October 27th , Saturday


今まで恋愛が上手く行った試しは無い。この恋も上手く行くとは思わない。だっていくらわたしが話しかけても、彼は表情ひとつ変えずに軽くあしらってくるだけなのだ。
でも、上手く行かないのが目に見えている恋だって、諦めろと言うのは無理な話なのだった。


『試合、応援行くね』
『好きにすれば?』


交わしたメッセージはたったこれだけ。しつこく連絡先を聞いた結果、半年経ってやっと教えてくれた。

初めて送ったメッセージは月曜日、連絡先交換が叶った日の夜。わたしに教えるのをあれほど渋っていたのに、何故か送ったメッセージへの返信はとても早かった。
きっと返事の早い人だろうと思っていた。予想が当たり、受け取ったメッセージの素っ気なさも相まって、思わず笑みがこみ上げたものだ。

わたしの思った通りの男の子、白布賢二郎。だからあなたが好き。例え一生片想いのままだとしても、わたしはあなたの強気な姿に惚れたのだから。

男子バレーボール部の県予選本戦は、三日間にわたって行われる。昨日と一昨日は平日だったので、吹奏楽部とチアリーディング部以外の生徒は応援に来ることが出来なかった。
「決勝までに負けてしまったらどうしよう?」という心配は特に無かった。だってバレー部はほぼ毎回優勝し、全国大会に進んでいるからだ。

今回も学園関係者の期待を裏切る事なく、白鳥沢は決勝戦へと戦いの駒を進めた。いよいよだ。いよいよ決勝、週末。わたしが応援に行く事が許される日!


「白鳥沢の応援はこちらにお進みくださーい」


会場に入るととても大きなコートがあり、周りを囲むように観客席が広がっていた。いったい何人入るんだろう?ざっと見ただけでも白鳥沢の応援人数のほうが多く、対戦相手の人たちに申し訳なささえ感じてしまう。
けれどわたしたちの学校だって負けられないんだ、みんな気持ちはひとつなんだ。きっと白布くんも今、今日の試合をどう勝ち抜くか考えているに違いない。


「いよいよだね」
「ね!凄いよねー応援グッズも配ってるし、プロの試合みたいじゃん」
「うん…」


バレー部の人だろうか、応援の際に音を鳴らす道具を白鳥沢の生徒に配って回っている。
これを持って白布くんの応援をしてもわたしの声なんか届かないだろうな。むしろ試合中はわたしのことを考える暇なんて無いだろう。それでいい。集中して試合に勝って優勝してくれれば、「おめでとう」を言うために声を掛ける口実が出来る。

だんだんと席が埋まり始めた頃、間もなく選手が入場してくるというのを誰かが話していた。どうしよう。白布くんが来る。普段は制服をキッチリと着て涼し気な顔をした彼が、ユニフォームを着て入ってくる。…ムズムズしてきた。


「……ごめん。ちょっとトイレ」
「えっ?いいけどもうすぐ応援の練習始まるからねー!」
「わかってる!」


わたしだって応援をバッチリ合わせたいのは山々である。でも生理現象には勝てず、席を立って小走りでトイレに向かった。大きな体育館だからどこかのトイレは空いているはずだ。


「…空いてない…」


二階を端から端まで走り回ってみたが、どうも空いている様子がない。それどころか数名並んでいたし、待てる確信が持てない。そうこうしているうちに白布くんが体育館に現れちゃったらどうしよう。


「あっ?」


一階のトイレなら観客も少ないから空いているかも、と階段を駆け下りた時、ばったりと出くわした男の子。
手洗いを済ませたところだろうか、ちょうど彼は男子トイレから出てきたようだった。


「白布くん!」
「白石…」


何故わたしが息を切らせているのか等の疑問が浮かんでいるようだ。白布くんの眉間には数本の皺が彫られてしまった。


「何でこんなところに?」
「トイレ行きたくなっちゃって…二階のトイレが空いてなかったんだぁ」
「済ませてから来いよな」
「学校出る時は大丈夫だったんだもん」


応援に向かう生徒達は、学校が手配してくれたシャトルバスに乗って来ていた。ちゃんと集合前にトイレを済ませたのに、いざ会場に来たら緊張して尿意をもよおしてしまったのだ。

でも今は白布くんの顔を見たらそんなの奥に引っ込んで、何かしおらしい台詞を言えやしないかと考えを巡らせた。


「…えっと。応援来ちゃいました」
「当たり前だろ、応援じゃなきゃ何しに来たんだよ」
「はははっ…相変わらずだね」


白布くんのぶっきらぼうな態度はいつもの事である。
最初は怒っているのかと思ったけれどそういうわけでもなく、どちらかと言うと呆れているような、そんな雰囲気だった。突き放しても突き放してもわたしが「連絡先を教えて」と迫ったせいだろうけど。


「行かなくていいの?」


そう言えば間もなく選手は入場し、コート内練習に入るところだと聞いた。こんなところでわたしを相手に油を売る暇は無いはずだ。
白布くんは壁の時計に目をやると軽く頷いた。


「…行く。せいぜい上から眺めてろよ」


またこんな事を言う、わたしの事を嫌いなのかなんなのか分からないような事を。だからあなたが好き。強気な姿勢を貫いている頑ななところが。


「うん。見てる!白布くんの事」
「俺じゃなくてちゃんと試合観ろ。じゃあな」


白布くんはそう言うと、踵を返して歩き始めた。ああいけない、一番言いたいことを言いそびれちゃった!慌てて彼の背中にこう叫んだ。


「頑張ってね!」
「ん。」


手を振るでもなく頷くでもなく振り返るでもなく、聞こえるか聞こえないか程度の声で白布くんは応えた。
それでいい。それがいい。そこで振り向いて「ありがとう、頑張るよ」とわたしに笑いかけてくるような人は白布賢二郎では無い。


「あ、おかえり…遅かったね」
「うん!トイレ引っ込んだ」
「…へ?じゃあ何でこんなに遅かったの」
「何でもっ」


席に戻ると友人がびっくりしていたけど、白布くんに会った時にヒュンと引っ込んでしまったのだ。このまま試合終了まで尿意が封印されますように。
そんな事よりもうすぐ試合が始まってしまう!応援グッズをぎゅうと抱き締めて、迫り来るその時を待った。


「…ねえ。わたし、白布くんのことが好き」
「知ってるよ。百回は聞いた」
「でも今日、もっと好きになる気がする!」
「はいはい」
「冗談抜きだから。絶対いいとこ見せてくれるもん」


友人はわたしの惚気を何十回も聞かされて右から左に流していたが、それでもいい。この気持ちを口に出しておかなくては行き場が無いんだから。

そして百一回目の「白布くんが好き」を言おうとした時に体育館の扉が開き、白鳥沢の気高き選手が入場した。