The point of view
by Rintaro.S


もともと俺は白石さんから避けられていたけれど、最近じゃ特に俺との接触を断たれたように感じる。

治が白石さんへ告白か何かをしたのではないかと思うけど、治からは具体的な話を聞けていない。侑にすら白石さんとの事を話していないようだし(侑が気付かないのもどうかと思うが)、俺は立派な恋敵だから余計に何も言ってこないのだと思う。


「おはよう白石さん」
「あっ、」


朝一番、教室へ入って来た白石さんへの挨拶をしてみてもこのザマである。
俺に対してまともな挨拶を返してくれないほどの事態になるとは予想していなかった。確かに自分より20センチ程も大きな男が二人して迫って来たら戸惑うだろうなと、今更になって冷静に思ってしまった。

でも、だからといって俺が恋を諦める理由には程遠い。面と向かって「嫌い」と言われればさすがに身を引くけれど、白石さんは俺の事を好きとも嫌いとも言わなかった。苦手意識は持たれているだろうけど。

俺はまだ俺自身をプレゼンテーションし切っていないし、もっと白石さんの事を知りたい。
ノートが綺麗なところとか、午後の授業は眠そうにしているところ。そして昼休みには持ってきたパンの他、お菓子を美味しそうに食べているところ以外にも。


「…なんで角名くんがおんの?」


ある日の放課後、白石さんは愕然とした様子で言った。
教室内では「ばいばい」「また明日」などの挨拶が飛び交っているが、俺と白石さんだけが向かい合って座っている。日直の日誌を書くためだけど、俺は今日の日直じゃない。


「佐藤に日直変わってもらった」
「いや…やから、なんで…」
「急いでるみたいだったから。俺はまだ時間があるしね」


早く帰りたそうにしているクラスメートの佐藤のために、善良な俺は自ら「代わりに日誌やろうか?」と声を掛けたのだ。佐藤はとても喜んでいた。実に良いことをしたと思う。


「…そうなんや…」


しかし、もちろん佐藤は俺が声を掛けなかったら真面目に日直の仕事を全うしたと思う。日誌を差し置いて帰らなければならないほどの用事は無いだろうから。
俺は無理やり日直を代わったわけだけど、驚く事に白石さんは信じてくれたらしい。


「日誌書く?」
「……うん」


とにかく日誌を早くに書き終えたいのだろう、白石さんは今日のページを開いて記入を始めた。
俺はそんな彼女の顔とか、窓から入る風に揺れる髪とか、日誌の上に書かれていく文字などを眺めていた。緊張しているのか、文字が震えている。


「白石さん」
「なに…」
「漢字間違えてる」
「あ、」


俺が誤字を指摘すると白石さんは顔を真っ赤にして、慌てて消しゴムを使用した。難しい漢字ではないのに、俺が見ているから間違えたのかな?などと自意識過剰なことを思ってしまう。


「…ありがとう」
「ううん」


白石さんはふうと息をつくと、気を取り直して続きを書き始めた。
一限目、英語。二限目、体育。三限目は世界史。日誌にさらさらと書かれる文字は少しだけ筆圧が強い。が、読みやすくてきれいな字だった。


「白石さんて、字きれいだね」


彼女の書く字は誰が見ても「きれい」だと感じるだろう。だから素直にきれいだね、と感想を述べると白石さんはぴくりと視線を上げて、そしてすぐに戻した。


「…そう…かな」
「すごく」
「それは…ありがとう」


相当困っているだろうに、こんな状況でも俺に向かってありがとうと言えるなんて人間が出来すぎているんじゃないか?
四限目は現代文、五・六限目が選択科目の美術か書道。白石さんは書道を選択している。字がきれいなのはそのお陰なのかな。でも、白石さんの魅力は文字だけではない。


「指もきれい」
「…からかわんとって」
「本気なんだけど」


朝な夕なに男の中でしか過ごしていない俺にとって、白石さんの傷ひとつない指は美しいとさえ思えた。
形のきれいな爪は長すぎず短すぎず、関節も細い。もちろんテーピングなんか無い。この手であの美味しいパンの生地を捏ねているのだろうか、パン生地が羨ましい。


「ちょ…、集中できひん、」
「色白だなあと思って」


白石さんの手は焼く前のパンのように白くて柔らかそうだった。毎日パンを食べる白石さんの事だから、彼女の身体の主成分はパンだったりして?

長袖ブラウスの袖を数回折り曲げているおかげで見えている手首は細く、今は隠れている二の腕はきっと柔らかいに違いない。緊張のせいか閉じられたままの唇も。ほどよい量の髪の毛はゆらゆら揺れて俺の目を引いた。


「髪も超さらさらだね」
「…!」


ふんわりした頬のラインを隠すように流れている髪に、俺は無意識に手を伸ばしていた。
途端に白石さんの身体が強ばって、ああこれは少しやり過ぎたかなと感じたのも時すでに遅し。


「やめてっ」


ばしんと振り払われた俺の手、今朝の練習で突き指したところがピンポイントに当たって痛みが走る。白石さんは俺の怪我には勿論気づいておらず、俺の事を睨んでいるような、恐怖しているかのような目でじっと見つめられた。


「角名くん、怖いわ…ちょっと…落ち着いて、私そんなに褒められる子ちゃうしっ」
「そんなこと…」
「ちょ、ストップ」


それ以上近づくなと言われているようだった。俺が「そんな事ない、白石さんは素敵だよ」と言おうとしたのを、思い切り首を振って制される。白石さんへ再び伸ばしかけていた俺の手は行き場を失くし、空中で止まった。


「日誌はひとりで書くから。やから…もう、練習行ってええから」
「でも」
「ごめんやけど!行って」


俺に向かって行けと言った矢先、白石さんは自らの鞄と日誌を持って立ち上がった。
勢いよく引かれた椅子ががたんと揺れて、普段なら律儀に椅子を戻す彼女なのに、椅子と机とが乱れてしまったまま駆け足で教室を出ていく。

どこに行ったのかは分からない。とにかく俺の居ない場所が良かったのか。困った顔も可愛いし、もっともっといろんな顔を見ていろんな声を聞きたいなと思っていただけなのに。


「…怖いのか…」


あんな顔で怯えられるほど怖がられているなんて思わなかった。自分の事は比較的きちんと客観視できていると思っていたけれど。
どうやら俺は過剰なアプローチをしてしまったらしい。しかも、悪い方向に。

Candy , and Guilty