The point of view
by Osamu.M


時々角名の教室へ行くたびに、白石さんと会話をしていた頃が懐かしい。今や顔を合わせるチャンスも無くなり、先日パン屋の前で待ち伏せをしてから1週間が経過した。

角名も白石さんの事を好きで、そして、俺が白石さんをどう思っているかも気付いていた。互いに互いの気持ちを知っている、見事な三角形が出来上がってしまった。
こんな状況に陥ったのは初めてなので正直困惑しているが、驚きなのは俺たちが部活に一切の支障をきたしていない事だ。体育館に入ればまるで何事も無かったかのようにボールに触り、同じコートに立っている。
俺も角名もバレーボールとそれ以外のことを切り離せる人間で良かった。それだけが救いだ。


「ノート提出してないん、治くんだけやでえ」


とある授業中、担任兼英語教師の佐々木ユリコ先生・通称ユリちゃんが言った。そういえば昨日が英語のノート提出の〆切だったか。うっかり忘れていた。


「いつまでに出せる?」
「んー…昼、出しに行きます」
「はあい。お急ぎで〜」


ユリちゃんは俺と侑のお気に入りだ。なんたって挙動が可愛らしい。50歳を超えているのに見た目はまあまあ、ぽっちゃりしているけど不快ではないし授業も面白い(内容が理解できるかどうかは別)。
そのユリちゃんがノートをお急ぎで出してくれと言うんだから出さねばなるまい、残りは俺だけだと言われたし。





その後は授業の合間をぬって英語のノートに落書きが無いかどうかを確認し、あれば消し、を経て昼休みとなった。
無事に俺のノートは人様に見せても問題無い状態に仕上がっている。職員室のある校舎は隣の建物なので少し面倒だが、ユリちゃんのためなら仕方ない。

昼食を終えてから職員室へ行くとユリちゃんは自分のデスクに座っていた。誰かの旅行のお土産らしきまんじゅうを食べている。その姿を俺に見られた事で「あっ」と声をあげた。


「治くん、いややわぁ見られた?」
「ええけど。堂々と食べ過ぎちゃうか、先生」
「ゴメンなあお腹すいててん。あ、ノート預かっときます〜」
「お願いしまーす」


エヘヘと照れ笑いをしながらノートを受け取るユリちゃんはやっぱり可愛かった。あと20歳若ければ付き合える、といった侑の意見もあながち…まあ…あながち、と言った感じ。

しかし「失礼しました」と職員室を出た時に、俺の頭からユリちゃんの事は吹き飛んでしまう。目の前にユリちゃんよりも若くてうららかな女の子、白石さんが現れたからだ。


「あ、お、治くんも職員室?」
「……おお」
「へええ、偶然やね」


白石さんは声が裏返っていた。俺の姿を見て明らかな動揺を見せるところ、少し悲しいけど興奮してしまう。女の子の困った様子を見て興奮するなんて変態か。俺にこんな性癖は無かったはずなのに。

職員室の入口をふさぐ訳にはいかないので白石さんに譲ると、彼女は中に入っていった。
そのまま俺は教室に帰る予定だったが、閉まったドアの前で停止する。白石さん、すぐに出てくるだろうか。俺が待ち伏せしていたらどんな顔をされるだろう。
次の授業まで余裕があるのをいい事に俺はその場に待機しておく事にした。


「わあ」


すぐに職員室のドアは開いた。白石さんも何かを提出しに来ただけらしく、俺が壁にもたれて立っているのを見て上ずった声を上げていた。


「ど、どしたん…?」
「いや…」


どうしたと聞かれれば返答に困る。待ち伏せしてました、なんてストーカーみたいじゃないか?実際こうして白石さんを待ち伏せるのは二回目だから、立派なストーカー行為だけれども。


「一緒に歩こ。教室まで」


単に白石さんと話したかったのと、顔が見たかったのと、つまり下心。
バレているかも知れないけどそれを隠して、ひとまず2年の校舎まで一緒に戻ろうと誘った。白石さんは拒否すること無く頷いたが、その表情はあまり乗り気じゃなさそうだ。

