November 8th , Thursday
そわそわと浮足立つ学校内。それもそのはず、今週の日曜日には白鳥沢で大規模な学園祭が行われる。
各クラスが出し物をするのだが、うちのクラスは民族衣装のレンタルをして、記念撮影をするっていうイベントをする事になっていた。実はスコットランドからの留学生がクラスに居て、彼女の発案である。
おとぎ話みたいなタータンチェックの衣装はクラス中が釘付けになり、夏休みを使って手作りの衣装を用意していたのだ。
「看板こんな感じかな?」
大きな板にペンキで色を付けて、目立つように看板を彩っていく。
教室の入口に立てておくマネキンとか、貸し出しできるカツラとか、道具はほぼ揃った。あとは看板を作るのと、写真の背景に使うパネルの絵を仕上げるくらいである。そして工の役割はというと、教室内の飾り付けだ。
「つとむ、そっちどう?」
「んー…うん…難しい」
教室の入口や黒板のまわりを華やかにするため、造花を色々組み合わせて飾る事になっていた。
工は手先が器用じゃないみたいで、しかめっ面で指先を動かしている。針金や結束バンドで束にした花を完成させると、わたしのほうに向けて言った。
「どう?この花」
「…いびつ…かも?そんなに気にならないけど」
「やっぱり?もう一回やってみていい?」
「うん」
完璧主義というかなんと言うか。工は真面目な人だから、納得いく仕上がりになるまでやり直すようだ。
工作をする工の真剣な顔も格好いいなぁ、なんて思ってしまうわたしはそんな彼を眺めていた。が、ふと黒板の横にある時計が目に入る。
「あっ、もう五時だよ」
「えっ?うわ」
わたしの声で工も顔を上げ、時計を見た。
学園祭の本番までは、五時まではクラスの用意・五時以降に部活開始、と決まっているのだ。どちらかを疎かにしないように。
だから工ももう切り上げて練習に行かなくてはならないが、まだ造花との睨めっこを続けていた。
「行かなくていいの?」
「…もうちょっとやっていく」
「無理しないで、練習あるんだし」
工が学園祭よりもバレー部のほうを優先させたい事は知っている。何を話していても部活の事に繋げるし、一年生ながら誰が見ても立派な戦力だ。あとはわたしが引き継ぐから行っておいでよ、と言うと工は暫く俯いた後、やっと頷いた。
「……わかった」
そんなにこの花を完成させたかったのかな?まだ明日も明後日もあるし、残った帰宅部のわたしたちで飾りは完成出来そうだ。だから心配なんかしなくていいのに、工は立ち上がったまま動かなかった。
「…やっぱりもう少しやる」
「え」
キョトンとしていると、工は再び座り込んでわたしの手から花を取った。そして、黙々と作業に戻る。
なんだかおかしい。どうしても飾りを造り上げたいという顔には見えない。
「…行きたくないの?」
もしかしたら、部活に行きづらい何かがあるのでは。
そう思って聞いてみると工は手を止めた。何か言い返そうと口を開くが、声は出てこない。代わりに大きな息を吐いて、持っていた花を机に置いた。
「なんで分かるんだよ…」
くしゃくしゃっと頭をかいて、また大きな溜息。あの試合に負けた時よりも神経質になっている?一体何が彼をそうさせているのだろう。
「……行きたくないって言うと嘘になるよ。でも…」
他のクラスメートがざわざわと作業に没頭している中、工が低い声で話し始めた。
「…俺や二年の先輩は、五時になったら部活に行くよ。けどさあ、三年の先輩は」
「……」
「って言ったら、どの部活だって一緒だけどさ…」
はぁ。と、もう一度溜息。
工は負けた事そのものを引きずっているのではない、負けてから三年生が引退してしまった事を受け入れられないのだ。
「一年も一緒に居なかったのに、こんなにも違うんだなって感じ。居るのと居ないのとで」
いつも彼は牛島先輩を目標にして頑張っていた。目標どころか追い越すつもりで。その牛島先輩が居なくなってしまい、喪失感に襲われている。
彼にとってはとても大きな事なのだろう。わたしも理解できる。でも、わたしはもっと別の捉え方をした。
「一年も一緒に居なかったのに、そこまで先輩のこと思えるのって凄くない?」
わたしは帰宅部だし、今のところ学校内に親しい上級生は居ない。まして張り合ったり、目標にできるような人は。
「…そお?」
「え、うん…わたしはそう思うんだけど」
「そうかな…」
「そうだよ」
だから工が牛島さん、牛島さんと言っているのが羨ましくもあった。同時に、二年も年の離れた先輩を、出会って間もないのにそこまで慕う事ができるのは素晴らしいと思っていた。ずっと一緒に練習していた先輩たちが抜けるのは、わたしには計り知れない虚無感があるかも知れないけど。
「でも、つとむがそのせいで部活嫌だなって思っちゃうのは、先輩たち悲しむと思う」
わたしも悲しい。どんな理由があろうと、工が部活に行くのを躊躇ってしまうのは。怖いもの知らずで危うくて、真っ直ぐなところが彼の魅力じゃないか。
「……そうかな」
「うん」
「そうかも…?うん」
工はひとりでぶつぶつ言って、かと思えばグッと拳を握った。
「すみれ!」
「はいっ?」
「やっぱりもう行っていい!?」
これが数秒十前の五色工と同一人物なのだろうか。部活に行きたくて行きたくてたまらない、お願いだから行かせて欲しいと言わんばかりの目の輝き。
「うん。いいよ」
「ありがと。それお願い」
「はーい」
部活出てくる!とクラスに告げて、工は大きな鞄を持って教室を出た。机の上には作りかけの飾り。仕上がりに納得いかないようだったけど、もう充分きれいに造られている。
「ねーねー、聞こえたんだけど」
「ん」
近くでビラを切り分けていた友人が、工の出た方向を見ながら言った。
「五色くんって、立ち直り早いね?」
つい十日前に決勝に負けたのに。と、友人は感心しているようだった。
何故なら工はこの教室内で、負けた悔しさをひとつも見せていないのだ。わたしだって当日に、食堂でその様子を見たのが最後。でも彼は立ち直りが早いわけじゃない。
「そうでもないよ…」
「そーお?」
他の追随を許さないような夢と意志を持った、真っすぐなひと。だからこそ敗戦し、尊敬する先輩の引退はショックだったと思う。今だって立ち直ってはいないと思う。
でも、それを力に変えて進んでいけるような真っ直ぐなところが好き。
だから五色工は一年生の中でただ一人、あの美しい紫色のユニフォームを着ることを許されているのだ。