The point of view
by Osamu.M


女の子に自分の気持ちを伝えるのは、つくづく下手くそである。
去年からずっと温めていた想いは、心のどこかで「見ているだけでもいい」と思い始めていたのに。同じ女の子を好きになるライバルが現れると途端に焦りを覚えて、そのくせ上手なアピールも出来ず結果的に困らせるという状況だ。

白石さんがもしも角名の事を好きなら、それでいい。この気持ちは嘘じゃないけど、叶うなら角名じゃなくて俺のほうを向いてはくれないかと思う。仲良くなるための大した努力もしていない分際で、勝手極まる願いだけれども。
俺は角名の存在に焦ってからやっと、やっと気持ちを伝えたところなんだから。


「そろそろ帰るかー」
「…ん」


体育館ではボールの音が気持ちよく響く。17時30分を回ってからは自主練を言い渡されており、各々練習したり身体を休めるために帰宅したりと自由に動いていた。
侑と俺はどうせ帰る家が同じなので毎度同じ行動をする。だから侑は「そろそろ帰るか」と俺の了承を求めて来たのだが、今日は侑と一緒に帰るような気分にはならなかった。


「俺、もうちょいやってく」
「おぇ?マジか」
「先帰ってええで」


と言うか、俺なんか置いてさっさと帰って欲しかった。情けない事に俺は、白石さんとふたりきりで会うための手段として、店の前で待ち伏せるという方法しか浮かばない。そのためには侑が一緒に居たのでは邪魔で邪魔で仕方が無いのだ。


「あんま遅なりなや、晩飯ハンバーグや言うてたで」
「わーっとるわ」


今日の晩飯はハンバーグ、今朝家を出る時に母親に聞いた情報だ。授業と部活で疲れた俺にはとても魅力的なメニュー。
その晩飯にありつく前に俺にはやらねばならない事がある。白石さんにちゃんと伝える事だ。このあいだみたいに、彼女に誘導された流れで言うのではなく。俺の言葉で俺の意思で、俺の気持ちをしっかりと。


「…ストーカーで警察呼ぶで」


練習を切り上げてから数十分後。白石さんには見事上記のような台詞を言われてしまった。前のように待ち伏せしていたんだから仕方ない、ストーカーの自覚はある。


「本気で嫌なら呼んでもええよ」
「……」


白石さんが110番をする気配はない。呼べるわけがない。なんて嫌味な事を言うんだろう俺は。これではまた前と同じになってしまう、こんなことを言いに来たんじゃない。


「…端、寄ってくれへん?」


白石さんは店の真ん前に立っていた俺を、通行の邪魔にならない端へと誘導した。それに従ってゆっくりと移動する。白石さんも逃げる事なく移動した。目は合わせてもらえない。


「何の用なん」


店の外壁に隠れ、あまり道路からは見えない場所に来たところで白石さんが言った。せっかく聞いてくれたのに申し訳ないが、本題を話すタイミングはとても難しい。


「…1年のとき…自分で持ってきたパン食うて、腹壊しとったやんな」
「え、…え。そんなん覚えとんの」
「覚えてんで」


あの頃から白石さんの事をいいなと感じていた。美味しそうに昼ごはんを食べる姿。彼女の口内に頬張られる数々の食材よりも、柔らかそうに膨らむ頬のほうが美味しそうであった。


「覚えてる。白石さんの事は全部」


白石さんがごくりと息を呑むのが聞こえた。


「学園祭のときは…なんでか知らんけど楽しそうに、ひとりでめちゃくちゃ色々作りよった」
「…それが何?」
「すごいなあて思ってん」


俺の頭の中には、これまで白石さんをいいなと感じた瞬間が走馬灯のように流れていた。学園祭のときは楽しそうで、寝不足のくせに当日は眠そうな顔もしていなくて、誰よりも頑張っていたなぁと。


「俺はあんまし自分以外の為に、何かやろうとか思わんからな」
「なにが言いたいん…?」
「学園祭終わって片づけるとき、一緒にゴミ捨てに行ったやんなあ」


白石さんはそれを覚えているらしく、ゆっくり頷いた。
あの時俺はとても幸せだったけど、あれは苦い思い出だ。告白するための絶好のタイミングだったにも関わらず、それを逃してしまったのだから。


「あん時から…俺はあん時には、もう好きやってん。白石さんのことが」


あのとき言えなかった事を遅ればせながら今、言わせてもらう。気持ちはずっと変わっていないから。でも白石さんは、そんなの初めて聞きましたと言わんばかりの表情だ。


「…うそやん」
「さすがに嘘ではないやろ」
「だって…」


ついこの間好きだと伝えたばかりなのだが。白石さんにとっては、それも本音かどうか定かでは無かったのかも知れない。白石さんは完全に顔を伏せてしまい、俺と目を合わせてくれなくなってしまった。


「困らせてもうてごめん。ほんまにこれだけ言いたかってん」


俺は白石さんのことが間違いなく好きである。角名には負けないと胸を張れるくらいには。
しかし、もしも白石さんが角名を好きだと言うのなら、諦めるべきだと考える。


「治くん」


ごめん、わたし角名くんが好きやねん。と言う台詞が聞こえてくるのかと、一瞬ひやりとした。しかし違った。


「…嘘じゃないんやんな」


白石さんは先程まで伏せていた顔をしっかり上げて、俺の目を見ていた。まだ疑われているとは心外だ。


「嘘に聞こえた?」


そのように言うと白石さんはびくりと震えてしまった。責めるつもりじゃなかったのに。ほんまやでって言いたいだけなのに咄嗟に優しい言葉が出てこない時分を恨む。


「ごめん…」
「いや、俺がゴメンやから」


とても耐えがたい空気になってしまった。白石さんは「わかった」、と言うとぺこりと頭を下げて行ってしまった。
好きな女の子に気持ちを伝える時ってもっと、華々しいものだと思っていたのに。お互いに照れ笑いながら「私も好きやで」なんてドラマみたいな会話が生まれるものだと夢見た幼少期の自分に警告したい。

Candy, and Guilty