20181016


自分が誕生日であるのを主張する事をやめたのは、他人よりも早かったと思う。
クラスの誰かが誕生日だと言えばそれはもちろん良い事だし、機会さえあれば「おめでとう」を言うつもりで居る。けれど、だからって自分はそれは要らない。あまり親しくない人に祝われても微妙だし、いちいち「ありがとう」と返すのが面倒臭い。家で行われる誕生日祝いもそろそろもう少し地味にして欲しいくらいなのに、クラスの人に祝われるなんてのは。


「孤爪くん、誕生日おめでとう!」


…と思っていたのに俺の平穏な誕生日は打ち砕かれた。教室に足を踏み入れた途端、クラスメートが大きな声で祝ってきたのだ。
おかげさまでクラス中の視線を集めてしまったのは言うまでもない。けれど祝われた事を無視は出来ない。だから困りものなのだ、誕生日というのは。
それに、話しかけてきた人物がまた特別な人だった。


「ありがと…」
「何歳になったの?あっ、同じか!」
「…白石さんが留年でもしてない限りは同い年だと思うよ」


この白石すみれという女の子は、俺のもっとも苦手とするタイプのひとつ「天真爛漫」に属する人間だ。ちなみに他には「熱血」「生真面目」などが苦手な属性として挙げられる。
中でも「天真爛漫」は厄介で、どれほど俺のテンションが低くともお構い無しで話を進めていくのだ。


「家族には祝ってもらった?」
「それは今夜かな…たぶん」
「そうなんだね!そりゃそうだよね!チームメイトには?」
「一応声はかけられたよ」
「へえ!やっぱり部員の人って、みんなの誕生日覚えてるのかな!?」
「どうだろうね」


けれど、それでも俺が彼女のハチャメチャな会話に付き合う事にはそれなりの理由が存在する。

ゲームの中には時々、敵と見せかけて後々味方になるキャラクターが出現する。逆も然り。白石さんは一生関わることの無い、相入れることの無い人だと思っていたけれどそうじゃ無かった。
パーソナルスペースを無視し、簡単に俺の世界に入り込んでくるのに、偶然何も無かったその場所を狙っているかのようにフィットしてしまうのだ。

ただ、今日が俺の誕生日である事をクラスじゅうに知れ渡る声で言うのだけは勘弁である。誕生日なんだ、おめでとう、とすれ違いざまに何人かに言われて、ありがとうと返す羽目になってしまった。まあ、いいんだけれども。


「せっかくだから何かプレゼントしようか?」


天真爛漫な彼女は俺の気持ちを無視して、歌うように話を続けた。
ゲームをしていると必ず場面に合った音楽が流れてストーリーの演出をする。白石さんの声は頭にすっと入り込んで、教室内のざわめいた音が俺の耳に入る前に調和しているのだ。白石さんは俺のBGM。彼女の声を聞くのは苦ではない。例え話の内容がちょっと首を傾げるようなものだったとしても。


「要らない。欲しいもの無いし」
「本当?新しいゲームソフトとかは?」
「くれるの?」
「やだなぁ!あげないよ!」


ベシンと俺の肩を叩きながら笑う姿でさえなんとなく癒しの効果があるのだから、俺は彼女の職業を僧侶に設定しようと思う。ちなみに最初は「遊び人」としていた。誰彼構わず笑顔を振りまく尻の軽い人種だと思っていたからだ。
でも、どうやらそうじゃない。だから俺にとっては心地がいい。しかし明確な答えは得られていない。それもゲーム好きの俺にとってはそそられる要素だ。


「他に孤爪くんの欲しいものがあれば」


白石さんは執拗に、俺への誕生日プレゼントを何にすれば良いか聞き出したいようだった。そんなに簡単に答えられるわけがない。


「欲しいって言ったらくれるの?」


俺が欲しいのはきみの心なんだけど。と、くさい決め台詞を言えるはずもなく。恋愛ゲームにだってそんな馬鹿げた台詞は出てこない。生憎ここは現実世界で、教室の中だ。


「物によります」


どうしても俺に何かを寄越したいらしい彼女は、更に探りを入れてきた。物による、だなんて選択肢を広げるようで狭める一言だ。やはり白石さんは「遊び人」なんかでは無い、もっと賢さのステータスが高いキャラクターである。


