The point of view
by Rintaro.S


治が振られてしまったのなら次は俺の番だろうか。
そう思い始めて数日が経過するも、白石さんから話しかけられる様子はない。良いんだか悪いんだか。
もはや俺を直接振る事もせず、このまま何事も無かったかのように高校二年の残りの期間を過ごされるのか?結構きついけど、俺がやってきた事に比べれば丁度いい仕打ちなのかも知れない。

そんな事を考えながら過ごしていた数日のあいだ、白石さんが俺に寄ってくる事は無かったけれど俺は彼女を観察していた。
もちろん以前ほど明らかにガン見ってわけじゃない。こっそりと白石さんの様子を伺っていると、気になる話を聞いてしまった。


「最近元気ないやん。寝不足?」
「んー…せやねん…お母さん調子崩してもおて…」


あの美味しいパンを焼く白石さんの母親が、最近体調不良なのだそうだ。だから白石さんは前以上に家のことやお店のことを手伝って、その上あと半月後に迫り来る期末テストに向けての勉強も怠らないよう必死らしい。

ここ最近雨が多く、気圧も低いので俺でさえ身体が重く感じる時がある。彼女の母親がすぐに回復してくれれば良いけれど。
俺も直接白石さんに「お大事に」とでも言いたいが、念じておく事しか出来なかった。

しかし、週が開けても白石さん自身の体調があまり良くなさそうに見えた。と言うよりは疲れきっている様子で、今じゃ食べるのが専門の彼女の弟も店番を手伝っているらしい。


「店、休んだらええのに」


という声も挙がっているし普通ならそう思うだろう。
でもあのお店は白石さんの誇りで、そしてきっと白石さんのお母さんの誇りでもあるから、ほんの少し体調が悪いくらいでは休みたくないのだろうと思えた。その証拠に、週に一度の定休日しか店を閉めていないらしい。


「白石ー」
「ふぁ、っはい」


ある日の授業中、白石さんが当てられて珍しく変な声をあげていた。
俺や白石さんと仲のいいメンバーは、白石さんが疲れきって眠っていたのだろうと理解する。けれどこの先生はそんな事情を知らないみたいで、顔をしかめていた。家が大変だからって授業中に居眠りをしてもいい理由にはならないけれども。


「今の聞いとったか?もうすぐテストやぞー気ぃ抜きなや」
「あ…すいません…」


白石さんは素直に謝っていた。けど、その声にいつもの生気は無くて。俺がどの面下げて話しかければいいのかも分からないけど、でも可哀想だ。あんまり重くない程度に白石さんの力になれる事って、無いだろうか?

それからずっと授業中も休憩中も考えを巡らせた結果、白石さんに美味しいものを食べてちょっとでも元気になってもらおう、という事に至った。誰でも思いつく在り来たりな内容だけど仕方ない。
昼休みに学校を抜け出して近くのコンビニへ走り、本来なら学校へ持ってきてはならないものを買う。いつだったか一度だけ、これを白石さんにあげた事があるっけ。今ほど彼女との関係がぎくしゃくする前に。


「…ねえ…」
「!」


放課後、ホームルームが終わり担任が教室から出たのを確認して、白石さんに話しかけた。俺が話しかけるのはとても久しぶりな気がする、だから白石さんも驚いて息を吸い込んだ。


「な、なに?」
「これ」


昼休みにこっそりと買ったものをポケットから取り出してみる。さっきまで鞄に入れていたから溶けてはいないはずだ。
白石さんは好物であるチョコレートを差し出され、状況が呑み込めない様子で俺とチョコレートとを交互に見た。


「…?」
「あげる」
「え…」
「疲れてる時は糖分摂らなきゃ」


どう思われるかは知らないが、今日の俺はなんの下心も持ち合わせていない。ただただ毎日眠そうで、疲れ切っている白石さんを見るのが辛かっただけだ。
だから、ちょっとでも元気になってくれれば良いと思ってこれを渡している。別にこれで俺の事を見直して欲しいとか、そういう気は無い。

白石さんは受け取るまでに少し意図を図りかねているようだったが、俺がそれ以上何も言わないのでそろそろと手を出した。そして、開かれた箱の中からチョコレートをひとつだけ取り出して言った。


「…ありがとう」
「箱ごとあげるよ」
「えっ、でも」
「疲れてるんだよね?」


白石さんのまつ毛か瞬きで揺れた。何故それを知っているとでも思っているのか。でも、今まで俺に伝えられた気持ちの数々を思い出して納得が行ったらしい。


「…ありがと」


チョコレートの箱を両手で受け取りながら白石さんが言った。


「変な意味じゃないから気にしないでね。家、いま大変なんでしょ」
「…うん…」


白石さんは、そのチョコレートを食べようとはせずに鞄へしまい込んだ。今から帰宅して家の手伝いをしなきゃならないんだから、食べている暇は無いのかも。残念だけど。
と言うか、本当に少しでも糖分摂取したほうが良いんじゃないだろうか。白石さんはチョコレートが好きだと言っていたし、好物ならば口に運びやすいだろうと思ったんだけど。


「…じゃあ」
「角名くん」


仕事は果たした。白石さんに挨拶をして俺は部活へと思った時に、とても久しぶりに白石さんの声で「角名くん」と呼ばれる。俺はその場を離れようと出しかけていた一歩を引いた。


「もしかして…私がチョコ好きやってこと、知ってたん…?」


そのように言う白石さんの頬は、以前は白くてよく膨らんだパンのようだったけれども今は少し痩けている。

俺は白石さんがチョコレート好きだというのを以前から知っていた。治と侑の三人でパン屋に寄らせてもらった時に、何気なく発していた「チョコ好きやねん」というのを覚えていた。それをしっかり記憶しているのは治もだろうけど。


「知ってるよ」
「……」
「白石さんの事だもん」


今日の俺の唯一のアプローチはこれだ。白石さんの事だから覚えていた。他の誰かが「私、チョコ好きやねん」と言っていたってきっと俺の記憶には残らない。白石さんの事だから覚えていたのだ。でも今の彼女に心労を増やしてはいけないから、忘れてもらうために誤魔化した。


「…って言ったらまた気味悪がられると思うけど。とにかく、お母さんお大事にね」


たった一箱のチョコレートで白石さんが元気になるとは思わないけど、また健康な姿になってほしい。その為には彼女の母親が元気にならなければいけないが。

Candy , and Guilty