April 11th , Wednesday


白布賢二郎との初対面はとても最悪だった。一昨日の朝、道端で体調を崩している小学生を助けてあげた事自体は素晴らしいと思うけど。その小学生に対しての振る舞いも立派だと思うけど。隣に居たわたしへの指示もとても的確だったと思うけど!


「白布、白石は終わったらすぐ職員室に来るように」


あれから二日後、放課後に職員室へ行くようホームルームで指名を受けた。しかも白布くんとふたりきりで。
みんなの前で言われたもんだからびっくりしたけど「悪い話じゃないから」と先生が笑ったので、もしかしてあの事かな、と先日のことを思い出した。小学校の先生に、一応わたしたちの学校名とクラス・名前を伝えておいたから。


「なんだろうね」
「さあ。礼でも言われるんじゃないの」
「お礼かあ」


ひとまず呼ばれたとおり職員室に向かうため、白布くんとともに廊下を歩いていた。
そうか、お礼か。今からお礼を言われるのかと思うとムズムズするけど、どちらかと言うと活躍したのは白布くんなんだよな。わたしは男の子の横でテンパっていただけで。

やがて職員室の前に到着すると、隣の応接室に行くように言われた。応接室なんて呼ばれた事も入った事もない。それって牛島先輩目当てのテレビの取材とかが入る部屋じゃないの?ドキドキしてきた。


「…入る?」
「呼ばれたんだから入らないとだろ」
「緊張するなあ…」
「ノックするよ。俺急いでるから」
「うっ、うん」


白布くんは恐らく、早く練習に行きたいのだと思う。ウダウダするわたしに構わずコンコンとノックをし、中から「どうぞ」の返事が聞こえた瞬間にドアを開けた。


「失礼しま…」
「あっ!こんにちは」


白布くんの声が最後まで発せられる前に、女性の元気な声が聞こえた。
誰だろうと中を覗くと見たことのない女性。と、隣に居るのは一昨日助けてあげた男の子だ!


「彼らで間違いないですか?」


そのように訊ねたのは教頭先生だった。普段全校生徒の前で話す時よりもゆっくりと、甘やかすような声。男の子に話しかけているようだ。
しかしその子は恥ずかしがっているのか何も言わなくて、母親らしき女性がしゃがみ込んでもう一度聞いた。


「あってるの?」
「あってる!」


男の子はわたしたちの顔を見て大きく頷いた。白布くんは少し困惑しているらしく、目をぱちくりさせながら男の子を見下ろしている。


「母親です。先日は本当にありがとうございました」
「えっ、はい…?」
「このあいだ、途中で登校班からはぐれたって聞いて…」


母親を名乗った女性は男の子の頭を撫でながら言った。


「最近物騒な事が多いので…登下校中の連れ去りとか。ご迷惑おかけしました」
「迷惑なんてとんでもないです!」
「これ、ささやかですけど…」
「え…」


そして、机の上に置かれていた何かを手に取って袋から取り出した。

これは、これはアレだ。いわゆる菓子折りってやつではないか?しかも駅前デパートの地下にある、ちょっと高いお菓子屋さんの!うちの親も親戚の出産祝いでしか買っているのを見たことが無いやつ!

そのお菓子の詰め合わせを、とても大きな箱のものをわたしたちに?どうしよう早く中身が見たい、じゃなくてじゃなくて、お礼を言って受け取らなくては。
ところが、丁寧に受け取らなきゃ!とわたしが両手を出しかけた時だ。


「…俺は偶然通りがかっただけですから。最初にその子に声をかけてあげたのは彼女です」
「え。」


なんと白布くんは手を出そうともせずに言ってのけた。自分は無関係で、わたしの功績であるという事を。
その瞬間のわたしの気持ちと言ったらもう、お菓子を受け取ろうとした手を引っ込める速さと言ったらもう。


「わ…わたしはオロオロしてただけですから!学校に連絡するとか、すぐ色々対処してくれたのは彼です!」
「は?」
「だからお礼は白布くんが」
「いやお前が受け取れよ。俺は何もしてない」
「わたしこそ何もしてない!」
「しただろ」
「してない!」
「何で揉めてるんだお前ら」


とうとう教頭先生が間に入ってわたしたちの会話を止めた。


「すみません、キッチリ二人で分けさせますので」


そして、代わりに教頭先生が頭を下げてお菓子を受け取ってくれた。ああそうだ、せっかくお礼をしに来てくれたのに変なところを見せてしまった。


「…分けます。ありがとうございました」
「あははは、仲良いですねえ」
「……。」


この母親から見てわたしたちって仲が良いと言えるのだろうか?将来自分の子どもが女の子と口論するのも「あらあら」なんて言いながらお茶を飲んだりするのだろうか。それとも第三者から見てわたしと白布くんって、笑っちゃうほど仲良しに見えてるの?

結局小学生の男の子と母親が帰宅してから、箱に入ったお菓子の中身を平等に分けてもらい応接室を出たのだった。


「…どうしてわたしの手柄にしようとしたの」


下駄箱までの廊下を歩いている時、白布くんに聞いてみた。だってあの時は明らかに白布くんが良い仕事をしたのに、まるで自分は通りがかりの他人ですみたいな事を言うから。
白布くんはチラリとわたしを見て、やがて目線を前に戻しながら言った。


「…白石こそ。」
「え、だってアレは絶対白布くんのほうがお礼を言われるべきだよ」
「要らないよ…お礼とかそういうの、どんな顔して受け取ればいいか分からない」


なんだそりゃ?とわたしは思った。お礼の受け取り方が分からないって、なんだそりゃ。
どういう事か聞こうとして白布くんを見るとビックリ、彼はちょっと頬を染めて鼻をかいていた。
なるほど、そうか、この人そういう事だったんだ。


「照れ隠しだったんだ」
「うっせ」
「照れてたんだ!」
「うるさい」
「意外と可愛らしいトコあるね」
「は?」


ぴたりと白布くんの足が止まった。それは下駄箱に到着したからではなく、般若みたいな顔でわたしを睨みつけるためだ。


「俺のどこが可愛いって」
「……すみません」


白布くん、どうやら「可愛い」とか言われるのは大っ嫌いのようだ。「バレー部なの?」とわたしが驚いた時も物凄い顔をされてしまったし、ひょっとして外見にコンプレックスでもあるのだろうか?

本当はさっきわたしを「最初に声をかけてあげたのは彼女」と言ってくれた時には、ちょっとカッコイイと思ったんだけど。なんとなくそれを言う気にはならなかった。いや、言う勇気が消えてしまった。白布くんのこと、いいなって思い始めてしまったから。