「………考えとく…」


とっておきの逃げ台詞を告げると、白石さんはにっこり笑って頷いた。そして、何でもいいからね!と俺の机を叩き自分の席へと戻って言った。
また選択肢を広げられた。いくら広げたり狭めたりしても俺の心は決まっているのに。けれど果たして今、優位に立っているのは俺か彼女かまだ分からない。





結局、心理ゲームの勝敗は決まらないまま放課後を迎えた。白石さんは時々俺の席までやって来ては誕生日の話をしたり、全く関係の無い話をしたりしていたけれど。その都度俺の心を開かせようとしていたのだろうか。


「ちゃんとクラスメートに祝ってもらったかぁ?」


練習が終わるとクロが余計なことを聞いてきて、ちょっとうんざりした。俺の扱いに慣れすぎている幼馴染は時々うざったい。鬱陶しさと心地良さが共存している厄介なやつなのだ。


「研磨にクラスの友達が居るのか心配で心配で」
「うるさいな…」
「そう言わずに。ホイこれ皆から」


クロは鞄の中から何かを取り出した。かさ、と乾いたビニール音。クロの手には都心にある電気屋の袋があり、その中から四角い箱が現れた。俺が好きなゲームシリーズの新作だ。これにはちょっぴり心が躍った。


「……ありがとう」
「どういたしまして」
「よくこれが欲しいって分かったね」
「虎にリサーチさせたからな」


そういえばここ最近、虎が勝手に俺の鞄を覗いたり画面を覗き込んだりしていた気がする。邪魔だ邪魔だと何度か小突いてしまったけど、この為だったのか。邪魔だったのは事実だから謝らないけど。
代わりにありがとね、と虎に告げてから、受け取った袋を鞄の中に詰め込んだ。


「やらねえの?新作なのに」


クロや他のみんなは俺が早速それを開けて、オープニングムービーを眺めながら帰宅するものだと思っていたらしい。そういえば俺はいつもそうしていた。手に入れたゲームは所構わず開始してしまうのだ。
けれど、なんとなく今日はそういう気分じゃなくって。


「……後で」
「ふうん、珍しい」


だって今は、他にも攻略しなきゃならないゲームがあったような気がするのだ。答えの無いものを探すのは難しい。いや、正確にはきっと答えはあるのだが、その分岐点で待ち構える女の子が難関だ。俺のもっとも苦手な属性「天真爛漫」なのだから。


「あ………」


そして、彼女はそこで待っていた。日が落ちるのもすっかり早くなった十月中旬だと言うのに、この時間にバレー部の部室のすぐ前で。


「誰?」


後ろから出てきた他の部員全員が思っていただろうけど、口にしたのはクロだった。答えたくない。けど、答えなくてはならない。


「…クラスメート」
「ただのクラスメート?」
「………」
「わかったわかったよ、先帰ってるからな!」


俺が怒るのを分かっているくせにクロのやつは、余計な一言を言わなければ死んでしまう病気なんだ。幸い残っていたのはあと数名だったので、ひと睨みで全員を帰らせる事が出来た。


「なんで居るの?」


俺は部員達の姿が消えるのを見届けながら言った。視線を向けなくともここには既に、俺と彼女の二人しか居ないから。


「だって孤爪くん、何が欲しいか考えるって言ったのに教えてくれないんだもん」


白石さんはさも当然のように口にした。あんなの、あの場をやり過ごすために言っただけの事なのに。


「…あんなの冗談だよ」
「嘘!なにか欲しそうな目してた」
「してない」
「しーてーたっ」


通り道を塞ぐように白石さんが前に出て、俺の顔をのぞき込む。あーあ、自分が顔に気持ちが出るタイプの人間じゃなくて良かった。


「教えてよ!欲しいもの」


どうしてもそれを聞かなければ動かないとでも言いたげだ。彼女を動かす魔法の言葉を言わなければ。
でもその魔法は習得できていない。スペルは確かに分かるのに、使いこなせる自信が無いなんて情けないものだ。


