December 7th , Friday


木々の葉は落ち、すっかり寒くなった宮城県仙台市。世の中はクリスマスムード一色となり、ケーキやプレゼントの予約でお母さんのパート先も忙しそうだ。
わたしはやっと昨日で期末テストが終わり落ち着いたところだけど、工は予定がパンパンの様子。


「午後からまた練習なんだ!他校のやつらと」


休み時間に工がそう言っていた。先日言っていた「県内の一年生を集めて強化合宿を行う」というのがついに実行されているのだ。工がこれまで試合をしてきた相手も何人か居るみたい。そして、このあいだの試合で敗れた烏野高校の人も。


「やっぱり皆上手なの?」
「んー…まあ。でも先輩たちが練習に参加してくれてるんだよね。やっぱうちの先輩には霞むかな!」
「へえー」
「烏野のやつも別にウマイってわけじゃないし。確かに凄いけどさ」


決勝に負けてからと言うもの、工の口からはあまり烏野高校の名前が出てこなかった。わたしの中でもタブーな気がして(何度か言ってしまったけど)、話題には挙げないようにしていたのだ。
でも、工がとうとう自らその名を口にした。しかも、ちょっとだけ褒めたではないか。


「…どしたの?」
「え!いや…。つとむはあそこの学校の事、あんまり好きじゃないのかと思ってたから」


わたしが気を遣ってた、って事が知れたら工はいい顔をしないだろう。でも工は額にしわを寄せる事無く、きょとんとして言った。


「好きじゃないよ勿論。負けたんだし」
「…そ、そうだよね」
「嫌いになる理由もないけど」
「……」


つい最近知った事。工はわたしが思うよりも懐深く、素晴らしい人間である事。負けた事実も、慕っている先輩が引退した事を悲しむような人。


「観に来る?夕方」
「えっ、いいの?」
「うん。監督が思ったより気合入っててチョー怖ぇけど」
「あはは」


バレー部の監督はとっても怖い。初めて練習を観に行った時、「そんなとこに立ってたら怪我すんぞ」と低い声で言われた。怒っていたわけじゃ無いのかもしれないけど、知らない男の人にそんなこと言われてビックリしたっけ。

でも、そんな厳しくて怖い人にも工は認められているなんて凄い事だ。色んな学校から集まったメンバーの中で、工がどういう練習をしているのかも少し気になる。


「じゃあ行こうかなあ。工がどんな感じなのか見てみたい」
「お…俺はべつに普通だよ」
「そなの?」


ちょっと慌てているので、少しだけ「自分派白鳥沢のスタメンだぞ」と胸を張っているのかもしれない。それでこそわたしの好きな五色工だ。





放課後になると体育館の二階に登った。既に他校の一年生が集まっていて練習が開始されている様子。この間の大会で見かけた人も居るような気がする。もちろん烏野高校も!


「わー…」


工よりも背の高い人が沢山いて不思議な光景だ。だってその中に居たら、工が背の低い部類に入ってしまうんだもん。

すると、体育館の入口から工と同じユニフォームを着た人たちが現れた。あの人たちなら知っている。うちのバレー部の先輩だ。
そのうち一人、烏野との試合でも活躍していた一番背の高い人が二階を見上げた。まっすぐにわたしの方向を。そして、片手をひらひら振ってくるではないか?


「あっ?え、わたし…?」


わたし、あの先輩と喋ったこと無いんだけど。でもわたしに向かって手を振るということは、わたしも振り返すべきなのだろうか?
と無言で冷や汗を流していると、すぐ隣で女の人が叫んだ。


「太一!集中しろー!」


ぎょっとして隣を見ると、その人は三年生だった。「太一」と呼ばれたバレー部の先輩はそれでも嬉しそうに笑っている。
あ、この人もしかして彼女なんだ。あの先輩、わたしの隣にいる彼女に手を振ったんだなぁ。羨ましい。わたしも工に手を振りたいな、なんちゃって。


