The point of view
by Rintaro.S


相変わらず白石さんは俺の前ではカッチンコッチンだ。それでも気にせず彼女の席まで押しかけてしまう俺なんだけど、今はどうやら様子が違う。原因はさきほど教室まで一緒に歩いてきた治ではないだろうか。


「治と何話したの?」
「えっ」


教室へ戻って来た白石さんに話しかけると、面白いように飛び上がった。やっぱり治と興味深い話をしたに違いない。


「べつに、なんも…」
「白石さんって隠し事、下手くそだね」
「え!?べ、べつに隠し事なんか」


慌てる姿は俺の悪戯心をくすぐった。白石さんと治が何を話していようが俺には関係ない。たとえふたりの間に隠し事があったとしても、俺にはそれを聞く権利など無いというのに、まるで罪の意識に囚われているかのように目を伏せた。

彼女にこのような顔をさせているのは俺か、はたまた治のほうか?白石さんの笑った顔も愛らしくて好きだけど、困った顔は格別だ。


「難しいなあ…」


白石さんの心を自分の物にしたいと思う反面、治と(不本意ながらも)一緒になって白石さんを困らせるのも楽しい。
恋愛と言うのは一筋縄ではいかないものだ。俺のようなちょっと変わった恋愛観を持っていると特に。





しかしいくら俺が変わった人間だからって、宮治は普通なのかと言われれば答えはノーだ。治も治で相当ややこしい性格をしていると思う。
恐らく諦めかけていたであろう気持ちが、俺という存在が出た事によって再燃してしまったのだろう。


「白石さんが困るような事言った?」


放課後、部室で顔を合わせるや否や治に聞いてみた。べつに喧嘩を売ろうってわけじゃない。あわよくば何を言ったのか聞きだせるかなあと思っただけで。
しかし治は目に見えて眉間のしわを深くした。


「…それはお前やろ。」
「まあね」
「腹立つわ」
「こちらこそ」
「お前らは何を喧嘩しとんねん」


ぎくりと背筋が凍るのを感じた。ここは部室で、という事は他の部員もいて、勿論主将の北さんが居る。体育館の外だから油断していたが、北さんがしっかりと俺たちの後ろに貼り付いて見張られていた。


「…さーせん。」
「角名が喧嘩売るなんて珍しいな」
「喧嘩売ってるわけじゃ…」
「北さん!すんません俺がこいつら治めますんで」
「お?おお」


横から助け舟を出したのは驚いた事に侑であった。俺たちが何についての話をしているのか知らないはずだが、どうやって治めてくれるのだろう?


「次へんな空気出しよったら帰らすで」


最後にくぎを刺してから、北さんがやっと離れて行った。
張りつめていた空気がしなしなと抜けて行く気分。やっぱりあの人めちゃくちゃ怖い。顔や声は普通なのに、作り出す空気感が。関係ないはずの侑も大きな溜息をついて、そっと俺たちに耳打ちした。


「めっちゃビビるわ、俺の身にもなれや」
「ごめん」
「すまん」
「何をそんなモメとんねん」


やっぱり侑は見当がついていなかったらしく、やれやれと言ったふうに聞いてきた。
そんなの言えるわけがない。俺も治も顔を見合わせて無言だったので、侑はいぶかしげに言った。


「…なんやねんお前ら、俺には言えへん事でも」
「言えないよね」
「言えへん」
「嘘やん!悲しいねんけど」


双子の身からすれば侑への隠し事は気が引けるのでは、と思ったが治がそんな事まで神経質だとは考えにくい。「侑には言えない」という意見は揃ったので、ここはこれ以上話を伸ばすのは辞める事にした。侑も有り難い事に、根掘り葉掘り聞くのを諦めたようだ。


「別にええけどや、ほんっま体育館の中だけはヤメロ。北さんむっちゃ怖いねんで」
「侑だって治としょっちゅう喧嘩してるじゃん」
「それはそれやん」
「棚上げか」
「俺が暴れる時は大体治が原因やねん」
「シバく」
「ハァー?」


今度は双子の間で空気がピリピリし始めたので、俺が制するはめになった。北さんがまたこっちを睨んでくる前に仲裁しなきゃ。





その後、俺も双子も何の問題も起こさずに部活を終える事ができた。
北さんは普段よりも注意深く俺たちを見ていたようだし、俺だってこんな事でバレーをおろそかにしたくない。恋愛と部活、どちらも完璧に両立させるのは難しいし「どっちが大事なのか?」と聞かれると即答できない。でもきっと部活のほうが優先順位は高いのである。
俺と治が部活中に普段どおりの動きだったのを見て、侑が制服に着替えながら感心していた。


「お前らもう仲直りできたんか?」
「べつに喧嘩じゃないし」
「嘘つけ」


侑や北さんからは俺たちが仲違いしているように見えたのだろうか。でも否定し過ぎると「じゃあ何やねん」と詳細を聞いてきそうだし、それはやっぱり言いたくない。諦めた俺は「もう喧嘩は終わったよ」と伝える事にした。


「あっそう?ほんなら仲直りのしるしに俺が何か奢ったるわ」
「何で侑が」
「うるさいねん黙って奢られんかい」


お疲れ様でした、と残った部員に告げてから俺たち三人は部室を出た。侑のほうから何かを奢ってくれるだなんて珍しい。


「何奢ってくれんの?」


歩きながら聞いてみると、侑は驚いた様子で言った。


「白石さんちのパンに決まってるやん」


その瞬間に俺と治の肩が同時に落ちた様子、誰かに見せてやりたかった。俺は侑のこういうところ、好きだけど。本当に好きだし憎めないけど。治は心底憎そうに言った。


「お前ほんっま何も分かってへんな」
「ああ?何をやねん?」
「いや、いいよ。それでいい」


果たして俺たちの恋は、三人揃って他愛ない話で盛り上がることの出来るこの関係を崩してまで、叶えるべきものだろうか?
そんな事も頭を過ぎるけど、決して負けたくないとも思う。白石さんを俺のものに出来ればいいのにって思うけど。

Candy, and Guilty