「…どうしてそんなに他人の誕生日にこだわるの?」


俺は時間稼ぎの作戦に出た。こうすれば白石さんからも情報を引き出すことが出来るかもしれない。
それにこれは、単純に気になっていた事だ。俺は他人の誕生日なんか興味が無いのに、白石さんは俺に何度も何度も聞いてくる。この子も何かの病気だろうか。生きとし生けるものに誕生日プレゼントを与えなければ死んでしまう病?


「他人の?…そう見える?」
「見えるから聞いてる」
「誰にでもプレゼントをあげるわけじゃないよ」


ひとつめの情報が出た。俺の会話の成果だと思いたいが、そうでは無さそう。


「こだわるのは、孤爪くんの誕生日だからだもん」


ふたつめの情報でハッキリしたのは、彼女がわざと俺に情報を与えているという事だ。俺の成果では無い。主導権は握られてしまったかもしれない。


「…俺なんかの誕生日にこだわるなんて、白石さんてレアキャラだね」
「そりゃあね。レアじゃなきゃ困るよ」
「なんで?」
「みんながみんな孤爪くんに興味津々だったら、ライバルが多すぎるでしょう」


この情報漏洩は故意、それとも裏があるのか、どちらにしても答えは見えた。そこに辿り着くまでに見えない落とし穴が仕掛けられていなければ。


「…それって謎解き?」


落とし穴には落ちたくない。俺は足を踏み出さないまま聞いてみると、白石さんもその場に立ったままで言った。


「解いてみる?」


私も落とし穴に落とされるのは御免だよ、と言っているかのようだった。こんなゲームは初めてだ。


「…白石さんも当ててみてよ。おれが欲しいもの」


自分だけが落とし穴やトリックを仕掛けているわけじゃない。俺は今できる精一杯の力で仕掛けを張り巡らせて、彼女の様子を伺った。少しの動揺でも見つけることが出来れば良かったんだけど、頑丈な白石さんは微動だにせず求めてきた。


「ヒントくれないの?ゲームみたいに」
「ヒントは散らばってるよ。今までの会話の中に」


どうだ少しは困ってみろ。その思いがやっと通じて、白石さんは黙り込んだ。けど、まだ負けを認めないらしく。


「…謎解きのつもり?」
「先に謎解きを仕掛けたのはそっち」
「なるほど。でもね私、もう解けちゃったかも」
「あっそう。おれも解けた」
「本当?」
「ゲームでは負けないから」


これで白石さんがぐうの音をあげればゲームセット、めでたく俺は今日貰ったゲームに取り掛かることが出来る。いったいどんな言葉で降参してくれるのか、しばらくは睨み合いが続いた。「睨み合い」と言っても、どちらも眉間にシワなんか寄せちゃいないけれど。
早く言ってよ、そこに見えてる魔法の言葉を唱えてご覧。目で訴えるとようやく白石さんの口が開いた。


「私も負けないよ」


しかし、彼女の口から魔法が囁かれることは無かった。
簡単にそれを口に出来ない理由は俺と同じなのだろう。そうでなくっちゃ、俺はぞくりと肩を震わせた。思いどおりに行くだけでは楽しめないことを、この子も知っているんだ。


「…いいね。難しいゲームのほうが好き」


気付けば俺は笑ってて、先程まで落とし穴のあった場所へ足を踏み出した。白石さんも俺の仕掛けた罠が解かれた事に気付いて、私もそっちのほうが好き。と歩み始めた。
これはなかなか難しいゲームに嵌ってしまったかもしれない。クロやみんなには申し訳ないけど、貰ったゲームで遊ぶのはもう少し先になりそうだ。

Happy Birthday 1016