「…あ!」


ちょうど工がこちらを向いた。今度こそわたしの番だ!工も控えめに手を挙げてわたしに振ってくれた。この特別感、もの凄い。
工は辺りをきょろきょろ見渡した後、口パクで何かを言った。


「降りてきて」
「え」


…今、降りてきて、って言ったよね。どうやら小さく手招きしている。降りてもいいのだろうか。怖い監督は何をしているだろう…と体育館の端を見ると、お手洗いか何かのために出ていくのが見えた。あの監督が居ないならちょっと降りてみよう。


「どうしたの…?もう終わり?」
「んーん、休憩!」


一階に降りた踊り場のところで話しかけると、工は既に汗だくだった。でも清々しそうな顔で汗を拭き、持っていたスポーツドリンクを思い切り飲んでいる。飲み込むたびに喉仏が揺れているのが凄く男らしい。


「五色ーちょっと聞き…うわっ!?女の子だ!」
「わっ!?」


その時体育館から出てきた男の子の声に、わたしもびっくりして声を上げてしまった。工や他の同級生よりも少し高い声。でも、特徴的なのはその声よりもオレンジ色に輝く髪である。
烏野高校の人だ!わたしは瞬時に思い出した。でも彼はわたしを知らないので、男子バレー部の工と一緒に居るわたしを見て目を見開いた。


「誰!?」
「カノジョ。」
「な!」


わたしとオレンジ色の彼は同時に言った。彼女だけど、嬉しいけど、工があまりにも堂々と紹介するもんだから。同じく烏野高校からやって来たノッポの男の子は、それを聞いて鼻で笑ってた。


「女連れですかぁ、ヨユーだね」
「いいだろ休憩中なんだから」
「うわあー彼女居るのか…居るのかぁ…」


オレンジの子はわたしと工とを交互に見ていたけれど、ノッポの人が彼を引っ張ってどこかに消えた。
烏野の人、試合以外の時はあんな感じなんだ。そして、工はそんな彼らと違和感なく会話が出来ている事にも驚いた。


「…なんか…ふつうに喋っちゃうんだね、烏野の人と…」
「ん?うん」


負かされた相手なのに。と、わたしは少なからず複雑である。ほんの一瞬だけでも工の笑顔を奪った人達だと思うと。


「まだ俺が落ち込んでると思ってるんだ」
「え!思ってない…よ」
「ふーん?」


わたしがひねくれ過ぎているのかな、きっとそうだ。試合に出ていた本人は今、くもりのない顔でここに立っているんだから。


「なかなか割り切んの難しかったけどさ。どうせいつかは次の大会が来るんだし」


工の目は体育館の中を向いていた。次の試合で当たるかもしれない他校の人たちへ。


「ずっと下向いてたら次のチャンスは来ないかなって」


と、言いながらもう一度わたしのほうを見た。
やっぱり工の事を甘く見ていた。この人、もう過去の事なんてとっくに乗り越えてるんだ。


「安心した?」
「…うん。した」
「よかった。今日はそのために呼んだから」
「……へ?」
「俺はもう平気だよっていうのを、すみれに証明するため!」


工がそう言ったのと同じタイミングで、体育館の中から笛の音が聞こえた。休憩終わりの合図らしい、「やべ、行かなきゃ」と工が呟いた。


「行ってくるね」
「うん……」


また上から見てるね、と返事をすると、はにかんだ笑みを浮かべてわたしの頭をくしゃりと撫でた。

五色工は眩しいくらいに純粋な男の子。たくましい男の子だ。白鳥沢に進学してから偶然同じクラスになって、偶然席がとなりになって、偶然わたしの弟がバレーボールをやっているおかげで仲良くなった。
そして、 わたしたちは惹かれあって恋人同士になった。これだけは偶然じゃないと思いたい。わたしが彼に惹かれる要素なんて数え切れないほど存在しているのだ。