The point of view
by Osamu.M


それからというもの、白石さんは一層俺に近づく事はなくなった。ついに完璧に避けられるようになってしまったか。分かってはいたものの実際に顔を合わす度、気まずそうに顔を背けられるのは精神的に相当堪えるものだった。

しかしそれが白石さんの答えならば仕方ない、白石さんは角名を選んだのだろうと心を落ち着けようとした矢先。
信じられない事に白石さんが、俺の教室へとやって来た。


「…どしたん?」
「いや…」


白石さんは真っすぐに俺の席まで歩いてきたかと思うと立ち止まった。

自分で言うのもなんだけど、俺は学校内ではよく目立つ。という事はクラス内でひとりの女の子が俺の席まで俺に会いに来た、という事も目立ってしまう。俺にとっても白石さんにとっても良くない事だ。
俺は黙って立ち上がり、黙って教室の外へ出た。白石さんは察してくれただろうか、とちらりと背後を見ればしっかり後ろをついてきていた。

怪しまれない程度に教室から離れ、空いた教室へ誘導すると白石さんはその中へ入っていく。白石さんのことを好きになってからと言うもの、密室でふたりきりになるのは初めてだ。


「これ、あげる」


そして、白石さん直々に「あげる」と言いながら、俺だけに何かを差し出されるのも初めて。彼女は見慣れたパン屋の袋を持っており、その中には恐らく白石さんが(または彼女の母が)焼いたパンが入っているようだ。
でも、何故それを今こうして俺に差し出しているのかは謎である。


「…なにそれ?」
「去年、学祭手伝ってくれたやんか。この前言われて思い出して…」


いったいいつの話をしているのだろう。学園祭は去年の秋で、半年も前の事だ。


「そのお礼てこと?」


白石さんは頷いた。
学園祭を手伝ったのは確かに白石さんから少しでも良く見られたかった、という理由もある。けれどそれだけじゃない。さすがに学校行事にひとつも加担しないのは良くないし、例え白石さんが居なかったとしてもある程度の手伝いはしたはずだ。


「手伝うっちゅうか…あれはクラスの出し物やん。なんも礼言われる事なんか無いけど」
「で、でも」
「礼が欲しくてやったわけちゃうし」


こうして個別にお礼を言われる筋合いはない。白石さんが今、俺に感謝の気持ちを表しているのは勿論嬉しいけれど。どうして今更なのか?


「…べつに、礼を押し付けてるわけじゃ…」


なかなか受け取らない俺を見て、白石さんはゆっくりと顔を伏せた。その様子はとても悲しそうであるが、俺だって悲しい。白石さんの気持ちも行動の理由も分からないまま受け取る事は出来ない。


「あんなあ、白石さん」
「な、なに」


俺たちのあいだに流れる空気は重い。明るい空気になんか出来やしなかった。
片想いの相手は俺の事をどう思っているのか分からない、それどころかチームメイトの別の男を好きかも知れない。それなのに何故か今、去年行われた学園祭のお礼をしようとする。俺が告白をした数日後に。それは俺を期待させる行為であることを分かっているのかいないのか。


「分かってや。そんなんもろたら期待すんねん。してもええなら貰う。ハッキリさして」


そうでなければ受け取れない。俺の理屈は正しいはずであった。しかし、白石さんは寝耳に水と言った様子で俺を見上げた。


「…ハッキリ、って…治くんこそ…ちょっと前までハッキリせえへんかったくせに」


ぎくりと一気に罪悪感が募り始める。元はと言えば、俺が角名の行動に焦って中途半端な気持ちの伝え方をしたのだった。


「今やってそうやんか。角名くんが好きなら諦めるってなんやねん!?あんたがハッキリしいや!そんなん言われて、でもずっと前から好きとか言われて、私どうしたらええの?」


混乱させてしまったのは俺のほうだ、謝らなくてはと口を開こうとしたけれど、白石さんが今までにないほど勢いよくまくし立てる。白石さんの息が切れたところで口を挟もうとするも、まだまだ気持ちは収まらない。


「…白石さ」
「正直言わしてもらうわ、私は角名くんも治くんもどう接してええんか分からん。ふたりともが私の事を好きやとか、信じてええんか分からんよ」


そこでやっと白石さんが大きく息を吸い、呼吸を整え始めた。


「それは俺らべつに困らせようとして言ってるんとちゃうくて…」


弁解しようと俺も話を始めるが、すぐに言葉に詰まってしまった。
俺は白石さんを困らせたいわけじゃない。好きな気持ちを伝えたかっただけで。

でも、だからって付き合って欲しいと伝えた事はない。角名と俺とどちらを取るのだ、どちらも無しなのかと聞いたことも無い。つまり白石さんの意思を尊重しようとしすぎた結果、彼女の気持ちを掻き乱しているのだ。


「ゴメン…」


先に謝ったのは白石さんだった。俺が黙り込んで無音になったおかげで、我に返ったらしい。


「いや…俺が…俺やから」
「や、わたし…」


白石さんはたった今自分の発した言葉たちが信じられない様子で、どうしようと両手で顔を覆っていた。


「ごめんなさい」
「謝らんとって、俺が悪い」


誰が聞いたって完全に俺が悪い。白石さんは俺が受け取らなかった袋を、指が白くなるほど強く握りしめていた。俺の言動が彼女を悩ませた結果だというのに、俺は受け取るのを断った。自分はさんざん彼女を振り回しておいて、俺自身は白石さんに揺さぶられるのを拒否したのだ。


「あんな、俺」
「ごめん」


まさに言い捨てた、というのがぴったりな言い方。
白石さんは「ごめん」の言葉とともに足を踏み出し、俺を残して空き教室から出て行った。

ぽつりと取り残された俺であったが、俺にとっては充分な仕打ちだと思う。なんならもっと残酷な言葉で突き放してくれたって良かったのに。そうでないと、他に誰が俺みたいなやつを裁いてくれるのだ。

Candy, and Guilty