The point of view
by Rintaro.S


白石さんに告白したというのを伝えた時、治はやはり動揺していた。まあ俺が突然女の子に告白したのをカミングアウトしたんだから誰でも動揺するだろうけど。その相手が白石さんだったので、治は結構焦っただろう。

高校2年に上がってからの治は、見たところ白石さんとの接触が多くない。
俺のクラスに時々やって来ては白石さんと二言三言話している、恐らくそれだけ。その他は帰りにパン屋に寄る時ぐらいしか会っていないと思う。

その点俺は今、白石さんと同じ立方体の空間内で学生生活を送っている。
白石さんの得意科目が何か、宿題を忘れずやってきているか、また体育の後はじんわり汗をかいているとか、昼休憩を楽しみに待っている姿とか、そういうのをいつも視界におさめる事が出来るのだ。


「白石さん」
「うっ」
「逃げないでよ」


昼休みに毎度白石さんにちょっかいを出しに行くのは日課になっている。そして避けられるのも日課だが、白石さんにとって俺を避ける決定的な理由はまだ無いように思えた。


「な、なに?私ちょっと用事が」
「何の?」
「…えーと…えー…」


しどろもどろしながら、白石さんは結局自分の席に腰を下ろした。続けて俺も前の椅子を借り、白石さんのほうを向く。
何かを話すわけじゃない、白石さんの顔さえ観察できればいい。俺のせいで視線を泳がせ、それでも無理やり逃げるほどでもない、という微妙な心理状況を観察するのが楽しくてたまらないのだった。

しかし白石さんの背後から人影が現れたことで、俺の楽しみは終了する。宮治がいつのまにかこの教室に入り、俺たちの座っている場所まで来ていた。


「…なに?」


無言で、かつ無表情で近付いてきた相手に対しては妥当な質問だと思う。俺が聞いたことで、白石さんは後ろに治が立っているのを初めて気づいたようだ。


「白石さんに用事?」
「角名。」


治は短く言った。てっきり白石さんを掻っ攫っていくのかと思ったが、俺のほうを引きはがす作戦なのか。

しかし治に呼ばれて無視するわけにもいかないし、俺は治を嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。残念な事に。
しかも教室内に双子の片割れが居ることで、女子たちの視線をちらちらと感じる。ここで変な話をするのは利口じゃないよな。


「なんか用」


俺と治は廊下に出て、あてもなく歩きながら要件を聞くことにした。


「なんも」
「…じゃあ教室戻りたいんだけど」
「あかん」
「なんで?」


その質問に治は即答できない。隠す必要も無いんだから言えばいいのに、まるで無言や寡黙こそが美徳であるかのように口を真一文字に結んでいる。その口、簡単に解く方法を俺は知っているけれど。


「治、白石さんの事が好きなんだ」


隣で治の空気が変わるのを感じた、そして息を吸う音が。侑も治もこんなに扱いやすく読み取りやすい性格で、試合に差し支えないのか時々心配だ。


「…やったら何?」


治は明らかに不機嫌な様子で言った。もはや否定しないという事は、俺に気持ちを知られても良いという事。既に俺に気付かれているのを分かってるって事だろう。それなら回りくどい話は無しにして、俺は俺のやり方を進めていく事にする。


「俺は同じクラスに居るっていうアドバンテージを活用するつもりだよ」


白石さんと治には今、これといった繋がりは無い。はず。
だから俺が同じ教室の中で、治からは見えない場所で駒を進めていくのは大層心配だろうと思う。しかし、さすがにそんな表情までは俺に見せない。


「好きにしたらええやん」
「うん。好きにする」
「俺も好きにすんで」
「もちろん」


俺が白石さんを狙うからって治に諦めて欲しいとは思わない。我ながら面倒くさい性格だ。


「じゃ、教室帰っていい?」


話はこれで終わりでいいだろうと思い聞いてみると、治はあからさまに嫌そうな顔をした。こいつ、やっぱり分かりやすすぎる。


「ねえってば、戻っていい?」
「あかん」
「ひど」
「俺も行く」
「え。来なくていいよ」
「ほんなら俺の教室来い」
「えー…」
「じゃー侑んとこ」


治が俺と白石さんのクラスまで来るのは嫌だったので、仕方なく侑のクラスに押しかけることで合意した。侑にとってはいい迷惑だろうけど仕方ない。


「なになに二人して?」


突然やって来た治と俺を見て、侑は目を丸くした。が、何か部活に関する話でもあるのかと思ったらしく、談笑していた友人に「ごめんなあ、ちょっと」と断りを入れて話を聞く体勢になっていた。申し訳ないが大した用事など無い。


「何でもない」
「え。何でもないのに何しに来てん」
「べつに」


侑は眉間にしわを寄せてしまった。治はそんなのお構い無しの様子で、侑の机に勝手に寄りかかる。俺はそこまでの態度は取れないしなあ、と一生懸命に話題を考えた。その結果出てきたのはこれだ。


「侑ってカノジョ作んないの?」


宮兄弟は同じタイミングで顔を上げ、同じ目付きで俺を見た。


「…カノジョお?」
「そう。モテるじゃん」
「せやけども」


否定しないところが侑らしい。実際、侑も治も申し分ないほどモテている。顔が良くて背も高くて、名門バレーボール部の背番号を勝ち取るというハイステータス。寄って来る女の子はわんさか居るが、意外な事に侑から女子の話が出ることはあまり無い。


「そんなん巡りあわせやん、モテるからって誰でもいいわけと違うし」
「おお、侑にしては真面目」
「喧嘩売りに来たんか」
「違う違う。今は居ないんだ?」
「せやなあ、おらん」
「へー。治は?」
「は?」


ここで治に話を振ると、普段より大きめの声で反応が返ってきた。
分かりきった質問をしたせいで怒ったかな、でも侑の前で怪しまれる言動は避けたいだろう。家でも学校でも一緒に過ごす兄弟に、しかも侑のような性格の男に好きな女の子がバレてしまうのは。
だから治は俺の予想通り、何事も無かったかのように答えた。


「…おらんけど。」
「ふーん」


知ってるくせに、という鋭い目付きは俺にだけ分かるように向けられた。ごめんね、でも侑のクラスに俺を呼んだのは治のほうだ。


「校内一番の有名人でもカノジョ無しかあ…」
「どしたん角名、恋わずらい?」
「まあね」


俺は立派な恋わずらいをしている。白石さんという女の子に。
いったい彼女の心の中には誰が居るのか、はたまた誰も居ないのか。俺はそこに入り込む余地があるのか無いのか。治の事を特別な存在として認識しているのかどうか。
それとも、そんな事は二の次で、今夜はどんなパンを焼こうかなんて考えていたりして?それもいい。白石さんらしくて。


「…そろそろ戻ろっかな?教室」


まだ昼休みが終わるまでは少し余裕があるけれど、早く戻って白石さんを観察しておきたい。
もしかして治が止めに来るかな、と思ったが治は「戻れば」と言うのみだった。その目はやっぱり俺を睨んでいたけれども。

Candy, and Guilty