November 10th , Saturday


顔を見るたび、声を聞くたびわたしは白布賢二郎を好きになる。
彼の所属するバレーボール部の試合を観ればその気持ちは爆発し、わたしのテンションは最高潮に達すると思っていたのだが。
白鳥沢のバレー部は県予選の決勝で負けてしまった。二週間前の土曜日の事である。


「…ぐぇっ、苦し」
「我慢我慢」


今日は学園祭の前日だ。学校の授業は休みだけれども、各クラス出し物の仕上げに追われて大忙し。うちのクラスも明日、シンデレラの劇をするという事で最後の衣装合わせが行われていた。
わたしはシンデレラの意地悪な姉役(はまり役だと白布くんに言われた事は納得していない)で、舞踏会のシーンで着るというドレスの試着中。


「もうちょっと緩められませんかね…」
「いいけど、他の子みんな細いんだよ?」
「うう」
「すみれも別に太くは無いけどさ、せっかくの舞台なんだし!」


と、言いながら友だちはドレス背中部分の編み上げを思いっきり引っ張った。またもやオエッと言いそうにいなるのを堪えつつ、この苦痛が明日もやってくるのかと思うと溜息が出そう。
主役じゃないんだから適当でいいのに、貸衣装屋の親戚が居るというクラスメートが張り切って色々なドレスを借りてきたのだ。


「できたぁ」
「超苦しいんだけど…」
「でもウエスト超細く見えるよ」
「マジ?うわ、すごい」


用意された鏡を見ると、思っていたよりはマシな姿に仕上がっていて驚いた。
こんなにウエスト細かったっけ?そんなはずは無い。締め付けられているおかげだ。この細さは、お腹の苦しみの代償として得られるものなのだ。友だちも横からわたしを見て感心している。


「コルセットって凄いよねー…あ!白布くん」
「え」


びくっと身体が反応した、とは言えかなり苦しいので動きはぎこちなかっただろうけど。
友だちの視線の先には教室の入口があり、そこに白布くんたちバレー部が立っていた。


「お疲れー今日は練習は?」
「みんな学祭の準備があるから、今日は午前中だけ。何かやる事ある?」


どうやらバレー部の練習は終わったらしい。いよいよ明日が学園祭だから、体育館内で行うイベントの用意もしなきゃならないのだろう。
そんなわけで白布くんは何か仕事を探していたが、友だちが両手を振りながら言った。


「今は大丈夫!すみれの相手でもしといて、練習まで暇そうだから」
「は?」
「え!?」


彼女はきっと機転を利かせたつもりだろうけど、わたしと白布くんは同時に戸惑いの声をあげた。が、そんなのは無視して別の子の衣装合わせに寄っていく友だち。
結果、舞踏会の衣装を着たわたしと白布くんの二人きりが教室の隅っこに取り残された。


「…暇なんだ?」
「いや…」


練習まで暇、と言った友だちの言葉を繰り返す白布くん。暇かと言われて素直に頷くのも気が引けるけど、よく考えたら今は確かに暇である。


「…もう少ししたら衣装着て舞踏会のシーン通すから、それまでは…暇…だよ」
「フーン」


そう言って白布くんは壁に背中を預けた。教室内の慌ただしい様子を見渡して、そしてわたしの衣装をじろりと見ている。どうしよ。ドレス姿なんて恥ずかしいぞ。
でも白布くんのほうは、涼しげな表情のまま言った。


「練習は何時から?」
「一時半からって言ってた」
「そっか。じゃあちょっと付き合えよ」
「はい?うわ、っととと」


わざと少し間を空けて立っていたのに、白布くんが身体を起こしてわたしの腕を引っ張った。そして、歩きづらくて仕方ないと言うのにそのまま廊下へ連れ出そうとするではないか。


「どこ行くの、っていうか歩きにくい」
「黙ってついて来て」
「ええ…」


そう言われましても、と教室内をチラリと見ると皆わたしたちの事なんて見てなかった。シンデレラ役のクラス一可愛い女の子がドレス姿になったのを、皆で感激しているところのようだ。

だからわたしたちは誰にも気付かれることなく教室から出て、白布くんのうしろを付いていく事になった。廊下にいる他のクラスの人たちには「なんでドレスなんだ」という目で見られたけど。


「あのー…白布くん?」
「お前やっぱり俺に気遣ってるだろ」
「え!」


学園祭前のこの時間、誰も使用していない生物室まで連れてこられた。そしてドアを閉められた途端に言われたのは、返答に困る事ばかり。


「前までしつこいくらい話しかけて来たくせに、試合以降スルーしてるよな」
「そ…う…かな」
「負けたからって俺が落ち込んでるとでも?」


彼はまくし立てるように言ったが、無理もない。わたしはあの日、白布くんの応援に行き、敗北を見届けた時から彼を避けるようになってしまったのだ。負けた時はわたしもショックだったし、何よりいつも強気だった白布くんになんと声をかけていいか分からず。
それにわたしのような脳天気な人間が迂闊に話しかけてもいいのか、話しかけるだけで気分を害するんじゃないかと思っていたから。


