August 9th , Thursday


恋人という立場になって初めて隼人への接し方が分からなくなったのは、8月の事。

インターハイに出場したバレー部は順調に勝ち進んで行ったのに、兵庫県の高校に敗れてしまった。
結局はその高校が準優勝という成績を残し、周りはほとんど「準優勝するような相手に負けたのなら」と納得していた。ただしわたしは、それにバレー部の本人達はそんな事全く思っていない。あの時勝てていれば自分たちが準優勝、いや優勝していた自信があると思っているのだ。

でもそれほど悔しがっているバレー部の人に、隼人に、わたしは何を言えばいいのか分からない。下手に慰めの言葉をかけるのはきっと失礼だし、かと言って何も言わないなんてあまりに薄情だ。

お盆休みに入る前もバレー部は負けた試合を引きずらないように、あるいは忘れたいかのように練習に励んでいた。こんなに暑い中体育館に缶詰になったら、倒れる人が出るんじゃないかと心配だ。そんなのは余計なお世話だろうか。


「あっ、白石さん」


体育館のそばをウロウロする怪しい女子に声を掛けてくれたのは、隼人と仲のいい瀬見くんだ。その後ろにはマネージャーの女の子が居て、軽く会釈をしてくれたのでわたしも頭を下げた。


「隼人待ってんの?」
「うん…ごめん、ココ邪魔かな」
「え、全然。なあ、山形呼んできてやって」


瀬見くんが指示すると、後ろにいたマネージャーさんが「分かりました」と言って体育館のほうへ入っていった。なんという事だ、彼女に余計な仕事を増やしてしまった…というか今の女の子と瀬見くんは良い雰囲気だったのでは?わたし、お邪魔虫じゃん。


「なんかごめんね…」
「んーん。すぐ来ると思うから」


そう言って、瀬見くんは元々進んでいた方向へ歩いて行った。シューズやタオルなど全ての荷物を持っているから、既に練習は終わっているようだ。

夏休み中だと言うのに、隼人たちはこの時間まで毎日練習なのかと思うと気が遠くなりそうだ。お盆だけは休みがあるらしいけど、それでも寮を離れない選択をする人も居るとか。
一年の時も二年の時もそこまでしてきて、インターハイで負けて、相手チームは準優勝で、観ていただけのわたしもこれ以上無い悔しさだった。これまで頑張ってきたものは何だったの?という虚しさ。でも、まだ秋がある。そこに向けて頑張ってほしい。けれど、その伝え方が分からない。


「………はぁ」
「あ。溜息」
「わっ!?」


マイナスオーラしか放っていなかったわたしの背中に向けて、隼人の突っ込みが入った。隼人の前では暗い顔をしないようにと心掛けていたのに、いつの間にかすぐ後ろにいたらしい。


「は…隼人!」
「なにビビってんだよ、すみれが呼んだんじゃねーの?」
「そうだけど…」


言われたとおりあのマネージャーさんが隼人を呼んでくれたようだ。仕事が早い。早すぎて、まだ話す言葉を考えてなかった。
だんだんと自分たちの影が長く伸びていくのを感じて、早く何か言わなきゃと焦りが生まれる。だけど焦ってしまっては、まともな台詞なんか出てこないのだ。


「すみれ、しばらく会いに来ないんじゃないかと思ったわ」


タオルを回しながら隼人が言った。


「…どうして?」
「なんか一人で変な事考えてそうだから」
「変なこと?」
「んー。隼人が負けて落ち込んでたらどうしよう〜!?とか」
「う」


落ち込んでたらどうしよう、励ますためにはどうしよう、余計なお世話だったらどうしよう。そんな事ばかり考えていたけど、ひとまず練習終わりに会いに来れば何かは言えるだろうと思った。結果、何も浮かんでないんだけど。しかもわたしが考えている事なんてお見通しだったとは。


「落ち込んでないの…?」
「落ち込むわ。フツーに」
「……だよ、ね」
「稲荷崎に勝てば優勝いけたかも知んねーのに…まぁ分かんないけど」


隼人はタオルをぶんぶん回すのをやめ、そのまま自身の首にかけた。


「……くっそ悔しいなぁ」


それから足元にある小石を、もしかしたら小石なんか無かったのかも知れないけれど、とにかく右足で地面を軽く蹴った。
結果的にちょうどそこにあった小石がコロコロ転がってきてわたしの足元に止まる。それを目で追っていたわたしは、今、初めて隼人がわたしの前で弱味を見せているのだと理解した。


「………ごめん」
「あ?なに」
「わたし、来ない方がよかった」
「へ?」
「邪魔だね…」
「なんで」


わたしが考えていた事なんて上っ面の事でしかなくて、目の前の試合に勝てなかった悔しさをまだ引きずっている隼人には、とてもじゃないけど言えやしない。
でもそんな自分の不甲斐なさを心の中に仕舞っておくのは無理だった。涙と一緒に溢れ出てしまったから。


「だってわたし、心のどこかで、まだ秋の大会があるじゃんって思ってて…っ」


だから元気だして行こうよ、って言おうと思ってた。そんなに簡単な話じゃ無いのに。
もしかしたらこの失礼な考えについて怒られるかもと思ったけれど、隼人は怒らなかった。と言うより、わたしが急に泣き出したせいで困ってしまったようだ。


「泣くなよ…」
「ごめんなさい……」
「謝んのもダメ」
「……」


じゃあどうしたらいいの。聞き返そうとしたけど、声を出したら一緒に鼻水とか涙が出てしまいそうだ。
黙っておくか、声も鼻水も一緒に出すか迷うわたしを見て隼人は呆れたように笑った。それから、持っていたタオルをわたしの目元へ。


「次、絶対優勝するから」


そう言いながら、優しくわたしの涙を拭いた。タオルがちょっと湿っているのは彼の汗を吸っているからだろう。この汗の分だけ、悔しさをばねにして次の試合の事を考えているのだ。


「俺だってもう、負けんのなんか御免だからな」
「……うん」
「ほい!分かったら涙を拭く!」
「ハイ…」
「はーい拭け拭け拭けーい」
「いだだだ、いだっ」


タオルでごしごし擦られたら痛いんだって、前にも言った事があるのになぁ。その時は隼人と両想いなんだって分かって、感激して泣いちゃったんだっけ。懐かしい。あの時から隼人は優しくて、泣いてるわたしを元気づけるみたいに明るくて、そして最後は笑わせようとする。


「泣かせてゴメンな。次は笑わせる」


泣いてるのは隼人のせいじゃないのに、まるで自分の罪だとでも思っているみたいに。

白鳥沢は夏のインターハイ、全国出場はしたものの優勝には手が届かなかった。インターハイは毎年やって来るけれど、三年生にとっては二度と無い。最後の夏が終わって、次こそが正真正銘、全国制覇の最後のチャンスである。