October 23rd , Tuesday


時は過ぎて本格的な秋の訪れ。一学期は中間テストで必死に勉強したりとか、プールの授業で帽子を裏表逆に被って大恥をかいたりとか、あれから色んな事があった。
「あれから」とは四月に白布くんと出会ってから、という意味。
つまりわたしが白布賢二郎という男の子に恋をしてから、すでに半年が経過したという事である。


「じゃあ出演者は舞台使わせてもらおう!」
「はーい」


放課後のクラス内に響き渡った、学園祭実行委員の声。
来月はいよいよ白鳥沢学園の学園祭が行われる。わたしたちのクラスは演劇をする事になったので、本番一カ月前を切ってからは大忙しの状態だ。しかもわたし、その劇に出る事になっちゃってるし。「シンデレラ」に出てくる意地悪な姉として。


「衣装係の人はそのまま作っててほしいのと、あと…あ!バレー部もう行っていいよ」


実行委員の子が言った。白布くんと、ほか数名のバレーボール部男子に向けてだ。


「…ごめん。じゃあお先」
「お先っす」
「頑張ってねー」


白布くんたちはクラス内に会釈をしながら教室を出た。
白布くん、もうすぐ試合だもんなあ。ガンバレって言ったほうが良いよなあ、でも昨日の夜『頑張ってね、応援いくね』とメールをしても『好きにすれば?』しか返ってこなかった。あまり試合前にうるさく声をかけられるのが好きじゃ無かったりして。


「い…ってらっしゃい」
「うん。そっちも」


わたしもバレー部とは別の体育館の舞台で練習をするためにちょうど教室を出たところだったので、入口のところでバッタリ出くわした。
その時なんと声をかけていいか分からなくなって、いつもなら「白布くん!今日も頑張って!」なんて言うんだけど今日は他人行儀な挨拶をしてしまった。白布くんからも素っ気ない返事、まあこれはいつもの事なのだが。

大事な試合前だしどうせ本番は応援に行くし。その時に客席から思い切り応援しよう。わたしの声は周りの音にかき消されて届かないだろうし。それより今は来月に控えた学園祭の練習だ。


「本当はさー、王子役は白布くんあたりが良いなって思ってたんだよね」


シンデレラの出演者達を率いながら、学園祭の実行委員長がこんな事を言った。

わたしの目が突然ギョロッと丸くなった。正確にはわたしの隣を歩く友人がギョッとした顔でわたしを見て、わたしの顔を見た瞬間にもっとギョッとしていたから、きっとわたしの目がギョロッとしていたのだと思う。友人はわたしの白布くんへの想いを知っているから。
しかし委員長はそれを知らない。


「どう思う?白石さん」
「え!あー、うん、えー」
「そこそこ身長あるし、王子様っぽいじゃん」


よく分かっていらっしゃる。そう、白布くんはバレー部と並べばそんなに目立たないけれどクラス内男子の平均よりは高いのだ。それにあの凛とした落ち着いた佇まいに色素の薄い肌や髪、物語の王子様としては充分な素質を持っている。

でも、ほかの女の子も彼の魅力に気付いてしまっているなんて。どうしようもないモヤモヤした気持ちが生まれてしまった。だから卑怯だけれど、白布くんのマイナス部分をプレゼンしてしまったのだ。


「…そうかな。白布くんって口悪いよ」
「そうなの?」
「うん」


だって初対面の時なんか、小学生の男の子を助けるためとはいえ、わたしへの言葉遣いは相当冷たかった。それ以降もわたしと話す時は眉間にしわを寄せているし、嫌われちゃってるのかなと思ったけれどそんな様子はなく。…好かれているとも思えないけど。

でも、とにかくそんな無愛想で口の悪い男の子が王子様だなんて似合わないでしょう?絶対白布くんじゃないほうがいいよ!と、わたしは自分の気持ちとは正反対の訴えをした。


「全然そうは思わないけどなあ?白布くんは優しいよ」


それなのに委員長は首をかしげながら歩いていた。
あれ、何で?もしかして白布くんってわたしにだけ冷たく接しているのだろうか。もしかして他の女の子には優しいとか?本当に王子様のような振る舞いをしている…とか?





