August 15th , Wednesday


お盆休みは特別だ。普段寮生活をしているバレー部の生徒は、お盆の三日間だけ帰省の時間を与えられる。わたしも県内の実家に帰ってのんびり過ごしたけれど、気持ちはあまり休まらなかった。だって帰省している間は、瀬見さんに会う事が出来ないからだ。

基本的にはほとんどのメンバーが実家で過ごすので、地元の知り合いと会ったりする事もあるだろう。わたしは高校に入ってから瀬見さんと出会ったし、万が一地元に彼女が居たりなんかしたら?地元に瀬見さんを狙っている女の子が居たら?と、そんな心配が尽きないのであった。呑気なもんである。


「すみれ、これ皆さんに配っといてね」
「どれー…って、重っ!」


実家から白鳥沢学園に戻るため、お父さんの車に乗り込む時に大きな箱を渡された。ずっしりと重いそれは桃のようだ。
普段世話になっている学校の人に渡せというのは分かるけど、帰省の荷物を抱えた娘に桃の入った箱まで持たせるなんて過酷だな。
でも、箱の中のうちひとつくらいは丸ごと食べても文句は言われないだろう。わたしは桃が大好きなので、箱ごと持っていく事にした。

お父さんと会話をしながら車で一時間弱ほどだろうか、第二の家である白鳥沢に到着した。
三日前までここに居たのに久しぶりの気分。まだ寮から近い入口には人の姿は無い。早めに着きすぎたようだ。


「ちゃんと飯食えよー」
「分かってるもん」
「全部運べそう?」
「んー…いや…」


普段は特に問題ないけど、今回は最後に追加された桃の箱が問題だ。ここに置きっ放しにしてもう一度取りに来るか、お父さんに寮まで運んでもらうか。でも、そうするなら車を別の場所に停めなくてはならない。娘に持たせるんじゃなく、宅急便で送ってくれればよかったのに。


「あれ、白石」


その時である。このタイミングを完璧と呼ぶべきかは正直分からないが、なんと瀬見さんが近くを通りがかったのだ。


「…瀬見さん!」
「戻ってきたんだ。おかえり」
「た、だいまでっす!」
「誰誰?」


お父さんが小声で話しかけてきた。好きな人を親に紹介するなんて変な気分だ、もちろん好きって言うのは内緒だけれども。
瀬見さんからは隣にいるのが父親だと丸わかりなので、背筋がいつもよりもピンとなっていた。


「えっと、バレー部の先輩!瀬見さん。すみません、こっちはうちのお父さんで…」
「おお。娘がいつも世話になってます」
「えっ!?いや、こちらこそお世話になってます」
「そそそそんな頭下げなくていいですって!お父さんもういいから帰ってっ」
「ああ…けど桃は?運べる?」


そうだった!重たい桃をどうするかで悩んでいるところだった。やはり一人で運ぶのは難しそうなので別の案を提案しようとすると、肩身の狭そうにしている瀬見さんが一言。


「よかったら俺、手伝いますよ」





恥ずかしい、とても恥ずかしい。お父さんは絶対この事をお母さんに報告するだろう。メールで茶々を入れられなければいいのだが。
結局、瀬見さんが桃の入ったダンボールを持ってくれることになったのだ。


「……スミマセン。お恥ずかしいところを」
「いや?親ってあんなもんだろ」
「そうですかねえ…」
「実家どうだった、ゆっくりできたか?」


歩きながら瀬見さんは会話を途切れさせる事なく質問してくれた。こういう所が本当に優しいなと感じる。学校に戻ってきて早々会えるなんて、しかも二人きりになれるなんてラッキーだ。


「そうですね、結構ダラダラしちゃいました」
「だよなあ」
「瀬見さんも帰ってたんですか?」
「ウン。一泊だけ」
「それだけ?」
「じっとしてられなくてさ」


その「じっとしてられない」が何を意味するのかすぐに分かった。素直に休暇を取るんじゃなくて他の人よりも多く練習していたのだ。


「…もしかして、…」
「内緒な。若利にまた怒られっから」
「ハ、ハイ」


どうやら当たりだ。そして彼の言い方だと、牛島さんに過去にも怒られた事があるように聞こえる。それはきっと遠くない過去で、今話題にするのは控えた方が良さそうだ。

お盆休みの前、白鳥沢はインターハイに出場した。その頃には瀬見さんの捻挫はほぼ治っていた。しかしコートに立っていたのは瀬見さんではなくわたしと同学年の白布賢二郎で、インターハイでは結局瀬見さんに出番が回ってくる事は無かったのだ。
治りたての怪我で無理をさせないようにという監督の考えだったかも知れないけど、理由はきっとそれだけじゃない。白布くんの試合運びが白鳥沢というチームに抜群に合っていたのだった。
結局優勝は出来なかったものの、白布くんは瀬見さんが捻挫しているうちにチームに溶け込み、正セッターの座を手に入れたのである。


