04大学生になってから勉強は確かに大変だが、すみれと過ごす時間が増えた。
土日は朝から晩まで練習だったけれども、互いの予定さえ合えば二人で出かける事が出来るのだ。四月上旬には花見をしたりとか、いわゆる普通のデートと言うものが出来ている。
ゴールデンウィークの期間中はすみれが親の実家に帰省していた為会えなかったけれども、次の日曜日には約10日ぶりに会う約束をした。
俺が高校まで会いに行く事も出来るのだが、卒業生があまりに頻繁に母校を訪れるのはどうだろう?と思えてきたのでしばらく控える事にしたのである。
「北くん、今日…」
「いかへん。」
相変わらず大学では、佐々木さんが俺をバレーボールのサークルへと誘ってきていた。
彼女に言わせれば「このあいだ楽しそうやったやんか!」との事で、確かに久しぶりにバレーをした事自体は楽しかったが、正式にサークルに参加して続けていく気は起こらない。それを何度も説明しているのだが、まだまだ諦める様子は無い。
「分かってますー、どうせ断られるやろと思ってたわ」
「答えが分かっとんのに何で誘いに来んねん?」
「なんでやろ、もはやルーチン?」
「なんやそれ」
佐々木さんはとても親しみやすい人柄なので、俺も自然とよそよそしい態度を取らなくなってきた。
しつこく誘ってくる事を除けば、佐々木ユリコという同級生には欠点が無い。嫌味が無く場の空気を明るくし、誰に対しても同じような態度で接し、人として俺も見習いたいくらいだ。
だからこそあまり邪険に出来ず、誘われては断る・を繰り返す羽目になっている。
「ごめんやけど俺そろそろ…」
「あれ?何それ」
俺が話を逸らすために取り出した携帯電話を見て、佐々木さんが言った。ロック画面に設定している画像を物珍しげに見ている。すみれがどこかから探してきたペルセウス座の画像だ。
「なんかの星座?」
「あー、うん」
「北くんそういうの興味あんの?」
「うん、まあ」
「へーっ!オシャン」
「彼女の影響やけどな」
これは本当の事なので何の気なしに言ってみたが、佐々木さんにとっては興味深い話題だったらしい。
先日も携帯に表示されたすみれの名前を覗きこまれた記憶が。そして今も、俺が彼女に影響を受けて星座の画像をロック画面にしているなんて、恰好のネタだったのかも知れない。
「ラブラブなーん?」
「おかげ様で。」
「否定せえへんのや!すごい」
否定すべきだったろうか?しかし嘘でも「そんな事ない」とは言いたくない。俺とすみれはこれまで喧嘩という喧嘩もした事がなく、万事上手くいっているのだ。
「また誘うからよろしくな!」
「断るけどよろしくな」
「分かってるって」
そんな会話を交わしてから佐々木さんはサークル活動へ、俺は帰宅するために駅へと向かったのだった。
◇
そうして佐々木さんを躱しながら過ごして迎えた日曜日。久しぶり、と言っても10日ぶりに会ったすみれと「デート」と呼ばれるものをしていた。待ち合わせをして映画を観て、手を繋いで街中を歩くという、大金を使わずともこんなに楽しい事を味わえるなんて恋人というのは素晴らしい。
「お」
歩きながら大きなショーウィンドウが目に入り、ついつい見入ってしまった。バレーボール日本代表の写真とユニフォーム、ボールが飾られている。
「信介くーん」
もうすぐワールドカップの時期だったかなと思いを馳せていると、すみれが俺の顔を覗き込んだ。
「あ。悪い」
「何考えてるんです?バレーやりたい?」
「いや…」
大学に上がったらもうバレーはやらないと以前から言っているのに、やりたそうに見えたのだろうか。やっぱりずっと続けてきた事を切り離すのは簡単ではないらしい。
「最近信介くんが来おへんから、バレー部の人ら寂しがってはりますよ」
「そうか?うるさい先輩がおらんで清々してるんとちゃう」
「そんな事ないですって」
すみれはけらけらと笑って、最近バレー部の連中があんな事をした、こんな事を言っていたと話してくれた。俺を慕ってくれるのは嬉しいけれど卒業生が首を突っ込みすぎるのも良くないと思うし、やはり程々にしておこうと思う。