それからはバドミントン部が使用する体育館の舞台を借りて、シンデレラの練習をした。
わたしの出るシーンは所々にあるけれど、今日はシンデレラと王子様のところを徹底的にやる事に。舞踏会のシーンではわたしも端っこに立って主役のふたりを見ていた。
あの王子様が白布くんだったなら、わたしはこうして冷静に見ることが出来たろうか。きっと無理だ。


「はー…疲れた」


主役以外はいったん解散になったものの、わたしも踊りの練習で結構身体を動かした。貴族が踊るようなダンスなんて難しい。
普段使わない筋肉を使ったので、クールダウンも兼ねて遠回りして歩きながら教室に戻ろうとしていると。


「あっ」
「あ?」


知らないうちに、いや無意識にここに向かっていたのだろうか、練習の休憩中らしき白布くんがそこに居た。


「…何でこんなとこ来てるわけ?」
「え…ええと。こっちの練習、わたしの出番は一段落したから…」
「ああイジメっ子の役」
「シンデレラの姉だってば」
「はまり役じゃん」
「ひっど」


白布くんはいつも通り優しくはないけど、意地悪く笑いながら話していた。やっぱり嫌われているとかでは無い、よね?


「…さっきね、イインチョーがさ、白布くんがバレー部じゃなかったら王子様やってもらいたかったって言ってたよ」


あの委員長の言葉がどうしても心に残ってしまい、ついつい白布くんにもそのまま伝えた。白布くんの意向を知りたかったから。「喜んでやりたい」なんて言われたらショックを受けると分かってるのに。


「…んだそれ。絶対やりたくない」


白布くんお願い、断って。女の子と密着してダンスを踊るような、恋に落ちるような役は嫌だと言って。その願いが届いたのか元々そういうのが苦手なのか、白布くんは思いっきり嫌そうな顔をして言った。


「ほんと!?」
「舞台に立つとかガラじゃないし」
「そっか…」


なんだ、よかった。どうせ白布くんはバレー部だから王子様役が回ってくる事は無いにしても、ホッとしてしまった。


「何でそんな気の抜けた顔してんだよ」
「えっ、」


白布くんは顎を上げてわたしを見下ろしていた。うわあ変な顔だと思われた。


「……これはホラ、あれだよ…べつになんでもない」
「なんだそれ」


わたしのことを鼻で笑ってみせると、白布くんの手元からガサッと音がした。全然気づかなかったけど、何やら袋を持っていたらしい。


「これ食って気合入れれば?」
「どれ…わっ」


ビニール袋の中からはいくつかののど飴が現れて、どれもこれも薬用っぽい全然美味しくなさそうなやつだ。


「なにこれ。…のど飴!」
「すっぱいやつな」
「目が覚めそうなやつ?」
「超覚める。皆に配っといて」


と、言いながらビニール袋を押し付けてきた。もの凄いしかめっ面で。


「…白布くん、今も照れ隠ししてる?」
「あ?」
「学園祭、興味無さそうなフリしてるくせにこんなこと」


わたしはそれを受け取りながら聞いた。だって白布くんは、あまりクラスのために何かをするような人には見えない。学園祭も部活だから仕方ないとはいえ演劇の話に参加してこないし、ホームルームでの学園祭の話し合いでも無言である。
が、今の白布くんは、なんというか饒舌であった。


「…俺はバレー部だからって理由だけで、全部免除されてるから。そんなのフェアじゃないだろ、他の部活のやつは準備に参加してるのに」


ぽりぽりと鼻をかきながら、わたしとは目を合わせないようにして言うその言葉。やっぱり照れ隠しの動作だ。そして、白布くんはそんな事を考えていたんだ。ますますわたしの心を揺さぶるような素晴らしい事を。


「…ふうーん?」
「何だよその顔」
「いいえー?」
「気持ち悪い」
「ふふふ」
「今の絶対言うなよ誰にも」


吐き捨てるように言うと、白布くんは踵を返してバレー部の体育館へ戻っていった。


「言わないよ。絶対言わない」


言えるわけがない。言いたくもない。今の顔はわたしの記憶にだけ残しておきたい。白布くんのいいところ、わたしだけが知っておきたい。
例え一生片想いのままだとしても、わたしはあなたの強気な姿に惚れたのだ。その顔の裏にある、ちょっと恥ずかしがり屋で意地っ張りなところとか。決してわたしに弱い姿を見せないところとか。もう本当に、白布くんのことが大好き。