昼休みの廊下は結構騒がしい。稲荷崎はここらじゃ少し頭が良くて有名な高校だが、どう頑張っても中身は子どもだ。休み時間に大声ではしゃいだり、机の上に座ったり、突っ伏して寝たりお菓子を食べたり。
そんながやがやした中を歩いているからこそ、俺たちの空気が異常に静かであるように感じる。


「……ええと…」
「あんな、」


俺と白石さんはほぼ同時に口を開いた。恐らく白石さんのほうが早かったが、俺が話そうとしたのを聞いてぎゅうと口を閉じてしまったらしい。
しばらく白石さんが話し出すのを待ってみたが首を振られたので、遠慮なく言わせてもらう事にした。


「…あんな。白石さんが角名のこと好きなんやったら…付き合ったらええと思うねん」


俺の言葉はとても良心的で、自己犠牲的で、攻撃的要素なんか皆無であると思ったのだが。白石さんはぴくりと眉を動かした。


「…なん、それ?」
「俺は白石さんの気持ち無視してまで、とかは考えてへんし」
「……」


この言葉どおりに俺は、無理やり白石さんとどうこうなりたいわけじゃない。
今こうして歩いているけど、どう考えたって良い雰囲気とは言えないじゃないか?同じクラスの角名倫太郎と過ごしているほうが楽しいかも知れない。去年、ほんの少し関わっただけの俺よりも。

白石さんのクラスを覗くたびに、とまでは行かないけど、ほぼ必ず角名は白石さんの隣・あるいは前の席を陣取って会話をしている。角名は既に白石さんへの告白だって済ませてる。
なにか決定的な事件でも起きない限り、白石さんが角名に惹かれていくのは自然な事だ。俺は白石さんに何も伝えていないのだから。


「じゃあ…治くんは何を考えとんの?」
「何をって?」


だからと言って何を考えてる、と聞かれた時に「好きやねんけど」と素直に言える度胸も無い。だから誤魔化したつもりだったのに、白石さんは引き下がらなかった。


「角名くんは私の事…すき、言うてたけど…治くんは何を考えとんのか分からんねん」


引き下がらないどころかこれは、俺を誘導しているようにも取れる。
もしかしてもう勘づかれた?先日店の前で待ち伏せした時に?その上で俺に、気持ちをはっきり言えと促しているのか?


「あ」


ちょうど白石さんの教室に到着し、中から角名倫太郎が現れたことで俺たちの足は止まる。角名は俺たちを一瞥すると、何も言わずにトイレかどこかへ歩いて行った。
この時の角名が何を考えていたかは全く分からない。それが不気味にさえ思える。白石さんもその場で固まっていたが、やがて小さく言った。


「…ほんなら戻るわ、教室」
「待って」


反射的に掴んだのは白石さんの右腕だ。思ったよりもずっと細くて驚いた。白石さんも突然俺に引き止められて目を見開いていた。でももう止まらない。


「知りたい?俺が何を考えてんのか」
「……え…」


そんなに俺に言わせたいなら言ってやろうじゃないか、俺の言葉に嘘偽りは無いのだから。


「好きやで」


角名よりもだいぶ前から、と後に付け加えると白石さんはとうとう言葉を失って、ゆっくりと下を向いた。

いくら騒がしい昼休みの最中であっても、教室の入口でこんな空気を出してしまっては人目について仕方ない。怪しまれるぎりぎりのところで俺は正気に戻ることが出来た。
しかし白石さんは無理だった。どうしよう、いま何が起きたんやろか、この人なんて言ったんやろか?と頭の中でぐるぐる考えているに違いない。

申し訳ないなとは思いつつも、俺はそんな彼女を置いて一人、自分の教室へ戻る事にした。だって白石さんが言ったんだから、俺が何を考えているか分からないと。俺は考えていることをそのまま口にしただけである。ずっと前から好きだったと。

Candy, and Guilty