くすぐったくて愛しい日


「イテッ」


間抜けな声が響いた。私の投げた雪玉が東峰旭の後頭部を直撃したらしい。
やば、と思ったけれど今は雪合戦の最中なので問題ない事を思い出した。まあ、この雪合戦は私と旭の二人で行われているので第三者から見れば非常につまらないのだが。


「やった!私の勝ち」
「強いねー…」
「的が大きいからね」


旭は私の何倍も身体が大きいから、当てるつもりが無い雪玉も当たってしまう。おかげで今日は何回戦か行った雪合戦、すべて私の勝ちである。もしかしたら手加減してくれてるのかも知れないけど。


「手袋、びしょびしょだ」


雪を触りすぎて湿った手袋を見て、旭が言った。確かに私の手袋も、もう手袋の役割をあまり果たせていない。


「もうやめようか。風邪引いてもアレだし」
「うん…大地に殺される」


旭の怯える顔を見て思わず爆笑してしまったけれど、確かに風邪なんて引いたら大変だ。殺されるどころじゃない。なんと言っても年明けには、大事な大事な全国大会が控えているのだから。
そして、その大会のお祈りをするために私たちは神社に来た。初詣は明日からだと言うのに、思ったよりも賑やかなようだ。


「結構人いるなあ。大晦日なのに」
「今年のうちに今年の汚れを落としたいんでしょ」
「よ、汚れって」
「私は落としたい汚れなんて無いけど!」


むしろ、くっつけておきたい汚れしか無い。いや、汚れと呼ぶのは良くないな。とにかく今年の一年で思い残した事はひとつも無いという事。


「だからお祈りだけ。来年の」


烏野がやっとの思いで出場権を獲得した大会で、すばらしい成績を残せますように。本当は年が明けてからお参りすればいいんだけど、私たちの都合が合わなかったのだ。


「明日、ごめんね」


隣からしゅんとした声が聞こえた。
なぜ彼が謝るのかと言うと、私が「元日、初詣に行こう」と誘ったところ既に先約があり断られたのだ。その先約が別の女の子との約束なら殴り飛ばしていたところだが、バレー部の三年生で集まっての必勝祈願という事なら文句は無い。


「全然いいよ。最後だもん」
「ウン」


ありがとねと言って、旭が一歩前に出た。いよいよ私たちの番だ。私はお賽銭をいつもより少し多めに入れた。金額によって叶うか叶わないかが左右される訳では無いと知りつつも。そして、ふたりで手を叩いた。


「旭が春高で活躍してくれますように」
「春高で失敗しませんように…」
「ネガッ!」
「なかなかポジにはなれないよ」
「明日もそんなだったら澤村くんにどつかれるんじゃないの?」
「う…そうかも」


弱々しく笑ってみせる旭は今、本当に不安なのだろう。本人もそんな自分をどうにかしたいと思っているようだけど、いつも澤村くんと菅原くんに助けられている。そういうのは彼女の私なんかよりチームメイトの方が向いてるみたいだ。


「あ。雪、やんだね」


気付けば先程まで降っていた雪はやんで、晴れ間が覗いていた。
こんな気温でも陽が当たるとほんのり暖かい。なんだか私たちのお願いが空に届いたみたいなだなぁなんて思ったりもした。
ついに全国大会か。それが終わったら、あっという間に卒業。早く大会が始まって欲しいような、欲しくないような複雑な気分だ。


「…さむーい!」
「わっ」


私は思い切り旭に横から体当たりして、腕を回した。こんなふうにいつでも会えなくなるのは寂しい。けど、今だけは好きなように会って甘えたい。
「あっためて!」と頼む私に嫌な顔ひとつせず、今日はどうしたの、なんて優しく応えてくれるあなたが好き。


「よいお年を」
「うん。よいお年を」


ぎゅうっと腕を組んだまま身体を預けて、今年最後のキスをした。凍える寒さを吹き飛ばすくらいのそのキスは私の心を温かくしてくれる。がんばれ旭。唇を動かすと旭は返事をする代わり、強く私を抱き締めた。