October 29th , Monday


ひとことで言うなら「真っすぐ」、でも太くて強くて真っすぐなんじゃなくて、どこか危ういんだけれども他の追随を許さないような夢と意志を持った、真っすぐなひと。

だから決勝で負けてしまった後、工がどうなるかとても心配だった。落ち込んですぐには練習に復帰できないんじゃないかとか、自暴自棄になってしまうんじゃ?とか。
失礼かも知れないけれど、わたしから見て工はそこまで器用な性格ではない。敗北を受け入れるには時間がかかるんじゃないかと冷や冷やしていたけど、明けた翌月曜日、工はいつも通りに教室へ入って来た。


「おはよう」
「あ、五色くんおはよう」
「試合惜しかったねえ」


一昨日観戦していたクラスメートや、ニュースや他人伝いに試合の結果を知った人たちが工に話しかけていく。
どうしよう。あまりその話はしないで欲しいなと思ったけど、工はまたもや普段通りに反応した。


「あーうん…残念だったけど。来年は任して」
「わ、頼もしい」
「そんな落ち込んでらんないもん」


工は至って元気であった。クラスメートに笑いかけると、自分の席に荷物を置いてすぐにわたしの席へと歩いてくる。毎朝恒例の事である。


「すみれ、おはよー」


そして、わたしの前の席の椅子を引きながら言った。この席の子はいつもギリギリになって教室に入ってくるので、その子が来るまではいつも工が椅子を借りているのだ。だからこれも、わたしたちにとっては普段どおりの事。


「おはよ…」
「一限目なんだっけ?宿題あったかな…」
「生物だよ、宿題は出てなかったと思う」
「マジ?よかった」


じゃあいいや!と工は胸を撫で下ろした。安心しきった顔。
わたしは彼の笑顔がとても好きだし癒されるけど、心配なのは今、工が無理して笑ってるんじゃないかなぁって事だ。だから会話にあまり身が入らなくて、工が不思議そうに顔を覗き込んできた。


「どしたの?」
「うぇっ、」


やばい。工の前でわたしのほうが暗い顔してたら意味ないじゃん。


「なななっなんでもない」
「…調子悪い?」
「違う違う!全然そんな事ない」
「ならいいけど」


腑に落ちない様子だったけど、ちょうどその席の主が登校してきたので工は「ばいばい」と席を立った。自分が座っていた席の子にもオハヨウと声を掛け、彼自身の席へと歩いていく。それは本当に、一昨日の試合前と変わらない五色工の姿であった。


「…ふつうだな…」


決勝で負けてしまった後、わたしたちは食堂でほんの少し会話をした。そこには工のこれからの不安とか、悔しそうな姿があったけれども。もしかして、早くも彼は自分の中で解決しちゃったのだろうか。





わたしは工の事を甘く見ていたかも知れない。わたしが勝手に心配しているだけで、工は本当は器用に気持ちをリセット出来る人だったのかも。
そんな事を考えながら集中できずに四限目までを終え、昼休みを迎えた。


「すみれ!昼飯食おー」


チャイムが鳴ると、毎週月曜日には友だちと昼休みを過ごすはずの工がわたしの席へとやって来た。


「…うん?あれ、今日は」
「いいから、きて」


工はわたしの手を取り教室を出た。それを見ればわたしの友だちも「あらあら行ってらっしゃい」と見送るしかない。一体どうしたのかなと前を歩く彼について行き、工の昼食を買うため食堂へと辿り着いた。


「いただきます」
「いただきまっす」


大盛りの丼物を注文した工と、食堂の机を挟んでご飯を食べる。
別に特別なことではなく無いんだけど、一緒にお昼ご飯を食べるのは毎週水曜日の約束だ。それ以外は互いに友だちと過ごす、と決めている。友人関係までおざなりにしたくないから。

今日わたしを連れ出したのは何か理由があるのだろうか?もしかして、今朝からわたしがギクシャクしている事が気になっているとか。


「…なあ」
「ん?」
「すみれ、朝からおかしいよね?」


ずばりわたしの心を読むかのように、工が言った。


「ど…どこが?」
「全部が」
「そうかな…」
「もしかして一昨日のアレで俺に気ィ遣ってるんだったら、もう大丈夫だよ」
「……」


わたしが言いにくかった事を、工は何事も無かったかのように話し出す。
一昨日、試合会場からバスで帰ってきた後。まさにこの食堂で二人きり、話していた時の事を。


「あのあと牛島さんとも話したし。俺の改善点とか…気になるところとか、そういうの。まだ練習だって観に来てくれるんだし」


そう言いながらもぐもぐと箸を進めていく。そうなのかな。わたしの考え過ぎだっのかな、あれほど落ち込んでいたからてっきり強がっているのかと思ったけれど。


「すみれー?」
「う!うん」
「俺そんなに頼りなく見えてるかな」
「そ、そんな事ないよ」
「じゃあもういいだろ?」


気付けば工は大量にあった丼の中身をすべて平らげていた。
その食欲旺盛なところと、わたしを安心させるように笑うのを見ると、やはり思い過しのような気がしてきた。この人はわたしが思うほど脆くはないんだ。


「…そうだね。ゴメン」
「あっ!そうだ!!」
「!?」


せっかくわたしが謝罪しようとしたところ、突然工が叫んだ。その拍子に机に脚が当たったみたいで、水を注いだコップが危うく倒れそうになる。工がそれを慌てて支え、ふうと溜息をついてから話し始めた。


「今朝聞いたんだけどさ、今度県内の一年集めて合宿するんだって。ウチで」


コップは支えたけれど中身が少し飛び散ったらしい、ポケットからティッシュを取り出しながら工は続ける。


「そ…そうなの?」
「そう」
「スゴイ人数になりそうだね…」
「さすがに全員じゃないってさ、注目選手っつーの?目立つ一年だけ集めるみたいな」
「へえー…え、じゃあつとむは」
「居るに決まってんじゃん」
「わぁ」


えっへん、と言う台詞が聞こえそうな顔だ。自信に溢れた「真っすぐ」な様子、わたしの好きな工の姿は、試合に負けてもなお存在している。もう次の事を考えているんだなと尊敬するのと当時に、自分がちょっと恥ずかしくなった。


「目立つ一年生かあ…」
「そうそう」
「今まで会ったチームの人も呼ばれそうだよね、烏野の人とか」


カラスノ、とは珍しい名前だからわたしの記憶に残っていた。だから、ついつい口にした。白鳥沢を打ち負かし、全国大会への出場を決めた学校の名前を。
一瞬の間があいて、ヤバイ、と口を抑えようとしたけれど、わたしが動くよりも先に工が口を開いた。


「…かも知れないけど。絶対俺のほうが目立つだろうけど!」


彼は単純に真っすぐで、でも決勝で負けるという出来事の後にはポキリと折れることもあるんじゃないかと思っていたけど。
完全なる思い過ごし、勘違いをしていたかも。
工は太く、強く、逞しい人だ。たった一度の敗北で心が折れてしまうような人じゃなかった。どうやらわたしのほうが試合の事に捕らわれていたようだ。