The point of view
by Osamu.Mこうして角名とふたりで帰るのは初めてだろうか、少なくとも恋敵になってからは一度も無いと思う。
侑を先に帰らせてから少し経って、俺たちも学校を出た。とろとろ歩く侑に追いついてしまわないようにゆっくりと、学校周辺をぐるぐる迂回しながら歩いて行く。それでも白石さんの家の前を通らないように、という暗黙の了解が俺たちの間には存在していた。
「振られたんか…」
悲しそうでも悔しそうでも無くあっさりとした角名からの報告に反して、俺は驚きを隠せなかった。白石さんが角名を振った事実も、角名がそれを俺に報告してきたことにも驚きだ。
「なんとなく分かってたけどね」
「…とは?」
「最近じゃ俺、二人きりになるの避けられてたから。思いっきり」
「……」
「同じクラスなのにさ」
表情を変えずに彼は言うが、同じ教室で過ごす片想いの相手にあからさまに避けられるなんて、俺には耐えられるだろうか。
それに俺だってずっと避けられている。それどころか嫌われていてもおかしくない。先日白石さんは初めて俺に向けて声を荒げていたし、何より俺は彼女を困らせた。
好きで好きでどうしようもないから付き合ってほしい、という気持ちをハッキリとは伝えないくせに態度に表すという卑怯な真似をして。
「俺、白石さんのこと結構困らせたと思うんだよね」
「…それは俺も同罪やな」
「でも何故か、白石さんに謝られた」
こつん、と足元の小石を蹴飛ばして角名が言う。それが道端の壁に当たり跳ね返って来たのを見ながら、彼は肩を落とした。
「中途半端にしててごめんね、だってさ」
俺の顔も転がっている小石へ向けていたが、前髪の隙間から見えた角名の表情はやっぱり変わらない。ただ、今は少しだけ口角を上げていた。
「…で、そのあと言われた。角名くんとはクラスメートとして接したいんだって」
「……」
俺に見られている事に気付いたかも知れない、角名は再び歩き始めた。
角名とはクラスメートとして接したいとは、恋人同士ではなく友人として過ごしたいという事だろうか。そういう対象としては見られないと。しかし、例え白石さんがそう言ったとしても角名が納得するとは思えない。
「諦めんのか?」
試合の時も何をする時も、角名はあまり感情を表に出さない。やる気が無いわけではなく、静かに闘志を燃やしているというか。だから今も白石さんへの気持ちは燃え続けている、と思っていたが。
「…たぶん、いつもの俺なら諦めないと思うんだけどなあ」
「何やそれ」
「白石さんに好きな人が居ても、たとえ恋人が居たって奪いに行くんだろうけど」
俺もそう思っていた。角名はライバルが居るからと言って白石さんを諦めないだろうと。そのライバルが俺であっても侑でも、他の誰かだったとしても。
それなのに角名は白石さんの「クラスメートとして接したい」という気持ちを素直に受け入れると言う、それは何故か?
「こう見えて俺、恋愛より友情派だよ」
俺の一歩前を歩く角名が、肩越しに俺を振り返った。恋愛か友情か。今はそんな話、していなかったと思うのだが。
「……?」
「ふっ、その顔」
「なに笑てんねん」
「いやいや」
角名はけろりと笑ってみせると立ち止まり、真っ直ぐに俺のほうへ向き直った。無表情のくせにやけに清々しい目をしているので怪しささえ感じてしまい、思わず身構えてしまった俺も足を止める。それと同時に角名は少しだけ声のトーンを変えて言った。
「…ってわけで、俺たちもう喧嘩はやめにして仲直りしよう」
「別に喧嘩しとらんやん」
「握手しよ」
「うえぇ、いやや」
と、言っているのに角名は無理やり俺の手を奪ってぎゅううと握手を交わしやがった。
男のくせに関節があまり太くない角名だが、それでも手のひらは立派に大きい。こいつと初めて握手をしたのはいつだったろうか。部内で試合をした時?お互いに初めて練習試合に出た時?それとも、二人でめでたくレギュラーを勝ち取った時。
「去年のゴールデンウィークにさ、初めて治に話しかけたじゃん」
そんな昔のことを思い出していると、角名も昔話を始めた。
「…そうやっけ?」
「そうだよ。侑じゃないほうって呼んだら超イヤな顔されたもん」
「…そうやったわ」
「でしょ」
去年のゴールデンウィーク。稲荷崎に来てから初めての合宿で疲れて果てていた記憶がある。そんな時に角名に話しかけられて、なんとなく波長が合って仲良くなったような気がする。標準語で喋るのが珍しいなと思った記憶も。
こっちに住む親戚の家に来たばかりだと言うのを聞いて、部活のために親元を離れるなんてなかなかやるなと思ったものだ。
「正直、中学出たばっかりで一人でコッチ出てくんの、不安だったけど…」
しかし角名はそれを口にしなかった。去年出会った時は。それを今更俺に向けて言うなんて、こいつもなかなか策士だなあと思う。単純に恋敵がひとり減ってラッキーだと思えるなら楽だったのに。
「侑と治に会えて良かったなあと思うよ」
俺と角名は友人であった。たった1年ちょっとの間しか一緒に過ごしていないし、これからももしかしたら卒業するまでの仲かもしれない。
でも兵庫県にひとりで出てきた彼にとって俺たちは大切な友人で、同じ女の子を好きになってしまったくらいでは崩れない関係で、きっとどちらかが白石さんと付き合う事になってもそれは変わらない。俺と角名と、恐らく侑も。
「…ちゅうか銀島は」
「あ、忘れてた」
忘れていたらしいが、あとは銀島も。
「…そう言うわけだから。慰めてくれてありがと」
「落ち込んでるようには見えんけどな」
「落ち込むよ、失恋だもん」
そう言って笑う角名を見ると、出会った当初に「こいつゲイかな」と思ってしまったのを少しだけ悪かったなと感じた。正直今でも時々思うけど、それもまとめて詫びることにする。角名倫太郎は立派な男で立派に女の子を好きになって、立派に友を尊重するやつなのだ。
「…ほんなら俺が振られた時も慰めてや」
「ええ?」
俺と白石さんの仲は今のところ良くはない。何度も言うけど怒らせてしまったし、困らせて嫌われたと思う。次に彼女に振られるのは俺の番だと思われるから。
しかし、角名は「いいよ、もしも治が振られたらね」と笑うのだった。
Candy, and Guilty