「…桃、お好きですか」


無理やり明るい話をするために、わたしはこんな質問をした。桃が好きかどうかという会話で明るくなるかは謎だったけど。幸い瀬見さんは頷いてくれた。


「桃?うん。ちょー好き」
「じゃあそれ、一個あげます!」
「え」


瀬見さんは戸惑いながらダンボールを見下ろした。沢山入っていて重いとはいえ、さすがに五十人を超える部員にひとつずつ配れる数は無い。切った桃を皆で分けてもらう事になるだろう。でも、瀬見さんには丸ごとあげたい。


「いいの?全員分無いだろ」
「手伝ってくれたお礼に…」
「けど」
「あと、」


あなたはわたしにとって特別だから。
と言うのは引退まで取っておかなければならない。瀬見さんか白布くんのどちらかに肩入れする事は出来ないから。でもせっかく二人きりの今、少しでも爪跡を残したかった。


「秋の大会、頑張って欲しいです。から」


どうか好きな気持ちがバレませんように、ただのマネージャーからの言葉として受け取ってくれますように、でも少しはわたしを気にしてくれますように。
なんという我儘なのだろうか。自分の事しか考えてない愚か者のわたし、本当に最悪だ。でも、真っ白な心を持った瀬見さんはわたしの葛藤なんて知る由もなく。


「…後輩に気ィ遣われるなんてなあ」


と、苦笑いをしていたのだった。わたしがスタメンを取られた瀬見さんをフォローしていると思われたらしい。勿論その気持ちはあるけど、今のはそういう意味じゃ無かったんだけど。

やがて女子寮よりも手前にある男子寮に到着したので、ダンボールごと部員の皆に配ってもらうように頼んでおいた。瀬見さんは最初遠慮していたけど、女子マネージャー三人だけでこれを消費できるとは思えない。


「…じゃあコレ、ありがたく貰っとく」
「はい、どうぞ」
「残りは男子寮の冷蔵庫入れといていいか?」
「もちろんです!」


もしも瀬見さんが望むなら、全部食べてくれたっていいけれど。桃を食べるたび、わたしの事を思い出してくれるかも知れないから。なんて考えていると、瀬見さんが「じゃあな」と寮の中に入って行こうとするではないか。


「せ…み、さん!」
「んー?」


思わず呼び止めた。ここで二人の時間を延ばしたからって、わたしに言える事は無いというのに。言えるとすれば全てが終わってからだ。その予告をするぐらいなら許されるだろうか?


「春高が…終わったら、ですけど、時間もらえると嬉しいんですけどっ」


男子寮の入口で、自動ドアが開閉する音が響いた。振り向いた瀬見さんが目を丸くしてその場に突っ立っているからだ。
どうしよう、やっぱり余計な事言ったかも。告白はちゃんと落ち着いて、言う台詞も決めておこうと思ってたのに。もう少し話していたいって思ったら頭が真っ白になってしまった。今の絶対勘づかれた。練習以外の事にはあまり頭を使って欲しくないのに、わたしの馬鹿野郎。


「いいけど…半年先かあ。覚えてられっかな」


ところが、良いんだか悪いんだか、瀬見さんはまたもやウーンと苦笑いしながら言った。そっちの心配ですか。瀬見さんに意味が伝わってなかった事もちょっと悲しいし、予想もしない返事だったので気が抜けた。
そうしたら黙り込んだわたしを見て、瀬見さんはぷっと吹き出した。


「嘘嘘。春高終わったらな!」


覚えとくからな、と言って今度こそ、瀬見さんは自動ドアをくぐって寮の中へと入っていった。
今、約束できた?もしかして。春高バレーが終わったら二人で話す時間をくれると。わたしに告白のチャンスをくれると?いや、瀬見さんはわたしが何を話そうとしているのかなんて気付いてないかも知れないが。とにかく機会を与えてくれる事は確実だ。


「……あっついなあ…」


まだ八月十五日の昼過ぎだ。瀬見さんは午後からもまた、牛島さんに見つからないよう自主練をするのだろう。まだまだ彼の夏は終わっていない。このまま引退してなるものかという瀬見さんの気持ちは、そんな瀬見さんへ抱くわたしの気持ちは、照りつける太陽のように熱い。