「…ごめん。失礼だよね、態度変えるなんて」


でも、そんな心配すら白布くんはお気に召さなかったようだ。


「でもわたし、余計な事言っちゃうかもしれないから…時間が経つまで触れないでおこうかと」
「時間が経つまでっていつ?」
「いや…期日は設けてオリマセン」
「設けろ」
「ええ!?」


期日って必要?というか設けるにしても、わたしが決める事じゃない気がするのだが。
わたしが悩んでいると白布くんは大げさな溜息をつき、腕を組んで仁王立ちした。


「…じゃあ俺が言う。もうそんなの要らない。前みたいになれよ」


めちゃくちゃふんぞり返って言うので、一体何を言われているのか分からなくなった。


「前みたいにって…?」
「…だから!前みたいにウゼーくらい話しかけてこいよって事!」
「う、ウゼーくらい?」
「ウゼーんだよ!いつもいつも」


そう言いながら白布くんは、組んでいた腕を広げて怒鳴っていた。
怒鳴っているけど怖くはない。ただただ疑問が増えるばかり。わたしのことが「ウゼー」のに、その「ウゼー」状態に戻れと言う。ウゼーならわたしと関わるのは止した方が良いんじゃないか、イヤミではなく。
でも、言うだけ言って息を荒くしていた白布くんは、今度は悩ましげに頭をかいていた。


「…けど、放っとかれると調子狂う」


ウザイという事はわたし、彼に近づかないほうが良いかしら。と思った矢先の事だった、白布くんがいつかのように頬を染めて、絞り出すような声でぼそぼそと言ったのは。


「……白布くん」
「何」
「…まさかとは思うんだけど…あの…違ったら言ってほしいんだけど」


わたしは白布くんの事が好き。白布くんの事なら多少は盲目になっていると思う。でもこの白布くんの態度、いくら都合よく考えないように努めても答えはひとつしか無いのでは?


「白布くんって、わたしの事が」
「うるさい」
「早っ」
「それ以上喋んな」


白布くんの手がわたしの口元をガッチリと覆った。喋れない。細い指してるくせに握力が強い。わたしの顔、ブニュッと歪んで超ブサイクになってるんですけど。


「…悪いかよ」
「ん?」
「悪いか!好きだよ。文句あるか!?くっそ似合ってんだよ今着てる衣装だって!」


わたしの顔の下半分を掴んだまま、白布くんが怒鳴り散らした。言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だ。やっとの思いで手を離してくれたところで、白布くんに念のため確認した。


「…いまの…告白!?」
「告白じゃなかったら何なんだよ」
「いやいやだって暴言なのか告白なのか分からなかったし」
「どう考えたって告白だろ!好きだっつってんだろが」


白布くんはまたもやわたしに向かって怒鳴ったが、やっぱり全然怖くはなかった。顔は真っ赤で表情は崩れていて、声も少し震えていたし、言い放った瞬間に白布くんは空気が抜けたように大人しくなったからだ。


「…悪い。」
「ううん…」
「俺…なんか…変なんだよ。いつもはこんなに興奮する人間じゃないのに」


すると、大人しくなったばかりなのに思いっきり彼自身の頭をわしゃわしゃとかき始めた。


「…白石の前だとおかしくなる」


その表情が悩ましげで、自分じゃ原因が分からないみたいで、失礼だけど笑いそうになってしまった。白布くんって会った時から全然変わっていない。いい意味で。


「……知ってる。」
「あ?」
「白布くんって、わたしにだけ態度がきついよね」
「……」
「でも、わたし、それが好き」
「…はい?」


先程まで弱々しかった白布くんの目が見開かれた。わたしのことを頭のおかしい女だと思ってるような目だ。でも今更そんな顔されたって何とも思わない。


「白布くん、虚勢張っちゃってるけど本当は色々考えて行動してるところとか。わたしにだけ口が悪いところとか」
「マゾか」
「はは、そうかも」


きっとわたしはマゾなんだ。白布くんへの想いが一生実らなかったとしても、強気な姿勢と態度にいつだって惚れ惚れしていたんだから。


「白布くんに会った時から、そういうとこ全部好きになっちゃった」


彼は覚えているだろうか。二年に上がってすぐに、小学生の男の子を助けた日の事を。男の子のお母さんがお礼をしに来た時、自分は受け取らずにわたしの手柄にしようとした事を。それら全部がわたしにとっての王子様的要素に過ぎなかった。

白布賢二郎はこのクラスで最も王子に相応しい人物だ。でも、委員長には悪いけど、やっぱり白布くんにシンデレラの王子様役なんてやらせるわけには行かない。裏の顔はこんなにも口が悪くて可愛くて、そして格好いいなんて、こんなの他の人に見せるわけには行かないのだ。