と、その時すみれが俺の背後をちらりと見た。
「…あれ」
「ん?」
「あの人こっち見てる…」
しばらく俺の後ろをじっと見るすみれ。誰が居るのだろうと振り向いた時、一瞬にして振り向かなければ良かったと後悔した。
「…げ」
「やっぱり北くんや!偶然やーん」
大学の佐々木さんが手を振りながら近寄ってくるでは無いか?外で偶然会うのは仕方ないが、佐々木さんは如何せんお喋りな性格だ。すみれの前で余計な事を言わなければいいのだが、もう目の前まで来てしまっている。
「な…何しとん」
「何って買い物やん、三宮ぐらいしか無いやろこのへん」
「せやけども」
「あっ!すみれちゃん?」
俺との会話を遮って、佐々木さんは隣に居るすみれに気付くと思い切り名前を呼んだ。
すみれは初対面の相手がいきなり近付いてきた事と、その相手が何故自分の名前を知っているのか、という事で混乱している様子だ。
「ええと…?」
「…こっち大学の同級生。佐々木さん」
「よろしくー!」
「で、こっちが」
「彼女のすみれちゃんやろ?星座好きの!」
「え?」
「ちょっ」
確かにこの子の名前はすみれで、俺の彼女で、星座好きで間違いない。
でも俺が好き好んで漏らした情報では無いし、俺たちが揃って「星座が好き」と言うのは二人だけの特別な事というか、とにかくバレー部だった連中以外の誰かに知られてしまうのは避けたい事だった。恐らくすみれも同じような意識を持っているはず。
だからすみれは佐々木さんが、俺達のことを何故そこまで知っているのかと不思議そうにしていた。
「北くんから聞いてるねん、ふたりお似合いやんかあ!もしかして待ち受け画面お揃いなん?」
「ちょちょっ佐々木さん」
「ていうか彼女めっちゃ可愛いやん。そらサークルなんか入りたくないわなあ」
佐々木さんに悪気がないことは分かっていた。こういう人なのだ。
携帯電話のロック画面は恥ずかしながら佐々木さんの言うとおりお揃いである。が、偶然言い当てたとは言えこんなのすみれからすれば良い気分では無いかも知れない。
話についていけないすみれは俺の隣で居づらそうに静かにしている。そろそろマズいと思った時、佐々木さんが腕時計を見て「あっ」と顔を上げた。
「邪魔したらアカンからこのへんでバイバイするわ。また大学で!」
「おう…」
「また考えといてな!あの事っ」
そう言って佐々木さんが俺の肩をぽんと叩き、すみれにお辞儀をして軽やかに走り去っていった。大学で会う時と同じような、自分に似合うものをよく分かっているような服装で。
膝下でひらひらとなびくスカートと、長めの髪の毛が揺れるのを見送って「次はどうやって断ろう」と考えていると、すみれが佐々木の背中を目で追いながら言った。
「…あの事って?」
すみれの顔は佐々木のほうを眺めているせいでよく見えない。「あの事」 はここ最近何度かサークルに誘われているので、参加するかどうかを考えてくれという事だ。
「バレーボール誘われてんねん。サークル」
これまで何度か誘ってきている人が居る、というのは伝えていた。それが女性だと言うのは黙っていた。不要な情報だと思ったからだ。すみれが余計な心配をするかもしれないと思ったから。
「誘ってきたの、女の人やったんや」
…言っておくべきだったろうか?
「せやで」
「…きれいな人ですね」
ずっと佐々木さんのほうを見ていたすみれは、何度かの瞬きをしながら言う。
俺はこの時どうしてすみれが「きれいな人ですね」と、佐々木さんを褒めるようなことを言ったのか分からなかった。俺は良くも悪くも相手の言動を深読みすることが出来ない。だからすみれが本当は「そうか?」などと俺に否定して欲しかったのだろうと、そう気付いたのはずっと後の事だった。
「せやなあ、大学はきれいな人多いなあ」
そういうわけで、何も考えずに発した上記の俺の台詞は褒められたもんじゃないのだった。
良いも悪いも微塵切り