休みで言えないから」「英くんだけ、誰にもお祝い言ってもらえないかと思って」と。
小さな俺の心を奪うには充分の出来事であった。幼心に思ってしまった。嬉しい。この子に毎年祝ってもらえるなら、学校で他の誰にも祝われなくて構わない。だから俺は誕生日、最低でもバレーの練習には参加するけれど、他には何の予定も入れずに帰ってくるのだ。


「帰ってこなかったらお前、どうせ夜まで居座るんだろ。俺が帰るまで」


それなのに俺は、さもすみれが祝いたいというから仕方なく帰って来ているのだと言うかのように。


「そんなこと言ってるから、十六にもなって彼女のひとりもできないんだ」


すみれは俺の心を読んでいるのかいないのか分からないが、笑いながらそう言った。


「十六にもなって彼氏のひとりもできないやつに言われたくない」


俺もすみれの気持ちは分からないので、同じように返してやった。毎年会いに来て誕生日を祝っていくだけの幼馴染。今のところそれ以上でも以下でもない。何も決定的な事は無いのである。しかしすみれは自分が同じ台詞を言われると腹が立ったようで、唇を尖らせていた。


「……馬鹿」
「そっちが先に言ったんだろ」
「ばーか」
「うるさいし」
「おめでとう」
「どうも」
「好きって言ったらどうする」


中身のない会話のキャッチボールの最後、とんでもない魔球。俺はそれを受け止めることができなかった。しかし、代わりに打ち返してやった。


「それで俺を試してるつもり?」


俺にそんな予防線だらけの言葉が通用すると思っているなら、それは間違いだ。だけどすみれは動じなかった。


「そうだけど、何か?」


本気かこいつ、俺の部屋の俺のクッションに座って俺に見下ろされた状態でそんな事を言えるのか。俺は十六にもなって今まで彼女ができたことも無いんだぞ。誰かさんが毎年三月二十五日に俺を尋ねてくるせいで。


「……馬鹿」
「そっちがなかなか言わないからでしょ」
「ばーか」
「うるさいし」
「プレゼントありがと」
「どういたしまして」
「俺も好きって言ったらどうする」


喰らえこの野郎。極力表情も声色も変えずに言ってやると、すみれは大きく目を見開いたかに見えた。
そうだ狼狽えろ。可愛らしく頬でも染めてみろ。そうすれば俺は「仕方ないやつだな」と言ってしゃがみ込み、頭でも撫でてやろうかと思っていたのに。


「それで私を試してるつもり?」


すみれにそれは通用しなかった。この言葉までそっくりそのまま真似されるとは思わなかった。口ごもる俺をすみれは勝ち誇ったように見上げている。まさにすみれの勝利であった。


「…負けた」


好きだよ。悪いか。知ってると思うけどずっと前から。
突っ立った状態で一気にそこまで言う自分はたいそう格好悪かったに違いない。それでもすみれは俺を笑う事はしなかった。ただ喜んでいるように見えた。これから先も、三月二十五日の予定を空けておくための口実が出来た事を。

Happy Birthday 0325